4/02/2010

Up in the Air,


バーレーンとサウジアラビアの国境地帯で出会った時計のように、修復が可能であるのなら私はまず何を修復するのだろうか。ふっとそんなことを思った。

新しい季節が到来した。私には何も変化はない。職場が変わるわけでも住居が変わるわけでもなく何も変わらない。気持ちの上で考えたら、どうだろうか。やっぱり何も変わらない。唯一変わったのは手帳である。毎年同じサイズで淡いピンクの手帳を購入する。なんでも忘れてしまう私はそこにランダムに何でも書き込む。新聞の切り抜きや素敵な言葉、料理のレシピから旅の持ち物まで何でも書く。もしその手帳を落としたとして、拾った人には何の価値も見出せないだろう。けれども私には大事な記憶であり時間が詰まっている。

日記は書かない。いつだって、半年で終わってしまうから。そのかわり毎日、キーワードだけ書き込むことにしている。そのワードをみると少しだけその日の自分を思い出す。そして、とっても書きたい日はこうやってここに書く。飽きっぽい私が唯一続けられていることは、手帳とブログだけ。

4月1日から始まった手帳に初めて書いた言葉。「桜 皇居 オイスター ななちゃん 休み 強風 作業員転落 電車動かない 18℃」

もう一回考えてみた。修復したい時間とは・・・。でもなかった。きっとないのだろう。でももう一度始めたいことや逢いたい人はいる。その時まで時間を戻す必要はないのかもしれない。明日はいつだって新しい日である。そう、もう一度始めたらいいのだ。もう一度逢ったらいいのだ。小難しい理由や、(注)などに捉われず、好きにしたらいいのだ。人間に与えられた「記憶と忘却」という素晴らしい才能を武器にして。

0 件のコメント: