2/13/2010

寂しい。

どの患者さんの部屋でも国会中継が流れている。最近の国会中継は、小学校の学級会や帰りの会を思い出す。鉛筆はいいけど、シャーペンは駄目か?・・・とか、そんな議題を思い出す。

私達も人間である。だから、仕事とはいえ相性もあるし、好き嫌いもある。ただそれはだれも見せない。

みんなが大好きな患者さんがいた。

60歳の彼は、脳梗塞による後遺症で理解する言葉を話すことはできない。けれども、私達の話は理解できるため、顔の表情で返事をしてくれる。完全麻痺ではないため多少は動くことができるが、ほぼ全介助である。食事もトイレも入浴も移乗も・・・全てに人の手が必要である。

いつでも車椅子に乗り、ナースステーションにいた彼。皆、彼の前を通るたびに何かひと言投げかけるのが習慣であった。どちらかというと大柄であった彼の介助は2人がかりである。でも、愛されていた彼の介助は皆が率先して行っていた。

愛されていた彼は皆の癒しの存在であった。時間がなくても大変でも、彼の存在に皆が癒されていた。彼の最大の魅力は笑顔であり、奥さんであり、、、、彼はとても優しい存在であったのだ。

今の日本の医療の現状では、同じ病院に長期でいることは難しい。彼は次の病院に行ってしまった。

まだ一日しか経っていないのに、彼のいた病室の前を通り寂しくなる。皆で彼のいないナースステーションに寂しくなる。

「次の病院でも愛されるよね。」
そう皆で言いながら、やっぱり寂しくなる。

ひとつの病院で長期で看ていくことは無理なのでしょうか。そろそろ、国会で愛のある討議がされることを願う。

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