5/11/2015

イスラエル料理


当たり前すぎる事実であるが人には個々の異なる悩みがある。
人間関係、仕事、結婚、出産、子育て、健康等。
皆様々な悩みを抱えている。
しかし、その悩みは誰かれ構わず表出するものではないから、
随分と後になりあの時そういう悩みを抱えていたのねって、
驚くこともあるし驚かれることもある。

辛い時はいつも近くにいてくれた友人がいる。
一緒にヨーロッパを巡った友人でもある。
静かな喧嘩をしたこともある。
少し距離をおいたようなこともあった気もする。
けれども、辛いことがあるとき真っ先に顔が浮かぶのは彼女であり、
彼女もそうであるようだ。

便りがないのは元気な証拠というが、
まさにその通りであり、
元気な時はあまり会うことはない。

彼女から久々に連絡がきた。
恵比寿のイスラエル料理を食しに行った。
晴天であり川沿いをのんびりと歩きながらたどり着いたそのお店は、
異国をおもわせる場所であった。
店主はイスラエル人であった。
彼の笑顔とともにだされる料理はどれも美味しく、
イスラエル産のビールとワインも美味しく、
どうにもできないこと、
生きていく中での不条理、
いろんなことを話す場所として、
供にする料理としては最高であった。

私たちにとってイスラエルは思い出深い国でもあるので、
その思いは尚更である。

彼女は結婚できない自分はどこかに問題があるのではないかと言う。
親しくしている人から結婚は考えられないと言われ悲しんでいる。

彼女はとても魅力的な人である。
それは嫉妬してしまうほどの素敵さである。
そんな彼女をそんな思いにさせる結婚とは何なのだろうか。
よく考えてみた。
確かに自分にも似たような思いをもつことがあったかもしれない。
結婚している人としていない自分は何が違うのか?
結局、結婚した今思うのは何も違わないということであった。
そして今私は、コウノトリがくる人とこない人は何が違うのか?
と悩む。
そう、きっと何も違わないのだろう。
それでも悩む。

人は生きている限り、
自分の世界の中での悩みが必ずあるのだろう。
そのほとんどは月日が経った時に、
どうでもいいことになるんだろう。
もしかしたら、その悩みがあったからこその今が用意されていることも
あるのかもしれない。
そんな風に思いながらもやっぱり、
日々だれかの人生を羨ましく思い、
自分の人生に悩む。

これはきっと一生続くものなんだろう。
彼女とお店を後にして駅に向かう途中こう約束した。

仕事を辞めた時、
あの時と同じルートでヨーロッパを巡ろうと。
あの時と同じ宿に泊まろうと。

だから今も表紙が無くなってしまったトーマスクックを大事に持っている。
ケルンのあの薄暗い混合の安宿は今もあるのだろうか。
やっぱりローマでは修道院に泊まろうか。
いろんな思い出が昨日のことのように押し寄せる。
旅の思い出は悩みをひと時忘れさせてくれる大事な記憶なのだ。





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