8/28/2011

大事な人の悲しみを。


横浜に遊びに行った時、こんな郵便局を見つけた。
私の1年後ってどうなっているのだろう。たまにそんな事をふっと思う。
今の自分と1年前の自分を比較して、その驚くほどの変化に驚く自分がいる。

大事な友人が帰国した。とても大事な友人である。
私が遠い場所で病気になったときも、一人では背負いきれない悲しみが降りかかった時も、
いつも近くにいてくれた友人である。

彼女はひとりでは抱えきれない程の悲しみを抱えて帰国した。
結婚して離婚して戻ってきた。彼女は1年の間にふたつの転機を経験した。
もう限界であると遠い異国の地から電話がかかってきた。

とにかく、日本に戻ってきてと伝えた。もどるのが難しいようであれば迎えに
いこうと思っていた。  彼女は戻ってきた。

いつでも気丈な彼女が弱っていた。私ができることは同じ空間で同じものを食べ、
話を聞き、昔話をすることであった。彼女とは誰よりも長くて濃い時間を過ごしてきた。
一緒に旅した時の話は、私たちを悲しみから救出してくれるのである。

思い出と時間が、辛い現実からほんの少しの隙間を作ってくれるかもしれない。

未来郵便局に投函する前に、まずは近くの郵便局から彼女に手紙を届けてもらおうと思う。



8/06/2011

日常とは。

友人の子供は確か1歳半位だったと思う。
とにかくよく動く。じっとしているのは、眠っているときだけではないかと思う位。
彼にとっては毎日が冒険なんだろう。見るものも聞くものも、何もかもが新鮮なんだと思う。
ベランダにでるのだって冒険であるのだろう。
お布団を干しているパパの元に行こうと、おそるおそる足を外に出す。
その姿はまるで、ベランダが違う世界でもあるかのようである。

毎日という日常はいつだって違う。
けれども、毎日仕事の往復の日々はその事実を忘れさせる。
毎日という日常はいつだって同じであると思わせる。

そう思い出すと、日常が白黒となる。
その日常に色をつけたくなる。
その「色」をつけてくれる一番わかりやすい方法は、
私にとっては「旅」である。

最後に異国を旅したのは3月である。
それからもうすぐ半年が経つ。

私は旅に出たい。異国の風を感じたい。
同じ暑さを感じるなら、東南アジアの気だるい暑さを感じたい。
あの薄いビールを屋台で飲みたい。
友人のいるスペインの離島に行きたいと思ったりもする。

彼がベランダに出るように私も異国に行きたいのである。