7/24/2015

コトコトと。 

新しい家に引っ越して1ヶ月が経過した。
ふたりで決めて設計した新居は以前住んでいた人達の雰囲気を
そのまま継ぐことができたのか居心地が良い。

私が唯一こだわったキッチンは思い通りのものとなり、
とても居心地がよい。

けれどもまだここで作りたいと思った料理は完成していない。
これを作りたいと思っているわけではなく、
お気に入りのお鍋で何かを時間をかけてコトコトと
煮込みたかったのである。

相棒の実家から沢山のブルーベリーが送られてきた。
新鮮なまま食べるには少々大変な量であったので、
ジャムを作ることにした。

十分甘いので砂糖はほんの少しにして小さな火で
時間をかけてコトコトと。
去年は粒を残したジャムにしたけれど、
今年は粒がない位コトコトしたかった。

そのコトコトしている時間にごちゃごちゃしたものを整理することにした。
親友はいつも新聞や雑誌の切り抜きを手紙に同封してくれる。
その切り抜きを整理していたらこんな言葉を見つけた。

「人生は雨の日も晴れの日もある。飛び上がるほど嬉しい日もあるけれども、果てしなく落ち込むこともある。自分自身と調和がとれているように感じることもあるし、どうしても自分というものに違和感を抱いてしまうこともある。心の美しさはそのような浮き沈みや摩擦や、ネガティブな思いや、激動をくぐり抜けて、やがて生まれてくるもの。精一杯生きていい、挫折して、暗い気持ちになって、そしてまた立ち上がればいい。その中で、この上なく美しい心が、あなたの人生に降臨するということは確かにある。心の美しさは動的なバランスの中にあるのだ。落ち込んで暗い気持ちにを抱くのはかまわない。しかしそれはずっと続いてはいけない。何日も何週間も続いてついには人に対して害意を抱いたり恨みを持ったり、そのようになってしまってはバランスを崩す。どんなに醜い感情でもどす黒い怒りでも、それが崩さない程度に生まれるならば良い。それは晴れた日に一瞬空に兆す黒雲のようなもの。雲が去れば、再び差す陽光は以前よりもさらにまぶしく、有り難く感じられる。ひょっとしたら、ずっと陽光に恵まれているよりも生を充実しさえしてくれるかもしれない。自分の素質や現状に対する不満も同じこと。心の美しき人は、自分自身と折り合いがついている。どんな外見でも、境遇でも、そのような自分を受け入れ、欠点を含めて温かくみつめることができる人は、心が美しい。自分に欠けているものを補ってくれるものが、この広い世界の中に必ずある。そう信じて、動けばいい。一歩を踏み出せば良い。自分というジグソーパズルに欠けているピースをを探して世界を旅する人の姿は美しい。その人生の先には、偶然に出会う幸運が待っている。」

果てしなく落ち込む。
なんとなく自分に違和感を感じイライラする。
自分に対してのバランスを崩している。

そんな時、
お気に入りのキッチンで
お気に入りのお鍋で
コトコトと。

茂木健一郎の言葉が心にコトコトと同じ位のスピードで入り、
そして久々に友人達から電話がくる。

たまたまの電話。
その偶然が、私の心を温める。

そうだ。
今日の日の「おわりに」は
よしもとばななのキッチンを読もう。

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