1/28/2011

メイク。

マドリッドのある広場で沢山のキャラクターに出会った。否、真実を述べればそれは私の知っているキャラクターの名前で呼ぶのは好ましくない。仮に、キティと呼ぶとする。キティは平然と自分のことを「ハローキティ」と紹介する。確かにぼんやりとは似ている。けれども明らかに彼女をキティと呼ぶのは抵抗がある。

目は「心の窓」と言われている。最近、女子の顔に変化がある。それは、「まつ毛」のせいだろう。つけまつ毛をしている人もいればエクステの人もいれば植毛している人もいるし、マスカラを大量に塗っている人もいる。とにもかくにも目に変化が起きている。

私も「アイメイク」は好きである。というか、目がぱっちりで生まれてきたのなら「アイメイク」に固執などきっとしなかっただろう。けれども残念ながら私の目元はよく言えば涼しげ、まぁ小さいということである。だから、リキッドアイライナーとアイシャドウと・・・・あらゆるものを駆使して目を際出せていた。いわゆる自己満足であるが。

最近、あまりにも皆の目が変化してしまい皆が同じような顔に見えはじめてしまい、私は「アイメイク」をお休みにすることにした。このままでいいような気がしてきたのである。

普段しっかりと自分の顔などみることはないのだがしっかりと鏡ごしに逢ってみた。私の最大のコンプレックスは目が小さいことより右目がつり目であったことである。つり目が嫌でメイクで隠していたし、なるべくいつでも笑顔でいることを心がけていた。

はたと気付いた。目がつり目じゃない。直ったのか、年をとって重力に逆らえなくなったのか。理由はさだかではないが、私の最大のコンプレックスは解消された。今だ、目の小ささは変わることはないが、それはあるがまま受け入れようと思う。

一度それを受け入れると、それはそれで気に入ってくるかもしれない。

「心の窓」である、「目」は自然のままで大事にしようと思ったのである。そこから、またひとつ前進できるようなきがする。

1/26/2011

ドモジェドボ国際空港,



友人の子供は手を差し出すと、私の指をぎゅっと掴む。それを反射と呼ぶのかもしれない。けれども私にはこれは全ての人がもつ感情の全てを表しているように思えてならない。人はひとりでは生きてはいけない。誰かが必要なのである。彼がぎゅっと私の指を握るたび、そこから生命を感じる。そしてその重さも。


最近読んでいた政治の本。それには・・・・の抗議のためにとか、正義のためにとか、そういう言葉が沢山でてきた。そして、・・・だから暗殺されたとか殺されたとか、民間人が巻き込まれたとか。

現在の年齢で政治の世界や世界の情勢について疎すぎるのはなんだか自分としてはよくないように思えて、私でもわかるような噛み砕いてくれいてる書籍をみつけると読むことにしている。

いつの時代も争いは絶えない。争いは争っている人たちだけの中でおさまる事はない。いつでも巻き込まれる人がいる。もしかしたら争っている人も巻き込まれている人かもしれない。真実など誰も知ることはないのかもしれない。

今回のモスクワのNEWSは私にとっては日本で起きたことのように身近であった。あの空港には何度も降り立っている。映像の場所もきっと私も立っていたことがある場所であろう。日本のNEWSはいつだって
最初にこういう。

「日本人の犠牲者はいないようです。」

それは日本のNEWSとしてのあるべき姿なのだろう。そう理解していてもなんだか違和感を感じるのである。

現在35人死者がでており、110人以上の人が病院に運ばれてるいるようだ。チェコで出会ったロシア人のおじちゃま4人組を思い出す。私には彼らが今回のことに巻き込まれていないか、彼らの近しい人が巻き込まれていないかを知る術は持ち合わせていない。ただ思い出し、無事であることを願うだけである。

健康でありたいのにそれが叶わない人たちに囲まれて仕事をしていると思う。健康って奇跡的なことだと。その奇跡を人為的に操作するのは、本当にあってはならないのではないだろうか。

久々に読み返した本の一文。
「ひとつのことが起こる。すると、いくつもの結果が生じる。そのうちひとつの結果から、また沢山の原因が生まれていく。その原因が、またいくつかの結果を生み出す。原因と結果の因果論である。そして無限の連鎖である。それを、”必然の大車輪”と呼んだ。世の中には、いっさい偶然などない。すべてなるようにしかならない。人間は必然の大車輪の上で人生を送っている。」

「世の中のすべては必然の結果であり、偶然などというものは存在せず。」

そしてアインシュタインはこう言う。
「神がサイコロをふることはない。」

著者は言う。
「いっさいなるようにしかならないやと、口では言いつつも、偶然を期待したり、偶然を発見したりして、泣き、笑い、この世を渡っていく。我ら凡人は。」

普段私は、全ては必然であると思って生きている。良いことも悪いことも全ては必然であり、自分にとって必要であると思って。けれども、一度その考えの壁に当たってしまったことがある。それは、ポーランドのアウシュビッツ・ボスニアを旅したときである。巨大な収容所に足を踏み入れてそのなんともいえない空気に次の一歩を踏み出すのに時間がかかった。ボスニアで爆撃直後のような建物や無数のお墓を見たときも同じ衝撃をうけた。

その時に思った。これを必然と呼ぶのは何か違う気がする・・と。そして今回の空港テロでも同じ感情が蘇る。

答えは一生でないようにも思う。でもこの違和感は大切にしようと思っている。

1/23/2011

パタゴニア.


“知らないところへ行ってみたい”という強い気持ちが旅の本質ではないだろうか。目的よりも過程が重要で、困難に見舞われても多くの発見や感動をもたらしてくれる旅こそが真の冒険。40年以上も前、1968年に南を目指した2人の若いアメリカ人がいた。サーフ&マウンテンの楽園を探しに南米パタゴニアの地へ。彼らの人生を大きく変えた究極のロード・トリップは持参した16ミリのカメラが記録していた。
そして今、2人の残した映像に魅せられたアメリカ人青年が彼らの足跡をたどって追体験の旅を試みる。異国の地で自然とともに生きる人々と出逢い、歴史や生活を学びながら、パタゴニアの高峰コルコバト山を目指した。はたして彼は頂上に立つことができるのだろうか。そして旅の終わりに何をみたのか。

“人は皆、後戻りできないと言うが、目の前が崖なら―― そのまま突き進むか、まわれ右をして前に進むか、どっちがいいと思う?”
 パタゴニアへ旅した2人のアメリカ人、イヴォン・シュイナードとダグ・トンプキンスは帰国後それぞれ小さな会社を設立。
それが「patagonia」と「THE NORTH FACE」、今では世界中の誰もが知っているアウトドア・ブランドの最高峰だ。アメリカにおける自然派志向のアウトドア・カルチャーは2人の伝説の旅から生まれたものだった。
・・・・この映画の紹介のこの文に目を惹かれた。そして、予告編の中の言葉に魅了された。
”シンプルに暮らすほど難しいものはない。世の中のほとんどの問題は方向転換すれば解決する。欠陥のあるシステムを維持することはない。”

1/22/2011

旅・・・たび・・・trip・・・tour・・・journey・・・travel・・・voyage,


2月23日から3月6日まで旅にでる。


貯まったマイルは44000マイル。アジアを2往復してもおつりがくる。早速チケットを購入した。バンコクに入国して帰りはホーチミンから帰国することにした。今回は12日間の旅である。


何をしようかなぁ。とりあえずはひとつだけ決めている。


バンコクの週末だけの市場に行き、一昨年マッサージをしてもらい、仲良くなり一緒に写真を撮った彼女に写真を渡しに行く。


それ以外は、やっぱりひたすら歩こうと思う。異国の地を。





春一郎さん。




小さい頃、父がよくレコードでクラシックの音楽を流していた。幼稚園の頃はエレクトーンを習い、小学校に入りピアノを始めた。小学校5年生の頃からフルートを始めた。今はどれも趣味程度というより、趣味にまで到達するほどでもないかもしれない。でも、クラッシックという分野は好きである。

最近、何気なく借りてきたロシア映画の「オーケストラ!」が気に入っている。なんだか、チャイコフスキーのバイオリン協奏曲を聞くとエネルギーが満ち溢れるような気がするのだ。

友人と同じ人に恋をしている。けれどもその恋はどんなに頑張っても叶うことなど不可能である。なぜなら 、小川糸の作品、喋々喃々にでてくる春一郎さんに恋しているからである。彼の素敵なところは、なんだろうか。私の語彙力で語るのは難しいのだが、こんな人に出会えたらもうそれだけでこの世界に生きている理由の8割の説明はついてしまうのではないかと思うのだ。春一郎さんはそういう人である。

こんな素敵な人なんているわけがないと、少し前の私なら思っていたはずだし、まぁ小説の中のことよね・・・位で終えていただろう。でも今は違う。

春一郎さんって、この世界に存在する。

1/19/2011

波長が合う。


友人は「こんなになつくのは、きっとふたりは波長が合うのね。」と言う。そう、私は1歳になったばかりの彼と波長が合う。年齢など関係ないのだろう。

久々に10代の頃の友人に逢った。上野の中央改札口で待ち合わせをした。ほんの少し彼を探してしまったけど、お互いにお互いを認識した時から時間はあの時に戻る。昨日も逢っていたかのような空気がそこに存在する。彼とは波長が合う。一歳半の子供がいるパパであるという事実を聞いても、やっぱり私はあの時の彼にしか見えず、そして居心地がいい。帰り際に「何年振りの再会?」と聞かれたけど、最後まで答えはでなかった。それ位過去なのだろう。でもやっぱり波長が合う彼とは、空白の時間など大したことではないのだろう。

仏語教室の涼子さんが紹介してくれたまちさん。「きっとふたりは気が合うと思うの。」さすが涼子さん、まちさんとはその後大事な友人としての関係を築いている。彼女といる空間はとても居心地がよくて、いつでも彼女の存在に元気と勇気をもらう。そんなまちさんの日記に私のことが書かれていた。私達やっぱり波長が合うらしい。

他にも何人かいる波長の合う人・・・・こうやって考えると、波長の合うレベルが高い人達で、私の人との繋がりは構築されている。それってものすごく贅沢なことなのだろう。

「波長が合う」を広辞苑や国語辞典を開いて調べてみたが、見つからなかった。そういう言葉は本当はないのかもしれない。でも私としては「気が合う」より、「波長が合う」と表現したい。

居心地の良さって、波長が合う人としかつくれない。

1/10/2011

2011年 うさぎ

2011年が静かに幕を明けた。今年はうさぎ・・・飛躍の年となるかは、自分次第であろう。そうわかっていても、うさぎの年にあやかりたい自分がいる。

2009年と去年と比較してみると、何ら変化がなかったと思っていたのに結果として随分変化したことに気付く。そうやって私は年を重ねるのであろう。だから今年も2010年より変化した自分に出会えるのであると、そう確信めいたものがすでに今あるのだ。

年を明けて間もなく体調を崩した。それはあまりにも突然のことで恐怖に近い感情が身体を駆け巡った。夜中、激しい頭痛と吐気に襲われ、そして繰り返し嘔吐した。元来偏頭痛持ちではあるが、嘔吐まで引き起こす頭痛などなかった。あまりの辛さに眠ることもできず夜中の間、頭痛と供にした。いつの間にか眠りにつき、そして覚醒すると全身の疼痛で起き上がることができない。体熱感があるわけでもなく、関節痛でもない。とにかく全身が痛むのである。段々と嫌な気分となってきた。どうするべきか考えているとまたもや深い眠りについた。そして現実に直結するような怖い夢を立て続けにみたのである。

かろうじて、起き上がることができたのは夕方。やっとのことで薬箱まで行くことができ薬を飲みそしてまた眠りについた。激しく汗をかき、そして体の痛みは半減した。そこに一階に住む友人が温かいうどんとゼリーとポカリを持ってきてくれた。そして、+αの話まで用意されていた。

その話は今後の私にまた新しい風を吹き込むことになるであろう。

追伸、
大好きな友人に逢いに行った。お互いに下高井戸に住んでいた時は鍋が冷めない距離であったからよく、料理を持ち寄り一緒に記憶をなくすほど飲んでいた。その後、彼女は結婚して精神的な病に陥り、生死の境をさまよい、そして子供を産んだ。その子供が可愛くて仕方ない。会いたくて遊びに行った。朝、旦那様を送り出し、私は子供と遊び、その傍らで彼女が、朝ごはんを準備してくれていた。その光景は十数年前のあの学生の時から知っているもので、嬉しくなる。人と食べる食事って何て美味しいものなんだろう。ひとりでいる心地よさより、人といる煩わしさ・・・今の私は後者をとるだろう。その煩わしさから生まれるあたたかさの存在に触れてしまったから。