5/07/2013

志半ばで。

GWはとても憂鬱な気分であった。
それは毎日仕事だったからでも、忙しかったらでもない。
同世代であり、私より若い人がこの世を去ったからである。
その事実は、私が思うより何倍もの重さで私の体にのしかかった。

ある人に聞かれた。
後1年の命だと宣告されたらどうする?

どうするのだろうか。
仕事をしていたいと思うのか。
もし仕事を辞めたら、世の中と断絶した気分になるのだろうか。
自分だけがとり残されてしまったと感じ、孤独と戦うことになるのだろうか。
けれども、仕事を続けたとしても周囲に気を使われ、毎日申し訳ない気持ちで一杯になるかもしれない。  

結局、答えはみつからなかった。
どの答えも自分の中でしっくりとくるものはなかった。


最後に交わした言葉は、
どうしてこんなに辛いの?なんで?どうしたらいいの?

それに対しての答えもみつからなかった。
ひとつの言葉みつからず、何かあれば呼んでくださいね。との言葉を残し病室を後にした。私がその患者を最後にみたのは、氷枕をかえに行ったときであった。家族に囲まれ、呼吸苦でもがいていたその姿が脳裏に焼きついている。

その日の夜中にこの世を去ったのである。
癌が蝕んだ体は、体全体で苦痛を訴えていた。
入院してから、ずっと苦しんでいた。
やっと楽になったのは、この世を去った時であった。

主治医に聞いた。
この疾患を早期にみつける方法はないのか?
難しい、というのが答えであった。

会社などで定めている、法定検診の内容は限られている。
けれども、20、30代で自らそれ以上の検診をしようと思う人は少ないだろう。
多少の症状があっても、大したことはないとほっておく人も多いだろう。
ほとんどの人はそれで問題はないのだと思う。

人の命を奪うのは、病気だけとは限らない。
だから、いろいろと考えていくと頭の中がこんがらがってしまい、もうほどくことは難しくなってしまう。何を気をつけて生きていけばいいのかわからなくなってしまう。

結局のところ、一つも答えはでなかったし今後もでないかもしれない。
だから、今を生きようと思った、そして生きるしかないのかと思うのだ。












 

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