4/05/2012

明日という日の不確かさ。



患者であり、同級生であり、友人の友人であった彼女は空に昇っていた。

友人からの文にはこう記されていた。

「いつ何があるかわからないから、また、連絡を取り合って、お出かけしましょうね。」

彼女と26歳のあの冬、Europeを巡っていたときは、いつまでも明日は続き、いつでも逢えるとそう思っていた。・・・というかそんなことを意識することもないくらい、明日は当たり前にくると思っていた。でも、それは違うんだと、強く思うようになった。


明日はくるかもしれないし、こないかもしれない。

それ位、私にとって明日は不確かなものとなった。


もう絶対に病院には戻らない。ここで死ぬんだと強く語るおじちゃま。

6畳もない小さな部屋でひとりで生きている。

もうすぐ、空からむかえがくる彼の願いはサクラをみること。コロッケを食べること。おでんのハンペンを食べること。  先生の許可がおりた。彼の願いは叶う。こんなに美味しそうにコロッケとハンペンを食べる人を初めてみたかもしれない。 久々に見た彼の満面の笑みに嬉しくなる。


明日はくるかもしれないし、こないかもしれない。

だから、その不確かな明日を待つことなど彼にはできないのである。

今が大事である。たとえ、また肺炎になったとしてもそれでいいと言う。

何も食べずに病院で死ぬのであれば、大好きなものを食べて肺炎になって小さな部屋でひとりで死にたいと・・・。


明日という日の不確かさを受け止めて、今という時間を大事に使いたいと思った。


とりあえず、大好きな人とサクラの木の下でゆっくりと呼吸をしたい、そう思った。