7/18/2014

働くことの本来の意味とは。 つづき

金沢にて

お金がなくても楽しく暮らしていける、そんなドキュメンタリーを観た。
その中の会話でなるほどと思うことがあった。

国民が皆貴方のような生活をするようになったらどうしますか?
の問いに彼は、「国のために国民がいるわけではないのだから好きに生きていけばいいのではないか。」というようなことを答えていた。彼は、定職にはつかず、生きていくのに最低限のお金を稼ぎ、楽しく暮らしている。シェアハウスに住み、シェア別荘で過ごし、仲間と生きている。 その彼が「愛する人ができて、その人が働いてほしいと願えば働くかもしれない。」とも答えていた。

80代のおじいちゃまは現役の職人さんであった。
体調を崩し3年。けれども、彼は働いていた。とうとう、働く体力を奪われ治療のため入院をする。彼は静かに言うのだ。「治りたいんですよ。また働きたいんですよ。」と。治癒することは難しい疾患である。けれども、彼にはもう一度働いてほしいとその静かな言葉を聞きながら思う。 もう彼にはお金を稼ぐ必要はない。 彼にとって仕事は人生そのものなのかも知れない。 彼にしかできない技。 普段ほとんど話さない彼が仕事の話となると静かながらに饒舌になる姿はとても素敵であった。


好きな仕事をする。
愛する人のために仕事をする。
生きるために仕事をする。
誰も好まないけど誰かがやらなくてはいけないからする。

他にも沢山の理由があるのだろう。
仕事には個々の理由があり、それは決して全てがポジティブな理由ばかりではない。
けれども、形はどうであれもう生きている事が働く事なのかもしれない。

と思うけれど、やっぱり皆にしっかりと税金は納めてもらいたいという気持ちは捨てきれない。

先ずは、自分と近しい人の日々の小さな幸せのために働こう。


「働きたくないなぁ」という思いを小さめにして生きていこうと、そんなことを一見対照的でそうではないふたりの人を知り、そして考え、思ったのだ。






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