2/26/2010

そうでないと・・・・。

入院している祖母のお見舞いに来た孫。まだ小学校中学年位のその女の子は、ひたすら祖母の隣でゲームをしている。話しかけるでもなく、心配するでもなく、ひたすらゲームの画面に夢中である。ベッドで祖母が原因不明の嘔吐で苦しんでいるのに彼女はその姿を横目ですら見ることはしない。

まだ私が新人だった頃、30代後半の女性が入院してきた。彼女には夫と中学生と小学生の息子がいた。彼女は末期癌であり、意識こそクリアであるものの自分では何一つできなかった。その彼女を自宅で中学生の息子が介護をしていたと聞いたのは、彼女が旅立った後であった。

肝臓にも肺にも転移し、最期は脳に転移した。そんな母親を息子達は受け入れられなかったのだろう。いつも、病室のソファでゲームをしていた。きっと、弱っていく母親をみていられなかったのだろうし、理解もできなかったのだろうし、どうやって声をかけるべきかもわからなかったのだろう。最期までソファでゲームをしていた彼らは、ゲームという非現実に逃げ込むしか術がなかったのだと、そう思った。それは、いつも横目で母親の姿を確認していたその姿が語っていたのだ。涙ひとつ流すことがなかった彼らに、一層涙が止まらなくなったのを昨日のことのように覚えている。

彼女は祖母の姿を横目ですら確認しようとしない。その姿がなんだか妙に寂しく私の目に映った。あの時の彼らと同じ気持ちなのだろうか。それとも、、、、。否、そうでないと願いたい。


2/13/2010

寂しい。

どの患者さんの部屋でも国会中継が流れている。最近の国会中継は、小学校の学級会や帰りの会を思い出す。鉛筆はいいけど、シャーペンは駄目か?・・・とか、そんな議題を思い出す。

私達も人間である。だから、仕事とはいえ相性もあるし、好き嫌いもある。ただそれはだれも見せない。

みんなが大好きな患者さんがいた。

60歳の彼は、脳梗塞による後遺症で理解する言葉を話すことはできない。けれども、私達の話は理解できるため、顔の表情で返事をしてくれる。完全麻痺ではないため多少は動くことができるが、ほぼ全介助である。食事もトイレも入浴も移乗も・・・全てに人の手が必要である。

いつでも車椅子に乗り、ナースステーションにいた彼。皆、彼の前を通るたびに何かひと言投げかけるのが習慣であった。どちらかというと大柄であった彼の介助は2人がかりである。でも、愛されていた彼の介助は皆が率先して行っていた。

愛されていた彼は皆の癒しの存在であった。時間がなくても大変でも、彼の存在に皆が癒されていた。彼の最大の魅力は笑顔であり、奥さんであり、、、、彼はとても優しい存在であったのだ。

今の日本の医療の現状では、同じ病院に長期でいることは難しい。彼は次の病院に行ってしまった。

まだ一日しか経っていないのに、彼のいた病室の前を通り寂しくなる。皆で彼のいないナースステーションに寂しくなる。

「次の病院でも愛されるよね。」
そう皆で言いながら、やっぱり寂しくなる。

ひとつの病院で長期で看ていくことは無理なのでしょうか。そろそろ、国会で愛のある討議がされることを願う。

2/03/2010

シェアハウス。


友人の妹との2年近くに亘るシェアを終えてもう3ヶ月が経過。実家に戻ってからは、ダラダラと・・・それこそ自分のしたいことだけをして過ごしてきた。それなのに、20歳位から実家を離れ気ままに過ごしてきた私には、実家は居心地がいい場所とはいえない。色々な意味で実家の生活と言うのは楽ではあるが、人との付き合いにある程度の距離が必要であるのと一緒で、両親ともある程度の距離が必要であると感じ始めた。

だからと言って、今更敷金、礼金、家具にお金を使うことに大きな抵抗がある。そのお金を旅で換算してしまう自分がいる。3ヶ月は旅にでられるな・・・と。

ということで、最近できたあるシェアハウスの見学に行ってきた。旅でゲストハウスに泊まるのとは訳が違うのは百も承知ではあるがとりあえずは見学をして、その時の自分の直感に任せようと思った。

そして決めた。3週間後、シェアハウスの住人になることを。

また、私の生活が大きく変化するようだ。

2/02/2010

無力だと感じる。

親になったことがないからわからないのか。親になればわかるのか。仮に私が親になったとしてもわからないような気がする。

高校受験を控えた子が入院してきた。親に何ヶ所も刺されて。命に別状はないが、複雑である。

歳の割りに幼く、甘えた口調で話す彼女には、何か深い悲しみのようなものがあるような気がしてならない。病室でひとりで警察の事情聴取と現場検証を受けていた時の怯えた顔と震えた声が今でも頭から離れない。

これからの長い人生を歩んでいく上で、あまりにも辛い記憶のひとつが刻まれてしまった彼女に対して何もしてあげることはできない。私ができることは彼女の存在は胸に刻んでおくことだけ。


この空の下でどれだけの子が布団の中で泣いているのだろうか。怯えているのだろうか。明日がこなければいいと思っているのだろうか。

戦争もテロもない。犯罪も減少傾向。日本は平和な国、、、何か違う気がする。本当の平和は、彼女のような辛い体験をしている子がこれ以上増えないこと、減ること、、、ではないのだろうか。少子化に歯止めをかけていくのも大事なことかもしれない。でも、今ある命を大切にすることはもっと大事なことではないのだろか。小さな命が傷つかないないように、奪われないように、、、、

そういう世の中になりますように。