8/10/2012

時間 Ⅲ

 毎日の中で一番大事にしたい時間は朝ごはんの時間である。
けれども、いつもいつも朝はせわしないのである。
本当は、珈琲豆をゆっくりとミルで挽きこぽこぽと淹れ、パンを焼きサラダとフルーツを添えてゆっくりと食べたい。
本当は土鍋でお米を炊き、お魚と漬物と納豆そしてちゃんとだしをとったお味噌汁でゆっくりと食べたい。

ここでは土鍋で炊いたご飯をおこげ付きでお茶碗によそってくれた。
ここでとれたお野菜とお魚とそして、驚くほど美味しいたまごで食べた。

そういえば昔誰かが言っていた。
最後の晩餐は、美味しいご飯に美味しい卵を割った卵かけごはんがいいと。

そんな言葉を思い出してしまうくらい美味しい卵だったため、半分ごはんにかけたけど半分はぐいっと飲んでしまった。あぁ美味しかった。
 朝の海を眺めながら、のんびりとごはんを食べた。
そう、これが一番の贅沢な時間である。
朝ごはんを時間を気にせずゆっくりと食べれる時間は何よりの贅沢である。
今日は何をしようかなぁと考えながらであれば尚更のこと。



 夏といえば、蚊取り線香。
モスキート君に狙われやすいのが一番の理由かもしれない。
でもこの形状に色に愛おしさを感じる。
そして、においが私を夏に運んでくれる。

時間とは Ⅱ


時間とは意識しなくとも過ぎていくものである。
生きていく上で様々なことが不平等だなって思うけれど、唯一皆に平等に与えられているのは時間である。その長さは皆違う。そういう意味では不平等かもしれないけれど、今という時間の長さは全ての人に同じように与えられている。使い方や感じ方が違うから、同じようには感じないけれど、確実に電車で隣になった見知らぬ人と私の新宿駅に到着するまでの10分は同じものである。

平等に配られたその大事な時間をどのように使うか、それによって時間は初めて変化をするように思うのだ。 大事な自分の時間をどのように使えばいいのか、時間を与えられてもうすぐ35年にもなろうというのに未だ模索している。でもどんな時間が好きなのかはなんとなく気づいている。思いついたままに挙げただけでもこんなにある。

異国でのあてのない散歩。
寝る瞬間。
珈琲をミルで挽いている音・匂い・飲んでるとき。
友人からの手紙がPOSTにあった瞬間、手紙を読んでいるとき。
相棒とののんびりと過ごす時間。
誰かに宛てて手紙を書いている時間。
本を読んでいる時間。
仕事でのいろいろな時間。
友人との会話。

他にも沢山あるけれど。

島では特別なことは何もしなかった。
散歩をして、お風呂に入って、食事をして、本を読んで。


あっ、でも食事をしながらあんなにも長い時間海に落ちていく夕陽を眺めていたことはなかったかもしれない。 

山口県のとある島は、私に時間をくれたのである。
プレゼントしてくれた相棒に感謝である。





時間とは Ⅰ


相棒が節目の歳を迎える場所に選んだのは、山口県のとある島である。
一日一組限定のその宿は驚くほどまったりとした宿である。
この宿に長いこと滞在してしまったら、日本にいながらにして時差ボケに陥るのではないかと思う位である。 時計の針は確実に進んでいるのであろう。けれども、時間は意識しなくては感じられない。

隣のキッチンから、包丁の音がふっと聞こえてくるときがある。 そんな時、あっ私達の他に人がいたんだと、思い出すのである。それ位静かな場所である。

次の滞在時は、映画「しあわせのパン」で知った、矢野顕子と忌野清志郎の「ひとつだけ」を小さな音で流しながら海をみたいなと、そう思ったのである。

8/01/2012

考える。


近くにいると大きなエネルギーを感じる90代のおじいちゃまは戦争を知っている。
彼は手術のために入院をし、無事に回復、退院した。
おなかの真ん中の大きな傷を眺めながら、朗らかな笑顔で彼は言う。
「痛いよ。そりゃぁ痛い。でもあの時のことを思えば癌になったのも手術をしたのも大したことではないよ。ひとつだって大したことはないんだよ。戦争に比べたら。生きてるだけで十分。戦死した友人の顔を思い出すとね、こんなことひとつだって大したことじゃないんだ。」
その空間には悲しみというものが存在していないかのような・・・それほどのエネルギーに満ち溢れた彼の笑顔には、いつでも皆が癒される。そんな素敵なおじいちゃまは誰よりも悲しみを知っているのだろう。その上に成り立つ彼に何か大きなものを感じるのだ。

以前、鹿児島を旅したときに知覧に行った。
今回は山口県の大津島に行った。
そして広島で原爆ドームの前に立った。

小学生の頃、夏休みになると放映されていたはだしのゲンを思い出した。

戦争は何なのか。
その問いに答えをみつけることはできない。

戦争を知っているおじいちゃまは、戦争で死ななかったのは右に右に行ったから、つまり強運だったからだな。と言う。

戦争が生と死の分岐点に立ち、皆に運が良かったから悪かったからと言わせるものものであるなら、そんなに悲しいことはないのではないだろうかと、大津島の人間魚雷「回転」の前に立ち、記念館にある遺書や血書を読み、原爆ドームの前に立ち、以前に旅した知覧を思い出し、そう感じた。

戦争は、核は、武器は、恐ろしい。負しか与えないであろうそれは、人間の思考からでてきたのであれば、一番残酷で恐ろしいのは人間なのかもしれない。

ポーランドのビルケナウを訪れた時と同じ感情が今回の旅でも私の中に渦巻いたのである。