11/11/2013

れんこんより蓮根が好きである。




蓮根が好きである。
以前働いていた喫茶店に久々に立ち寄ると、いつものなみちゃんがいる。
そこで飲むウイスキーが好きである。
ハーパーのシングルロックを頼むと、昔働いていたよしみか友人だからか、
シングルとダブルの真ん中あたりに位置する飲み物がでてくる。
それと一緒にでてきたお通しが蓮根だった。
「見通しがよくなりますように、の蓮根好きだわ。」
と言うと、おばあちゃんみたいやなぁとのんびりとした口調で言われる。
そんなのんびりな関西弁をしゃべる彼女とのなんとなくの空間は好きである。
勿論、そこがシャンソン喫茶であることも。

今日はなんだか空の機嫌が私以上にめまぐるしい。
晴れたと思えば大雨で、大雨かと思えば強風で、かと思えば晴れてみてそして気づけばとても寒い夕方である。そんな日は徒歩3分のスーパーに行くことも億劫となる。
冷蔵庫をあけてみた。

にんじん・ごぼう・きのこ、そして蓮根があった。
ということで、今日も「見通しがよくなるように」と思いながらキンピラを作った。
後は、柿とりんごとみかんがあったのでそれを食し、今日はスーパーには行かないと決めた。

明日は、仕事の後にサルサ。
明後日は、仕事の後にハンナ・アーレントを観る。
明々後日は、父の誕生日なので顔をみに行こうかと思っている。
そして、待ちに待った夏休みである。今年は、南イタリアあたりの小さな島と、そして久々にイスラムの空気に触れてくるつもりである。単身赴任中の相棒と、タイに続く第2弾の旅はどうなることやら。
とりあえず、のんびりと異国を満喫する予定である。


追記
ひとつ前の話で書いたことが消化しきれない私は、ある人に小声で訴えた。
じぶんの死は自分できめたい・・・・・と。じぶんで歩いてきた困難な道のりは、自分の足で最期まで歩きたいと。  その、ひたすらのぶつぶつを受け止めてくれたある人は私に一冊の本を渡し、「読んでみて。」とひと言添えた。

題名は「自分のいのちは自分で決める。」    木村利人

彼は最後をこう締めくくっていた。


 人間のいのちの終わりというものは、本人にとっても家族にとっても一大事件です。そうしたとき、この世を去る人を孤独に追い込むことなく、あたたかくユーモアをもって支えていくことが重要となってくると思います。だれもがひとりで死んでいくわけですが、いのちが繋がっているからこそ、他の人たちへの共感をもって、豊かないのちの終わりを迎えられるのだと思います。
 この世に生をうけた人は必ず死を迎えます。しかし日々の思い煩いを越えて、毎日新しく生まれ変わる気持ちで、最後まで自分の責任の決断によって自分のいのちを充実させて生きることが大切だと思います。
 そして、いつかの終わりの日のためにアドバンス・ディレクティブをつくっておくことが、自分のいのちをじぶんで決める者としての大事な人生の旅の第一歩なのです。






11/05/2013

理想の死に方とは存在しないかもしれない、でも・・・。

大おじいちゃまは90歳を越え老衰で天にむかった。
それが、大おじいちゃまの理想の死に方であったかはわからない。
でも、家族は喜んでいた。
苦しまず、安らかな顔で自宅の布団の上で眠りについたことを。

癌病棟に勤務していると、沢山の死に立ち会う。
最後に立ち会わなくとも、最期のステージを見守っていくことは多くある。

余命を告知しない方針の先生がいる。
私には疑問である。

病名は告知する。
余命は告知しない。
家族には話す。
だからそれでいい。
家族には、本人には話しませんと医師は言う。

いつも医師達は言う。

「生きる希望を奪いたくないから。」

けれども、余命が3週間、1ヶ月、2ヶ月と半年未満の人達をみると、
事実は生きるためにも必要なのではないかと思うのだ。

仮に事実を教えないとしても、それは供に生きてきた家族に委ねるべきものだと思うのだ。
確かに、委ねられた家族もあまりに突然のことで考えられないということもあると思う。
だから医療者は傾聴をしながら、答えを導き出す手伝いをしていく必要がある。
それは家族だけではなく、本人に対しても同じことが言えると思う。

今まで、辛い治療に、「治す」という希望だけで頑張ってきた患者には最期のステージをどのように過ごすかを自分で決める権利があると思うし、必要であると思う。

だから、様々な考え方があるかもしれないが、私は余命は告知するべきではないかと思うのだ。

人は人が思うより強いはずである。

貴方の余命は3週間です。

と言われたら、絶望的になるだろう。
けれども、それでも言うべきではないかと思う。
最期の時間は自分で決めるべきものだと思うのだ。

特に若い人は癌の進行が驚くほど早い。
昨日まで自分で入浴をしていた人が今日はトイレに歩くこともままならなくなることもある。
もう少し元気になったらと思って、外出も外泊もしないでいたら、もう動けない体になってしまった・・・ということもある。

何も知らないで、疑問と恐怖を抱え日々を過ごし病院のベッドで苦痛な顔で死んでいく人が少しでも少なくなることを願い、、、働いていきたいと思うのだ。