12/10/2010

何気ないものが生むもの。




春樹の作品が好きである。それは20代になって初めて気づいた。10代の頃に「ノルウェイの森」を母から贈られた時、この作品になじめず、そして春樹の作品をその後読むことはなかった。20代になり友人の彼に春樹を愛する人がいて、その彼から激しく薦められもう一度読み返した。それ以来、彼の作品は私の人生で重要な位置を占めている。



ばななの作品もそうである。なんとなく敬遠していたのだが、親友に「キッチン」を半ば強引に読まされ、その後、彼女の作品に助けられている。


太宰治にしたって、夏目漱石にしたって、トルストイにしたって、ありとあらゆる作品を最近紐解き思うのは、確実にあの頃より今のほうが胸にずんとくるということである。

いつでも何気なく手に取ったり、何気なくそこにあったり、何気なく薦められたり、何気ない会話の中だったり、そういうことの中に自分にとって重要なことが含まれているように思う。

相手が私を選んだ理由なんて本当にたいしたものではないはずである。あの人なら好きそうとか、喜んでくれるかもとか、そんな理由すらなく、とりあえず誘ってみたとか薦めてみたとか。そんな思いつきめいたことが、自分のこれからや、相手のこれからをがらりと変えてしまうこともある。

だからいつだって、何気ないことには静かに飛びつくことにしているのだ。

「悪人」を観に行った人から久々に連絡がきた。

「ノルウェイの森観にいかない?」

「行きましょう。」

そう、そういうことである。

ひとりでいることも、ひとりで遊ぶことも割りと好きであるが、たまには人と何かを共有して更にそれに対する気持ちを高めるのも大事なのだろう。

何気ないものが生んだものを積み上げると、そこに私がいる。