8/30/2010

「ことん」


POSTに「ことん」といれたのではなく、最後の手紙は送信ボタンを押した。

いろんな国や日本から、郵便局から送った手紙や小包。でももうこれが最後かもしれない。最後が「ことん」ではなく送信ボタンだったのはなんだか悲しいけれど、仕方ない。考えてみたらPCか携帯以外に送る手段がみあたらなかったのだ。


同じ内容でも自筆と機械では相手に与える印象が異なると思っている。本当は自筆で「ことん」と送りたかった。今まで繋がってこれたのは、PCや携帯のおかげではなくPOSTのおかげである。また、私がPOSTに「ことん」とお願いする日がきますように。次は違う宛名でね。




思いやり。


母が漬けたらっきょが一番好きである。
PSWの方が今回テーマに選んだのが「よりよい人間関係を築く」である。彼女の作成した補足資料がとても心に響いたので一枚拝借した。

「思いやり」って一体何ではじまる。

そういえば「思いやり」ってなんだろう。それは、相手に優しくすることでも、何でも許してあげることでもなく・・・「自分の見方と違う角度から見る(考える)ことができること。と書いてあった。

20代の頃、何かに追い立てられるように働いていたのも旅にでていたのも、原点に立ち返れば「人」であった。とにかく人に出会うことが楽しかった。自分とは異なった考え方を持つ人の中にいることは決して居心地のよいものではない。自分の生き方を否定されることも覚悟でその中にいなくてはならない。全ての五感を研ぎ澄まし生きていくことは容易ではないのである。それでも、私はひたすら「人」の近くにいた。

そして学んだことは、人との「距離」であり、そして世の中にはいくつもの常識や非常識が転がっているということ。それは人の数以上にあるのだと知った。それを知ることはその後生きていく中で「思いやり」をもてるかどうかの大事なものであったのだと知った。

むやみにキャパを広げていく必要はないだろうし、譲れないものをもつことも重要である。けれども、やっぱり何より人に対して「思いやり」をもつことは絶対なものなのだ。

8/29/2010

抗うことなく?



このベンチで本を読みたいから・・・と言う理由でブエノスアイレスに行ってもいいのだろう。友人はお気に入りの自転車のベルが壊れてしまい同じものを買うためにパリに行った。失恋をした友人が心配になりオーストラリアに行ったこともある。彼と同じ空気を吸いたくて、同じスコールを感じたくてタイに行ったこともある。村上春樹があまりにも楽しそうにギリシャの島での生活を本にするからギリシャに行ったこともある。彼女に逢いたくなって和歌山に行ったり北海道に行ったり石川に行ったりしたこともあった。

いつだって私の行動に大きな意味などないようだ。人から見ると首をかしげたくなる行動は多々あるだろう。無駄の多い人生だと思われているかもしれない。私の長所であり短所なのだろうか?(そんなくくりはあまり気が乗らないけれど)頭に浮かんだことを考えるよりも先に行動にしてしまうことが往々にしてある。私の生き方はもしかしたらとっても危なっかしいものだったのかもしれない。最近そんな風によく思う。

年齢的なものに押しつぶされそうになっているわけではないと思いたい。自分の歳は結構気に入っている。否、愛着があるといってもいいかもしれない。そう思えるのは30代になって素敵な人達ってこんなにいたんだって嬉しくなるような出会いが多いからかもしれない。それでも、やっぱり心のどこかで少しづつ生きるエネルギーの放出やスピードを小さくしていきたいと思っている自分がいる。

なんだか落ち着きたいのだろう。そんな気がする。自分のことなのにどこかひとごとなのは、どこかでまだまだ突き進みたい自分がいるからなのかもしれない。でも違う気がする。否、わからない。

電車の画面を見ていると、某ビール会社のCMが流れてくる。リリーさんがしみじみと語る場面がある。
確か、こんな感じであった。

「歳をとりたくないし、若返りたいとも思わない。抗いたくないなぁ」
「今は、今まで引いていた弓を飛ばしている時間かなぁ。」

そう、流れるままにいきたいのかもしれない。何にも抗うことなく。

恋の話。

「失恋したの。告白までされたのに・・・お互い好きだと思っていたのに。好きと付き合うはイコールではないって言われたの。付き合いたいという気持ちがあるのならもう連絡はとらないって言ったきり連絡ないの。」

「あの人のことは大好きだけど、辛い恋はもうお休みしたいから、好きって言ってくれる人と付き合ってみようかと思うの。」

「奥さんと別れ話してくれたんだって。今度子供に逢ってほしいって言われたの。会うべきかなぁ?やめるべきかなぁ。私、駄目な子だなぁ。」

「好きじゃなかったのよ。ちっとも。むしろ嫌いな感じだったかもしれない。でも、押しに弱くて・・・でも今は好きなの。だから結婚したの。」

どうして同じ時期にこんなにもいろんな形の恋愛の話が私の耳に入ってくるのだろうか。
キッチンで友人と逢った。彼と私は同世代。どことなく感覚が似ている。お互いの最近の悩み。

「頭が相手のことで一杯になるくらいの恋愛ができないね。もしかしたらこの人のことの好きかもって思っても、勢いよく前に進んでいくことができないよね。それって傷つきたくないからかなぁ。それともなんだろうね。自分の気持ちに正直にって思うのに、その正直が何かがわからないってどういうことなんだろうか。」

御殿場アウトレット。 の続き。


御殿場アウトレットから綺麗に富士山が見えた。気付くと皆が富士山を眺めている。皆の注目を浴びているのは、どんな服でも靴でもブランドでもなんでもなく、そう富士山なのである。

そうかぁ、つまりはそういうことである。どんな素敵なものより、どんな高価なものより、どんなものより、富士山が一番皆の目を釘付けにするということはそういうことなんだろう。

そう思ったら、人酔いも物酔いも治まった。富士山ってすごい。やっぱり、登るべきなのかもしれない。そうだった、私富士山の湧き水を飲んで育ったのだ。生まれたのもこの地。やっぱり原点はここにあるのかもしれない。

御殿場アウトレット。

琺瑯が好きである。琺瑯の急須をみつけた。3000円が1200円。散々悩んだ末、購入した。購入したのにこんなこと言うのはどうかなぁって思うけど、アウトレットの集まったこの場所が苦手かもしれない。なんだか、人酔いに重ねて物酔いもした。世の中にものが溢れている。ここにあるものはそこから置き去りにされた悲しい子たちに思えて仕方ない。なんだか、ちょっと寂しい気分になる。否、切ない気分である。  経済の活性化を考えたら、物を購入していくほうがいいのだろうか。それとも大事に修理して使い続けるほうがいいのだろうか。それとも・・・・なんだかよくわからなくなってきた。

琺瑯の急須でチベットのお香とともに購入したハーブを淹れて飲もう。そして眠りにつこうと思う。

箱根 アイスのこと。

阪神のファンで、えいちゃんのファンで、マイケルのファン、口癖は「間違いない。」そんなおばちゃんのアイスクリーム屋さん。沢山あったけど、冒険はやめチョコとバニラのミックスにした。

おばちゃんにこのアイス美味しい?って聞いても、どれに対しても「間違いない」しか言わないから、どれが美味しいか今ひとつわからない。けれども、王道のミックスは美味しかった☆

8/27/2010

箱根 スワンボートのこと。

手漕ぎボートにするか、スワンボートにするか?

手漕ぎなんて誰もできないし、自信もない。・・・・ということで、スワンボートに決定。スワンを管理している3人のおじちゃまはお昼寝中。起こすと、暇だからねぇ寝るしかないよ・・と笑い、好きなのに乗ってきなぁ。まぁ大体30分位したら戻っておいで。とのこと。だいぶアバウトである。

さて出発。これからが大変である。一見可愛らしいスワンであるが、かなりの力で漕ぎ出さないと動いてくれないのだ。確か、井の頭公園のスワンもそんな感じであった。3人交互に漕ぐ。ひたすら漕ぐ。時々さぼって波にさらわれる。そんな感じでのんびりとしていたら海賊船が帰ってきた。

海賊船の波はかなりの荒波であり、本当に転覆するかと思った。。。

30分以上のスワンの旅はなんとか終わったが、降りるとすでに足が痛い。運動不足がたたっているようだ。そういえば私、自転車ってだいぶ乗っていないなぁ。

今度は3人で昭和記念公園の3人乗り自転車を楽しむ約束をした。自信がないので真ん中を希望することにしようかなぁ。

箱根 公魚(わかさぎ)定食のこと。

お腹が減ったので箱根神社からボート乗り場の前の定食屋さんが立ち並ぶところまで歩くことにした。 なんとなく雰囲気でここにきめた。名前は「いせや」。

えっ、前の湖にはスワンボート。これはどこかとかぶる。そう、吉祥寺の井の頭公園である。まきちゃんとあの時を回想して笑ってしまう。

「もう、はいるしかないでしょ。」

さとちんはきょとんとしているけど、そこは笑顔で乗り切り早速入ると、そこはなんだかおばあちゃん家のようである。座敷にあがり座布団に座り、窓から入ってくる涼しい風に幸せを感じる。

3人とも公魚定食を注文。揚げたての公魚は美味しく、3人で食べているという事実も、今日がお休みという事実も、ここが箱根という事実も、湖の前で自然の風がなんとも言えないくらい心地よいという事実も、そういう全ての事実をひっくるめてもひっくるめなくても、もうとにかく美味しいのだ、楽しいのだ、嬉しいのだ。





いつもいつも思うけど、いつもいつも書いているけれど、美味しいものを美味しいねって共有出来る人と食べれるって幸せなことである。

まきちゃんとさとちんと食べた公魚定食は、本当に美味しかったのである。










箱根  運転のこと。




友人と3人で箱根をドライブした。私は免許をもっていないため、車に乗ることで気分が上がる。

免許を持っていない私にとって運転はなんだか特別なものである。運転できる人って無条件で素敵に見えるし、大人に見える。

今日はまきちゃんが運転してくれた。彼女の運転が一番好きである。きっと彼女が男だったら間違いなく惚れちゃう気がする。金沢に住んでいた時は、まやちゃんの運転が大好きであった。ふたりとも、とってもリラックスして運転している所が共通点かもしれない。まきちゃんは駐車するとき、片手でドアを開けながら、まやちゃんはシートベルトをしゃってとる。そのふたりの姿に、もう一回惚れそうになる。

自分ができないことをできる人って、どんなことでもすごいなぁって思う。でも運転免許だけは取得しないと決めている。父の、女の子は助手席に座っていなさい。という言葉を守っているわけではない。単純に私の運動レベルと瞬発力では取得は困難であると考えているからである。

それにしたって、箱根の山のくねくね道のドライブは楽しかった。

8/22/2010

声。

木曜日に働いている精神科CLの留守番電話が私の声となった。自分の声って、自分の耳で聞いている声と録音している声が一致しない。勿論どちらも私の声である。それなのに、別人に思える。

電話の向こう側から聞こえてくる私の声は、なんだか不思議なくらい他人である。なんでだろう。自分の顔を鏡でしかみられないのと同じくらい、しっくりこない。

自己PR。


あぁ・・・投げ出したい。これが本音。メヒコのテオティワカンのピラミッドを登る事は簡単に諦めた。だって私高所恐怖症だものって理由で。でも今回は簡単に諦めることはできない。でも・・・投げ出したい。

提出するもの。履歴書、資格書、そして自己PR800文字以内。

自己PRってなんだろうか。全然わからない。とりあえず、いろんな人に聞いてみた。いろんなアドバイスをしてもらった。なんとなくわかってきた。でも肝心な長所がでてこない、アピールするものがみあたらない。そういえば、久しく自分を褒めてない。反省会は後悔や諦めや、甘やかしはあっても褒めてはない。これは問題である。人にアピールするものがないなんて、生きてないみたい。あやふやな人生を送っていると、こういう時にぬりかべが立ちはだかっているのかもしれないと思う位の固い壁にぶつかるのだ。

とりあえず、紙と鉛筆を持ち気付けば30分。一文字も書けない。私ってどんな人なんだろうか。考えれば考えるほどわからなくなってきた。自分のことって、以外と他人のほうがわかってるものなのかもしれない。

昨日。シェアハウスのお姉さまと3人で外食をした。勿論、「恋愛」の話は必須。割と、私とお隣に住んでいるお姉さまは恋愛の話をよくする。でも、もうひとりのお姉さまとその分野の話をしたことはない。彼女は羨ましい位の容姿の持ち主であり、とても優しくそれでいて芯の強い女性である。私が彼女だったら今の何十倍も恋愛を楽しむのになぁって思う。でも彼女は最初から最後まで自分の意見をかえない。

「私なんて・・・。どうせ無理だもの。」

私にはさっぱりわからない。あれだけの容姿と素敵なオーラを持ったお姉さまが自分をそんなに過小評価する理由が・・・。

でも、そういうものなのかもしれない。「恋愛」位は、ちょっと勘違い位の過大評価と前向きな妄想で押し進めていけたらいいのになぁと話していた前日のひとコマも思い出し・・・やっぱり、もう少しいろんなことで自分を褒めて生きていこうと、そう思った。

喫茶店 3 。


今日はなみちゃんがお休み。かおるちゃんと働く。かおるちゃんの作ってくれたマカナイは、また違う優しさがある。お料理は、その人がでるように思う。私の作るお料理にも優しさが感じられると食べる人が思ってくれたらいいのだけど。実家に戻るとき以外は、ひとりごはん。昔は近所に沢山友人が住んでいたし、ごはんを食べにきてくれる人がいたから、お料理が楽しかった。今は自分のためにだけ作るごはん。優しさはふりかけ程度にしかないかもしれない・・・。

喫茶店に後輩がきてくれた。賑やかしい彼女たちに母親のように叱ってしまう。でもちゃんとは怒れないし、実のところそんなに怒っていない。だって、やっぱり彼女達は可愛い後輩であり、妹だから。

喫茶店に同じシェアハウスに住む人がきてくれた。彼の仕事場は喫茶店の近くにある。今日は喫茶店で仕事ですとメールをしたら足を運んでくれた。シェアハウスであったのも3回程度。よく考えてみると彼のこと全く知らない。唯一知っていることは、仕事場が喫茶店の近くで青森出身の28歳。後は、苗字だけ・・・そういえば名前も知らない。やっぱりシェアハウスって面白い。

帰宅途中の道で、シェアハウスの住人に会いあまりよく知らない3人で帰宅。最後まで途中で逢った彼の名前が思いだせず・・・でも彼からベトナムを電車で縦断したという魅力的な話をしてもらったことだけはよく覚えていて・・・あぁ、困った。

無事帰宅。久々に長電話をした。なんだかとっても楽しかった。

今日は・・・とっても楽しい日だった。

そんな、小学生の夏休み日記の締めくくりのような言葉で終われる日が、一番素敵なのかもしれない。

8/14/2010

久々の完全なる休日。

久々に何も予定のない休日が訪れた。11:00に美容院を予約した。15:00にフェイシャルエステを予約した。朝、遅めの食事をキッチンでしていると、久々に会う住人に声をかけられ、他愛もない会話をする。ゆっくりと朝食を楽しみ、回り道をして駅まで行き、電車に乗る。5年位の間、同じ美容院に通っている。いつも、担当は店長である同世代の都さん。普段は、忙しくて全部をやってもらえない。でも今日は、朝一番でいったせいか、お盆のせいか、お店は割りと静かだったため、最初から最後まで都さんが担当してくれた。なんだかとっても得した気分。その気分のまま、いつものフェイシャルに向かう。疲れていたせいか、2時間の最初の5分ですでに記憶がない。そして深い眠りについたようである。自分の肌をさわり自己満足に浸り、今日はその後の予定もないので、メイクはせずスッピンのまま、Yuccaに向かい、炭火焼珈琲と胚芽のスコーンを食べながら「モモ」の世界に浸る。

ゆっくり、ゆっくりと帰宅しなぜか「冷静と情熱のあいだに」が読みたくなる。それも最後の章。2冊の最後の章だけ読み、なんとなく寂しい気分になったためもう眠りにつくことにした。

今日は、自分の日であった。本当は上野動物園にも行きたかったけど、なんとなく今はひとりで行く気分でもないため次回に。




都さんにもらった、大好きな石川の「ところてん」。冷蔵庫で冷やし中・・・いつ食べるか、今から悩み中。

喫茶店 2 。




今日のマカナイは、常連さん達の優しさの詰まったものでした。はなこさんが持って来てくれたうどんを茹でて、もとさんが送ってきてくれたみょうがとキュウリを刻んで、隣にとまとを。とうもろこしを茹でて、まりもちゃんが作った今日のお通しのお豆腐と一緒に。なぜか野村おじさまのkeepボトルまで写真に納まってしまいました。

水曜日なのに混雑していて、結構疲れた身体に優しさが入り復活☆

そうそう、この喫茶店に最近、歌手のユーミンがきたとか。そして、はちみつとクローバーの映画で使われたんだとか。みんなに、いままで知らなかったの・と逆に驚かれたけど・・・知らなかったなぁ。

モモ

モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)

小学生の時、誕生日かクリスマスのプレゼントとして両親から贈られたこの本が好きである。読み返してみると、この本から教わるものや気付かされるものの多さに驚く。

星の王子様、そして最近はまっているNHKの連続ドラマ小説の水木しげるもみな同じ柱を持っている。

「自分の周囲には、見えないけれど確実に存在しているものがあり、その存在が生きる助けとなっている。見えるものだけが真実であり、重要な訳ではないのだ。」

もっと、五感をフル活用して生きていかなくては。

8/08/2010

トルコ。



8日間足らずの短い旅、否旅行と言うべきだろうか。トルコに行くことにした。勿論短い旅行なのでイスタンブールだけ。2005年以来、足を踏み入れていないこの国で私は何を思うのだろうか。 後2ヶ月・・・それまではひたすら働こうという気分になってきた。そういえば、街の人に沢山のトルコ語を教わったのに、メルハバ☆しか覚えていないことに気づいた。少しはトルコ語を覚えていかなくては。

8/07/2010

夏祭り。


心の風邪をひいた人達との夏祭りが開催された。
金魚すくいでアヒルを釣り、輪投げで駄菓子をあて、焼きそば・とうもろこし・フランクフルト・チョコバナナ・イカ焼き・ラムネ・・・ひたすら食べていた。

人ごみが苦手なので、花火もお祭りも行かない私は、彼らとの手作り夏祭りで、夏を感じる。

そういえば暦の上では、もう秋だ。

喫茶店。


訳があって、頻繁に以前働いていた喫茶店でまた働くことになった。体力的には仕事の後に行くので少々疲れるが、精神的には心地よい。やっぱりこの場所がなんだかんだ好きな私は、体力の許す限り働きたいなと思うのである。喫茶店でのいろいろな刺激は山積みの課題を更に増やす結果となり、なんだか頭も身体も忙しい。でも、それでも、、また働きにこようと思わせる何かがここにはあるのだ。


なみちゃんの作るマカナイを食べている時が幸せである。
そうだ、これからはマカナイを写真に収めていこう☆
久々の仕事の日は、喫茶店にはかかせない「ナポリタン」。次は、納豆カレー。
次はなんだろうか?

とまと。

実家に帰省した・・といっても、電車で一時間足らずであり帰省というほどのものではないが。一ヶ月に一度は帰省し父の血圧を測ることにしている。そして母の話相手になり、弟に我が儘を言う。

実家の庭で採れたトマトをほうばりながら、家族と他愛もない話をする時間が一番の幸せなのかもしれないと、そう思いながら縁側で母の大好きな庭の植物たちを眺める。そんな時間が好きである。

8/02/2010

働くこととは。

メヒコの日本人宿で出逢ったco1君は、その当時卒業旅行の途中の大学生であった。あの町で別れて以来、日本で逢ったことはないが、ブログを通して近況を知ることはでき、更新の日記を読むたび私とは全く色の違う世界で働いている彼の姿を自分なりに想像し、なんとなく父や弟の働く世界と重ね合わせていた。

たまたまなのかもしれないが、旅の途中で出逢った人達はその旅を終えた後も貪欲に生きているように思う。生きるということに対して、働くということに対して、休暇ということに対して、そういうことに対して考える時間を多く持っているように思う。常に自分はこれでいいのだろうか?と考えて生きている。それがいつでもプラスに作用するわけではないが、やっぱり長い目でみたらプラスなんだと思う。

常に考えて考え抜いた結果の直感は大事にするべきではないのだろうか。そう思っている。co1君が私でも知っているような大企業から外資に転職するまでにはいろいろな事があったのだろう。9月から東京に研修にでてくる彼にいろんな事を聞いてみたいなと思う。きっと彼の話は想像している以上なんだと思う。

人からの刺激は、重くなってしまった私の体を身軽な自分に戻るお手伝いをしてくれるに違いない。