5/10/2011

告知。 余命。 

Bangkok に向かう飛行機の中から。


まだこの仕事をして間もないころ配属されたのは、癌病棟。沢山の人の死をみた。
死も怖かった。けれども、それよりも怖いのは、癌で侵された身体を襲う痛みに悲鳴をあげていた姿であり、息が苦しいとベットの上で戦う姿であったし、それを唯一緩和できる「麻薬」の怖さであった。

そこは、まさに病院であった。この世には沢山の病気がある。病気に大小をつけることはできない。本人にとっては自分の病気が一番苦しいものであるから。そうわかっていても、私は癌病棟が苦手であった。

いつでも死が隣にいたから。

それなのに、また癌病棟に自らの意思でもどってきた。

今日も、ナースステーションの慌しい日常の中で、「余命の告知」が行われていた。
母と変わらない歳の女性は「もっても1年です。」と告げられた。

彼女も彼女の家族も無表情である。でも、皆そうであったように思う。

TVドラマのように泣き崩れる人は見たことがない。
きっと人は、受け止められない悲しみを前にすると、感情が止まるのであろう。そして、後から後から、ゆっくりとやってくるのだろう。

人は生まれた瞬間から死に向かうという。
そして、死は決して誰かと一緒に歩めるものではない。
先立つほうも、先立たれるほうも同じものを背負う。

「もっても1年です。」

その言葉が、久々に私を落ち着かせなくさせる。
この仕事について12年。沢山の死に出会っているのに。
やっぱり落ち着かない。

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