5/28/2010

休日の過ごし方。


不規則な勤務を強いられている私達。たまたま、お休みであった同僚と7人の日帰り旅をした。行き先は箱根。いつもひとりで旅をしている。それはそれで楽しい。知らない人と何気ない会話を交わしたリすることは楽しい。人間ウオッチングも楽しい。けれども、気心しれた人との食事や会話はもっと楽しいものなのかもしれない。食事が美味しいかどうかより、お店の雰囲気がどうかより、そんなことよりもこの空間を供にしているという行為自体が楽しいのである。

吹きガラスでグラスを作製したり、ろくろをまわしたり、公園を散歩したり、温泉にはいったり、そんな一日がとても楽しかった。

図書館や喫茶店でまったりしたり、近所を散歩したり、そんなひとり遊びも楽しいけれど、時々は人を感じて一日を過ごそうとそう思った。

日曜日、私の作製したグラスが届く。それで、あと少しになったハーパーを飲もうっと。

5/08/2010

悲しみは突然やってくる。



予測していなかったことが起きると、激しく混乱する。
一番親しかった親戚の叔父様がいなくなってしまった。
最後に会ったのがいつの日だったか思い出せない。
思い出すことは、可愛がってもらっていたことだけ。

突然の死はお風呂場で起きた。
人生の中で身近な人の死はこれがふたつめ。高校生の時、幼稚園の時から仲良しだった男の子がバイクの事故で死んだ。あの時も、聞いてから半日はその事実と向きあわなかった。そして、突然悲しみは襲い涙がとめどなく溢れた。

今回は母からの電話で叔父様の死を知り、そして今になって涙が溢れてきた。仕事場で沢山の死と向かい合ってきたが、身近な人の死に向き合うことは、こんなにも難しい。

死ぬはずのない叔父様がこの世を去った。都内に住むおじ様は、私の実家から電車一本で20分位の場所に住んでいた。それなのに何年も会いに行かなかった。その事実にいくら後悔しても、もう逢うことはできない。

人はいつどのような形でこの世から去るのかわからない。
後悔のない毎日を生きていこうと心に決めていたのに、今後悔の気持ちで押し潰れてしまいそうである。

そういえば、会いたいと思いながら思いで終わっている友人が何人かいることに気付いた。連絡がきているのに返信をしていない人もいる。

後悔は意味を成さない、、、だから行動に移さなくては。

5/06/2010

夏目漱石


夏目漱石「草枕」の冒頭文、
「智に働けば角が立つ情に棹させば流される」

どうするべきか、この問題。ぎりぎりまでほっておくか、
今から考えるべきか。
桜が散るように、やがてその時期はくる。
ならば、このままこの問題は寝かせておくべきかもしれない。

明けない夜など存在しない。
冬が終わり春がきた。
もうすぐこの生活に終止符が打たれる。
それを、嬉しいととるか悲しいととるか、それは自分次第なのだろう。

ひとまずこの問題から逃避するためにサルサを踊りに行こう。
そして、夏目漱石の「草枕」を読もう。
きっと答えはそこまできている。