4/28/2015

よしもとばなな 人生のこつあれこれ2012

人の死はいつも突然な気がする。
この仕事をしているとその思いは強くなる。
昨日まで笑顔で話をしていた人が突然いなくなる。
患者と看護師という関係性であり、
共有する時間も人生の期間で考えると、
見えない位の点でしかない。
それでもやっぱり、
悲しくて仕方ない。
苦しんで苦しんで、
夜中に辛いと訴えていたのに、
それを緩和することもできず、
旅立った。

今日の夜勤は3人の患者さんを見送った。
3人の人生があり、
そしてその人に関わる沢山の人がいて、
皆悲しんでいる。

人はいつか死ぬとわかっていて、
医療にも限界があるとわかっていて、
それでも、
やっぱりあの時の顔が浮かんできては、
悲しくて悲しくて、
この仕事は喜びより悲しみが多い仕事であると
思ってしまうのだ。

人生の重要な時期に関わっているんだということを
しっかりと思い働かなくてはいけないと思いながらも、
今日は悲しみしかでてこない。

友人から戻ってきた本をそのまま机に放っていた。
よしもとばななの「人生のこつあれこれ2012」

この本に助けてもらおうと思う。
この悲しみを受け入れるために。

4/01/2015

思考をめぐらす。

昔、よしもとばなながそんな言葉をつぶやき、しみじみとそうだなぁって思った。

「人は自由で責任は自分ただひとりがおうのだから」

生きる中で選択肢は無数に広がっている。
それをキャッチするかしないかは自分次第である。
選択した時はそれが一番であると思って選択したのに、
その後、それによるダメージがあるとその選択をした自分を責める。
それは自己否定につながっていく。
そんなことを繰り返すといろんなことに自信がなくなる。
そして、いろんなことをキャッチしたくないと思い始め、
人と会うことがしんどくなっていく。
なぜなら、人と会うことで選択肢は更に広がるからである。

知らない世界を知ることが楽しかった。
それが、旅をしている時の自分である。
思考をめぐらせ旅をした。
世界には自分には知らないことが無数に広がり、
自分が常識であると思っていたことのほとんどがそうでなかったと
知ることになり、私は何も知らずに生きてきたんだと思ったのだ。

初めて日本を客観的にみる機会に恵まれた。
それは私にとって大事なことであったと今でも思っているし、
その時に出会った友人たちは私のその後の生き方に大きな影響を
与えてくれる存在になっている。

しかし時は流れ、日本で過ごす時間が増えるにつれ私は何も客観的に
みることができなくなっているよう思えてならない。
ものすごく意識しないと自分を立たせることができない最近に、
大きなストレスを感じてしまう。

そんな時はやっぱり人に会うことなんだと思ったのだ。
当たり前であるが、私と同じ生き方をしている人は私以外にはいない。
だから友人に会うことは、刺激につながり思考を活発化させる。

世界を一緒に旅した友人。
昔ブラザーであった友人。
スペインで依存症の研究をしている友人。
難民を支援している友人。
そして相棒。

みんなでメキシコ料理を囲み沢山の話をした。
世界の問題から身近な問題まで沢山の話をした。
そして沢山のことを考えた。
その後も、ずっと考えている。

リュックを背負い旅をしたいけれど、
今は難しい。

けれども、素敵な友人たちとの時間をもつことで私は旅ができる。
異国の安宿で過ごす時間が私を成長させてくれた。
そんな時間を過ごせたことで私は思った。

友人と本があることで私は生きていけるのだと。
時々は友人と話をしたいとそう思ったのだ。