3/27/2010

やっぱり大好きなんだろう。

いつも誰かがここにいたように思う。キッチンはとても落ち着いた。スペイン語は全く理解できないけれど、みんながスペインコ語で楽しそうに話しているのを聞いているのが一番楽しい時間だった。言葉はわからなくとも楽しさってなんだか伝染する。ここは居心地の良い空間であった。



グラナダの友人宅のドアは左。隣にはオーナー一家が住む。友人が合鍵をかしてくれた。でも一度だってその鍵でこのドアを開けられたことがない。開けられなくて途方にくれて、隣の家のインターホンを鳴らしオーナーの子供に助け求める始末・・・。友人曰く、一回ドアを前に引っ張ってから押すんだとか。









グラナダの友人宅の洗濯機は、スプーンがないと開かない。そして、スプーンがあっても私には開かない。どうやらコツがあるらしい。そして、この洗濯機2時間以上回っている。随分のんびりな洗濯機である。


今日は長期休暇後の始めての出勤であった。休暇の後はなんだか働くことにスイッチを合わせることが難しい上に、なんとなく時差ボケは続いており、心身ともにしんどかった。仕事にも行きたくない気持ちで一杯で、小学生の登校拒否児のように「なんだかお腹が痛い。」ような気までしてくる。

当たり前ではあるが出勤をした。同僚の顔をみたらなんだかそんな気分もどこかに消えていた。長期入院の患者の病室を訪ね歩くと、皆が「旅に出てたんだって、姿がないから聞いたらそういうからさぁ。待ってたよ。」と。今日は一日中、皆の髭をそり、お風呂介助をし、洗髪をし、等々、隅々まで綺麗にすることに専念した。

やっぱりこの仕事が好きであり、私にとっては旅は休暇であり日常は仕事であるのだろう。これからもそれで行こうと思う。

ただひとつ思うこと。私が17日間にも渡って休暇をとれたのは、そのような形態を選択して働いているからである。だから、それなりのリスクやデメリットとセットで働いてる。そのリスクやデメリットを取り除いて働くのであれば、1週間の休暇が限度である。頑張っても・・・だいぶ頑張っても10日である。

ヨーロッパの友人達に驚かれる位の短期休暇である。やはり、自分の仕事がどんなに好きであっても息づまることはある。やっぱり、人間には休息のほかに、休暇が必要なのである。有給をとることもままならなく、休暇をとることも申し訳ないと感じながら肩身の狭い思いをしなければならないのが、看護の世界の現状である。人手不足に反比例して患者の欲求は高まる一方であるこの世界では、休暇というのはとても重要なストレスのコーピングにも関わらず、軽んじられてきた。否、軽んじてるわけではなく皆が必要であることは理解しているが現状がそうできないのである。

だから、本当は皆がこの仕事を愛しているのに辞めていく。疲れて、心の風邪をひく。もしくは、頑張らなくなってしまう。

長期の休暇が一年に一回でもとれれば、もっと皆が仕事が好きなことを忘れないでいることができるのだろう。そして、世間を賑わしているあのような恐ろしい事件が多発することもないのかもしれない。問題はそこだけではないとしても・・・・。

キッチンでのんびりとしたり、ドアが開かなくても、洗濯機がスプーンがないと開かなくても、2時間以上回っていても、それを楽しめる余裕、ゆとり、それって、休暇に繋がっているように思えてならないのだ。

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