4/09/2010

desde aqui todos los caminos a Santiago se hacen uno solo,

スペイン巡礼の本を読んでいる。スペインから帰り、アルハンブラの本を読み漁っていた時に出会った本である。なんとなく図書館の棚でみて手にとり、そして借りてきた。通勤途中にひとつの巡礼の場所毎に読み進めている。そこでこんな言葉があった。

「急いで信号を渡るのか。ゆっくり行って次の青信号を待つのか。電車に乗るのかバスにするのか。道は常に分かれている。日常の中ではさらに、もっと小さな選択も繰り返すだろう。気付かぬうちにしている瞬間瞬間の選択。これらの点がやがて積もり積もって線になる。

でも行きたい方向が明確なら、それを求める気持ちが強ければ、瞬間瞬間の選択の中で私たちは、知らぬうちにそちらの方向に少しでも近いものを選んでいるのではないだろうか。そして道は自然と開けていく。もちろん、思わぬ回り道をすることもあるだろうし、予想外の痛手を負うこともあるかもしれない。でも目的地さえ明確に決まっていれば、たとえ道を逸れてもやがては、本来目指した大通りに遭遇するに違いない。」

久しぶりに心の風邪をひいた人たちに逢いに行った。春だからか少し動き始めている様子であり、あまり落ち着きのない彼らであるが、私が出勤していない1ヶ月の間、つまりは冬の間引き篭もっていた人達が外にでてきていた。やっと最近外にでてこれるようになったとのこと。

看護面接をした21歳の女の子。目標は午前中に起きること。その目標がクリアできるようになったら、アルバイトをしたいと話す。常に胸がざわざわしていて眠れないというのが訴えである彼女は、家に引き篭もっており、やっとの思いで外にでてきた。彼女に逢い、この久々のなんともいえない空気に私の体もなんだか重たくなる。

けれども、ここにきたことが彼女の今後を何かしらの形で変えていくのだろう。それがいい方向か悪い方向かはわからないが、それでも変わることが大事なのかもしれない。

現状とはあくまでも現状にしかすぎず、それを落とさないことは大事かもしれないが、上を見上げることはもっと大事なのかもしれない。

そういえば今年の新たな目標をたてていないことに気付いた。

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