3/19/2011

死ぬことの違い。

地震が起きた。その日は仕事であった。いつもと違う揺れであると誰しも同じタイミングで感じ、患者の部屋に走った。私の病棟は10階である。私が最初に入った部屋は角部屋である。患者は激しい揺れにベット上でパニックになっていた。今にも倒れそうな患者と点滴台を押さえるが、揺れは一向におさまらず、むしろ激しくなる。わたしでさえ立っていることができなくなる。クローゼットのものは全て床に転がり、机のものは落下していく。一度おさまった地震はその後も何度も余震を繰り返す。そして、天井からお湯が降り出した。  大惨事ってこういうことをいうのだろうか。  あまりの光景に何がなんだかよくわからなかったのである。

その後知った。東北の大地震を。最初の報道で約20名の死亡・・・。その後膨れ上がる数値に言葉がでなくなる。

今日、患者が死んだ。彼女をきれいにしながら思った。昨日、ご飯を食べさせ一緒にNEWSを観たなと。その時は今を予想することなど勿論なかった。出勤して、彼女の死を知らされたとき耳を疑った。なんで?とも思った。まだ少しだけ体温のある彼女の髪や手を洗いながら、そしてお化粧をしながら涙がでてきた。

人の死は悲しい。悲しいのである。とってもとっても悲しいのである。

天災での死・・・。その可能性を否定はできない。けれども、誰もがそういう最期など想像しないだろう。人はいつか死ぬ。いつだって未来で生きている保証などない。そう思っていても、天災の死はなにかやりきれないものを残す。

病院で死んだ彼女。天災で死んだ人たち。同じ死である。そうだけど、そうなんだけど、なんだろう。何か違うように感じるのは。

せめて、最期は大事な命が宿っていたそのからだをきれいにしてあげたい・・・・。

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