12/10/2010

何気ないものが生むもの。




春樹の作品が好きである。それは20代になって初めて気づいた。10代の頃に「ノルウェイの森」を母から贈られた時、この作品になじめず、そして春樹の作品をその後読むことはなかった。20代になり友人の彼に春樹を愛する人がいて、その彼から激しく薦められもう一度読み返した。それ以来、彼の作品は私の人生で重要な位置を占めている。



ばななの作品もそうである。なんとなく敬遠していたのだが、親友に「キッチン」を半ば強引に読まされ、その後、彼女の作品に助けられている。


太宰治にしたって、夏目漱石にしたって、トルストイにしたって、ありとあらゆる作品を最近紐解き思うのは、確実にあの頃より今のほうが胸にずんとくるということである。

いつでも何気なく手に取ったり、何気なくそこにあったり、何気なく薦められたり、何気ない会話の中だったり、そういうことの中に自分にとって重要なことが含まれているように思う。

相手が私を選んだ理由なんて本当にたいしたものではないはずである。あの人なら好きそうとか、喜んでくれるかもとか、そんな理由すらなく、とりあえず誘ってみたとか薦めてみたとか。そんな思いつきめいたことが、自分のこれからや、相手のこれからをがらりと変えてしまうこともある。

だからいつだって、何気ないことには静かに飛びつくことにしているのだ。

「悪人」を観に行った人から久々に連絡がきた。

「ノルウェイの森観にいかない?」

「行きましょう。」

そう、そういうことである。

ひとりでいることも、ひとりで遊ぶことも割りと好きであるが、たまには人と何かを共有して更にそれに対する気持ちを高めるのも大事なのだろう。

何気ないものが生んだものを積み上げると、そこに私がいる。

11/24/2010

どうなっているのか。どうしたいのか。どうしていきたいのか。



自分でもわからない。わかっていることは今自分自身が静かに混乱しているということ。それだけはよくわかっている。生活するに最低限必要なものが入ったお気に入りのリュックと 毎日をシンプルに過ごすために必要な小さなリュック、そして自分の足に合った靴と自分の足。これがあれば十分毎日を幸せに過ごせる。それをわかっていながら時々、自ら違う道を歩き出してしまう。やっぱりここではなかったと戻ってきたときに、失っているものがある。それに気付き、後悔して反省して、失ったものに更に執着している自分がいる。否きっと「更に」ではないのだろう。

失う前は、その事実に気付いていないのだから。

11/09/2010

8/30 の「ことん」の続き。  宝物箱。


イスタンブールのこと。青森のこと。日光のこと。書き留めておきたいことは沢山あるけれど、このことを一番に書き留めておかなくては。

「ことん」とPOSTに届いたのは遠い異国からの手紙である。「屋上でハバナクラブを飲みながら、海風にあたっている・・・」とのくだりは、私に軽い興奮を与える。

サルサが大好きな私は、CUBAが大好きである。そのCUBAから手紙をくれた。手紙だけでなく、海風を一緒に届けてくれた。この小さな手紙は沢山の人の手で私の元にきたと考えると、もうそれだけで私の興奮は更に高まる。

彼の字はそういえば最初にもらった紙切れの手紙以来何年ぶりだろうか。久々にみる彼の字に、こんなに素敵な字の持ち主だったか首をかしげてしまうけれど名前の力強さはまさしく彼である。

異国から手紙を送ることが大好きで、様々な地から手紙を送ったけれど、それがどれほど嬉しいものであったか、今激しく理解できた。

さて、世界を旅しているあの人からもらった第一弾の手紙をいれる素敵な入れ物を考えなくては。

そういえば、小さい頃は宝物箱をもっていた。いつの日かなくなってしまった宝物箱・・・どこにいってしまったのだろうか。

またつくろう。  次のPOSTへの「ことん」を待ちながら。

10/29/2010

あとがき・・・として。


帰国した。そして、また旅立ちたい衝動にかられている。それを必死に抑えている。
日本にいることに違和感を持つが、旅が夢であったのかもしれないと思ったりもする。遠い昔に旅したような気もする。どちらにしても、昨日まで異国にいたとは信じがたいのである。

帰国するといつも思うことがある。「今後どうして生きていこうか。」
26歳の時から本格的な旅をはじめた。それから7年以上の月日が流れている。一度はじめてしまった旅を終わりにする術も理由もみあたらない。それどころか、自分の身を365日のどこかで旅という非現実に置かないと深呼吸ができなくなる。かといって、非現実は現実がなければ成り立たない。その公式が崩れることはないので、私は現実を歩いていかなくてはならないのである。

旅は楽しい。それは紛れもない事実である。でも最近思うのは、「旅のなかだるみ」にきているということである。たかが45カ国位の国のほんの一部をみただけでその国を知っているとは言えない。小さなのぞき穴からほんのちょっとだけ見ただけなのである。けれども、旅の基本に大きな違いはない。そこに出逢いやアクシデントというオプションがつくのである。そのオプションがあるかないかがその旅の楽しさを変える。

旅の友人から電話がきた。彼女と旅を供にしたことはない。でもきっと同じような旅の仕方をしているのだろうし、旅に求めているものも類似している。彼女との口癖はふたりの距離が異性だったらね・・・こんな気の合う相棒いないのに。・・・である。彼女は最近ベトナム経由でフランス、オーストリア、ドイツを旅してきた。そして嘆きはじめた。

「最近ね、YHも安宿も昔と違ってねあまり交流がないの。せっかく旅にきているのにずっとPCとむかい合ってるんだよ。なんだか寂しい。」

確かにそう言われてみるとそうである。みんなPCに向かっているし、PC待ちをしている人も多い。旅のノートを読んだり、書いたり、情報を詳細に獲得するためにロビーやキッチンで日本人がこないかと待ったりしていたこともある。宿の人や電車のクシェットで一緒になった人から美味しい食堂や行ったほうがいい場所を教えてもらったりもした。とにかく、生活の全てで誰かに助けを求め、そして助けられていた。そして、それが私の一番の「出逢いの連鎖」となっていったのだ。

旅の途中、大きなバックパックを背負い仲良く手を繋ぎブルーモスクのほうにむかって行くカップルに遭遇した。星の王子様の著者がいう言葉、そして私の理想の関係、
「愛し合うということは、お互いの顔を見つめることではなく、同じ方向を一緒に見つめること。」
彼らにはそれが存在していたのである。そのふたりに心地よい嫉妬をしている自分がいた。

私は旅をして強くなりたいのかもしれないし、ただ、美味しいものを沢山食べたいのかもしれないし、友達を作りたいのかもしれないし、誰かと話したいのかもしれない。「中だるみ」はしているかもしれないけれど旅が好きという気持ちは消失していない。だからそれでいいのかもしれない。

尊敬する沢木耕太郎が何年か前に出版した本に書いてあった一文を思い出した。

「かつて、私は、旅をすることは何かを得ると同時に何かを失うことでもあると言ったことがある。しかし、齢をとってからの旅は、大事なものを失わないかわりに決定的なものを得ることもないように思えるのだ。もちろん、30代には30代を適齢期とする旅があり。50代には50代を適齢期とする旅があるはずだ。以前、日本の6.70代の高齢の方たちがベトナムを団体で旅行しているところを見かけたことがある。これはとても楽しそうな風景であった。私も、もう少し齢をとったらああいう旅行をするのもいいなぁと思ったくらいだった。しかし、20代を適齢期とする旅は、やはり20代でしかできないのだ。50代になって20代の旅をしようとしてもできない。残念ながらできなくなっている。だからこそ、その年代にふさわしい旅はその年代のときにしておいた方がいいと思うのだ。」

最初に異国の地に降りたとき、最初にひとりで旅をした時、最初にモスクを見たとき、最初に教会を見たとき、最初にバザールやマルシェやマーケットやバルに行った時、そう、最初の感動や興奮はもう味わうことはできない。それが、私の「中だるみ」の原因であり、「今後どうしていこうか。」と思わせるのだろう。

でも私はそれでも旅にでるのであろう。今は30代の旅を模索しているのだ・・・きっと。

10/20/2010

大阪の旅 Ⅵ



















YHをでて夕食は何にするかを考えながらプラプラする。YHのお姉さんに薦められたお店も何軒か行ったがどうもしっくりこない。すると、お店からおじちゃんがでてきて手招きをする。なんとなく吸い寄せられ、韓国料理屋に入る。普段滅多に焼き肉を食することはないので久々の焼き肉である。

おじちゃんの絶対美味しいからも少しの間は半信半疑であった私達であるが、生レバーを食した時に、思わず二人でにやりと笑った。そう、このお店は絶対に美味しい。

すべてが美味しかったし、最後はお店の夫妻が登場してみんなで韓国焼酎を飲みながら話に花が咲く。

だから、旅ってやめられないのだと、お店の外まで見送りにきてくれた夫妻の姿を見ながら思ったのである。

「一期一会」 そんな言葉がふっと頭を過ぎる。

大阪の旅 Ⅴ


方向感覚の乏しい私は、新しい土地で必ずと言っていいほど迷う。
確か新大阪YHまでは駅から5分程度であったはずなのに迷子になり30分後やっと到着。待ち合わせ時間は30分は過ぎている。10階のYHまで駆け足で向かう。

するとこんな足跡が・・・勿論この足をたどりました。

ロビーに到着。 純喫茶 アメリカン以来の再会。 友人がドラエモンを読みながら待っていた。お部屋には、なんと私も気になっていたアメリカンのプリンが・・・小さい頃に母親が作ってくれたプリンの味がする。このプリン本当に美味しい。喫茶店そのものもタイムスリップしているような感覚を与えるが、店員のユニフォームとプリンも昭和を感じさせるのだ。

大阪の旅 Ⅳ


Mexicoで出会い、その後和歌山、東京、スペイン、そして今回は大阪で会うことになった。そんな彼女は私の大事な友人であり妹であり、時に姉である。

割と大阪の駅から近いイタリアンのお店でアルゼンチンのワインを堪能しながらピザを食べ、お互いの近況報告に勤しむ。

彼女と一緒にいると異国の地にいる錯覚に陥る、つまり旅をしている気分になるのだ。最初に会ったのがMexicoの宿のキッチンだったからかもしれないが。

彼女と共ににした時間はあっという間であり、別れの時間が近づく。悲しいけれど悲しくない。その矛盾した気持ちはお互いに共有しているものである。なぜなら、地球の反対側で出会ったのだ、お互いに日本にいて会えないはずがないという思いと、この関係が絶えることはないという根拠なき自信である。

さて、新大阪YHで彼女が待っているはずである。向かわなくては。

大阪の旅 Ⅲ

無事、純喫茶 アメリカンに到着と言いたいところだけれど実際は迷子になった。というか、なんだか朝の9:00だというのに、始発待ちの4:00台の歌舞伎町周辺のような雰囲気の場所に入り込んでしまった私は、なんだかいろいろな障害物を避けて歩いていたら、難波の待ちに迷い込んでしまったのである。

もう一度、深呼吸をして地図を見ながら歩く。やっと見つかった。もう一度深呼吸をして入店する。あぁ、某TV局で放映されているはじめてのお使いの子供みたいな気分である。(たぶん。)

今日の待ち合わせの相手は築地から今頃新幹線でこちらに向かっているはずである。・・・ということで、一番奥の席で一足先に念願のホットケーキを堪能することにしたのである。

見渡すと、店内はなぜかキャップを被ってスポーツ新聞を読むおじちゃん達で一杯である。さっきまでは、若者ばかりに会い怖かったが、おじちゃん達に囲まれて急に安堵する。

さて、彼女を待つ間これから会う友人の両親に手紙を書くこととしよう。

大阪の旅 Ⅱ


今回の大阪の旅は行きを飛行機にして帰りを電車と決めていた。そこまではよかったのだが、関西国際空港しか利用したことがなかった私は伊丹空港の存在を飛行機の機関誌を読むまで知らなかったのである。つまり、私は関西国際空港に降りたってしまったのである。朝一番の飛行機に乗ったため到着したのは7:20である。喫茶店の待ち合わせは開店時間である9:00から11:00位の間としていたため、時間は有り余るほどあるのだ。空港から市内に一番早く到着するのがこのrabbit号であるが、特に急いでないため乗る必要がないと思い。鈍行の切符を購入した。
けれども、ホームに降り立ちその考えが失敗であることに気付いたのである。窓が卵型のこの可愛いrabbit号に乗るんだった・・・・と後悔。仕方ないので、写真には収めて乗車は次回のお楽しみにと言い聞かし、反対側の鈍行電車に乗り込んだのである。

10/14/2010

大阪の旅 Ⅰ


関東人とか東京人という言葉があることを、離島に住むまで知らなかった。今では友人である彼女に初対面で言われた言葉に衝撃をうけ、そしてこの言葉を知った。

「関東人、特に東京人って嫌いである。特に標準語を話すのが嫌いなのだ。」そんなことを、関西訛りで激しく言われたのである。今考えると、初対面でそんなことを言うなんて失礼な話であるが、その時はあまりにも驚いて、「そうなんだ、ごめんね。」と言ってしまった記憶がある。

日本人であると意識をしたことはあっても東京人と意識したことはなかった。方言を羨ましく思ったことはあっても、標準語を意識したことも自分が標準語を話していると意識したこともなかった。

それ以来、どこかで関西に対して一歩下がってしまう自分がいた。けれども、気付けば私の周囲で濃い関係を続けている人達の大半が西の人である。それでも、西に行くことはなかった。一度だけ和歌山の友人に大阪に連れていってもらったことがあるが、異国の地に行くよりも緊張をした覚えがある。

そんな私が友人にライブのチケットがとれたから行かないかと誘われた。その会場が大阪であったのだ。

彼女と待ち合わせたのは、最寄り駅「難波」 純喫茶 アメリカン である。  初めて、ひとりで大阪に行くことになったのである。

into the wild

シアタルームで映画を観た。アラスカは私の大好きな写真家 星野道夫が住んでいた。彼が最期をむかえたのもこの地である。この映画を観て、また沢山の課題を与えられた気がした。でも一つもクリアできずにいる私は、その答えのヒントを星野道夫に求めようとしている。久々に本棚から「旅をする木」と「長い旅の途上」をひっぱりだしてきた。

彼は言う。

「大切なことは出発することだ。」

「人は一生の間に思い出をつくらなければならないようなときがある気がする。」

そして彼の言葉で大好きであるのは、

「人生はからくりに満ちている。日々の暮らしの中で無数の人々とすれ違いながら、私たちは出会うことがない。その根源的な悲しみは、言い換えれば、人と人とが出会う限りない不思議さに通じている。」

枕の下にいれたり、持ち歩いたり。

喋々喃々

小さい頃、誰に教わったかも忘れてしまったけど。もしかしたら、勝手な思い込みでそうしていたのかもしれないけれど。

小さい頃から本に囲まれて育った。両親が無類の本好きであったからだろう。贈り物といえば本であったし、眠る前は布団の中で本を一冊だけ読んでもらい眠につくのが習慣であった。そして私はその本が気に入ると枕の下にいれるのだ。

枕の下にいれると、夢の中でその物語にはいれると信じていたし現に夢にでてくることもあったように思う。

最近はそこまで思い入れの強い本に出会ってなかったのか、いつだって疲れて眠り、気付けば朝だったということがあまりにも多かったからか。久しく、枕の下に本をいれて眠っていなかった。

でも久々に出会ったのだ。それがこの本である。仕事場の図書コーナーに置いてあり、何気なく手にとった。その何気なく手に取った本の世界に激しくひきつけられ、一週間の間に何度も何度も読んだ。仕事の後疲れて電車に乗っても、この本を開けばなんとも優しい気持ちになることができる。

そこには私の理想の世界が・・・理想の生き方が・・・理想の人たちが・・・いるのである。

だから、私はハードカバーであろうが、その本を常にリュックにいれて持ち歩くし、枕の下にだって入れ続けるのだ。





カツラ美容室別室 この作品は糸さんの世界とは全く違う。理想の世界はなにひとつ描かれていない。言うなれば、現実の世界が描かれている。だから、私の心にズズンとくるのである。

10/10/2010

心変わり・・・でしょうか。

新幹線の車窓より。


「こだわり」というものが乏しいように思う。なんでも受け入れることができるキャパの広い人といえば聞こえはいいが、何事にも執着に欠ける人と言われたら、なんだか寂しい人生を送っている人のようにも聞こえる。

昨日まで好きだった人が今日からは嫌い。
昨日まで嫌いだった人が今日からは好き。

さっきまで苦手だったはずの街に今は住みたいとまで思っている。
さっきまで興味もなかった街が、お気に入りの作家の本に登場したことで、
一気に今住みたい街No.1となる。

観た映画があまりにも今の私にぴたっとはまったら、長い旅にでたくなる。
さっきまでは、当分長い旅はしたくないと思っていたのに。

ほんのちょっと前まで知らなかった人と、
お気に入りの喫茶店で向かい合って何時間も会話をもつことに、
私の人生が凝縮されているように思う。

実家に帰った。やっぱり落ち着くのは実家であり、
それが確認できたことで安堵する自分がいる。

大阪の事。
喫茶店の事。
映画の事。
本の事。

・・・・沢山書きたいことがありすぎるけど、言葉があふれ出しすぎてしまい、
収集がつかないのでひとまず今は手帳に書いて一息いれている最中。

さて、来週からのトルコ・青森の旅の準備もあることだし、
とりあえず、「ひとやすみ」です。

9/23/2010

I'm dying to see you ☆

知らない間に貯まったマイルは33000マイル。これで、アジアの航空券を購入してもおつりがくるらしい。こうやって私の世界は周っているのか否か。それは実のところわからないけれど、ひとつだけわかったのは、もう少し自由という名の不自由な世界に身をおくということ。結局の所私をぐらぐらとさせていたのはそこであり、やっと柱の補修が終わり心置きなく柱に身を委ねることができる。何がそうさせたか。それはほんの些細なことの連続である。

友人がスペインに行ってしまったことや、もうひとりの友人はモンゴルから帰国したと思ったらまたベトナム、ドイツ、フランスに行くと旅立ってしまったことや、はたまた違う友人は世界一周の旅に出て行ってしまったことや、こないだ会った友人から20代最後にもう一度世界を周る予定の話をキラキラした目でされたことや、ベトナムで会った兄さんは中国に長期で滞在することになったとか。それと同時に、反面教師的な出来事も重なり私は今の結果に導かれた。否、自ら歩いていったのだろう。

もう少しの間は、タンポポの綿毛のようにいろいろな場所に自分を置いて行きたいと、そう思ったのである。

ひとまず、すぐ近くに迫る予定の大阪、イスタンブール、青森、の旅を満喫するべくなんとなく準備にとりかかろうかなぁと思いつつ。

それにしても昨日から一転のこの寒さは一体なんなんだろうか。

9/20/2010

居場所。

仕事を終えた。明日は休日。なんとなく昔から、休日そのものより、休日の前日の夜が好きである。朝起きて、その後に何もしなくていい時間が続くからだろうか。夜、眠る前に、目覚ましをセットして明日は何時に起きなくてはと思わなくていいからだろうか。とにかく、休日そのもより前日の夜が好きである。

仕事の帰りにごはんを食べに行こうと誘われ、同僚と3人でインド料理を食べに行く。寝不足の同僚のため早々に切り上げ、その足で誘われていた次の場所に向かう。なんだか、楽しくて朝まで一緒にいた。そんなに飲みすぎたわけではなかったが、寝不足のため自宅にもどり顔を洗い、歯磨きをしてコンタクトを外すとそのまま倒れこむように床で眠ってしまった。小さい頃から、お風呂に入らないと布団にはいれないため、たまに床で眠ることがある。

廊下から聞こえてくる掃除機の音で一度目を覚ますも、また眠り気付いたら14:00をまわっていた。その後、キッチンに行きごはんを食べる。最近IHグリルでお魚を焼くと美味しいということを発見したため、今日のメニューは鯵の開きと納豆、九条ネギのたっぷりと入ったお味噌汁と黒米。それに、寝不足に効くハーブtea。

二日酔いの住人、私、勉強をしている住人、PCに向かっている住人・・・キッチンのテーブルに横一列に並んでいる。私はTVを観ながらごはんを食べる。たまに誰かと会話をもつ。食事を終えて、teaを飲みながら漫画を読む。皆、思いおもいのことをキッチンという同じ空間でしている。  私がシェアハウスを好きだなと思うのはこういう時間であり空間である。

これが本来の居場所なのだろう。なんだかそんな気がした。

9/18/2010

今、 いま、 現在。


久々に更新された彼女の文章を読み、逢いたくなる。そうだ、私は彼女の笑顔が大好きでいつもあの笑顔に助けてもらっていた。

メヒコの旅の途中に出逢った友人の文章を読み、頑張るって素敵なことだなって思う。そんな友人と3年半ぶりに再会をした。今、このタイミングで彼が転職をして東京に研修にきて、そして私の前でエネルギーに溢れた生き方を言葉だけでなく彼そのものの存在が語ってくれたことは、今の私にとって大きな意味があった。

何事にも意味を見出していきたい自分に疲れてしまっていた時もあったけれど、そういう自分も含めて、それが自分であると受け入れることができた今、言えることは彼女の書いた文章も彼と再会したことも、今まさに私が欲していたものであり重要なことであり、そして私は前に進んだ。

いささか狂い始めていたバランスが、修正された。だから、今日からまた旅を再開させよう。

「人生とは旅である。」  沢木耕太郎

食べて、祈って、恋をして



"I used to have this appetite for food. For my life. And it is just gone.” (かつてはもっと食欲があったわ。人生にもね。今はまったくなくなってしまった・・・)

"The sweetness of life….is doing nothing.” (人生のだいご味は何もしないこと)

"Everything else takes care of itself.”(あとは自然にまかせておけば、きっと上手く行くよ)、

Just sit back and relax, and enjoy!(ゆったりと力を抜いて、何も考えずに楽しんだほうがいい)

悪人。


なんとなくnorah jonesのDon't Know Whyが聴きたくなったけど、CDは実家であると気付き借りにいくことにした。帰りに同じ家の住人に逢った。たまにふらっと入るお店に一緒に行き記憶がおぼつかなくなるまで飲んでしまった。その時に、映画を観にいく約束をしたことだけは覚えていた。
最近映画を観てない。最後にみたのは飛行機の中だったかもしれない。大きなスクリーンで映画を観ることをしていない。そして邦画を最後に観たのはもういつのことかも思い出せない。
誘われた映画は「悪人」。ちょっとばかり予習をしようとYoutubeで予告編を観てみた。なんだかあまり気乗りがしなくなった。けれども、約束したので観に行くことにした。結果から言えば、この映画は久々に私の中にあるもやもやしたものを引き出してしまう位、素敵な映画であった。その後逢う人皆に薦めて歩く位、素敵な映画であったのだ。
「悪人」・・・それはきっと私の中にも存在する。今は表立ってでてこない。でも一生でてこないとは言い切れない。それ位「悪人」とは危うい存在なのだと思った。
誰もが「悪人」で、誰もが「悪人」になりうる。勿論私にだって言えるのだ。

9/09/2010

喫茶店  5 。

今日のまかないは、常連のおじちゃまが行きつけのお店でお寿司をとってくれた。とても美味しかったし、心も温まった。

今日は大雨で、JRのダイヤが激しく乱れていたのでお客さんはこないと思っていたが、こういう時ってなぜか常連さんたちが足を運んでくれる。これが、お店で働いている人達の一番の喜びであることは間違いない。

いつもいつも、有難うございます。

9/07/2010

大丈夫、一生かけて帳尻が合えばいい。


田口ランディと玄田有史先生の対話のテーマは「大丈夫、一生かけて帳尻が合えばいい。」であった。私もそう思って生きている。というかそう思い込ませて生きている。それが唯一の自分自身を甘やかすことのできる言葉である。


旅を何度か供にした友人に、なんとなく自分を見失っている感の否めない手紙を送ったらこんな返信がきた。


「今晩は。今年、本厄と思っていたら、それだけではなくて、例の大殺界だったらしいの。今更知って、良かったんだか、悪かったんだか。一時、精神的に、それこそハンガリーの駅の超スピードのエスカレーターを急降下。降りた先に待ち構えているのは、意地の悪い検察官。 今年は猛暑の疲れが今頃どっと出てしまって。


生きている意味を一生懸命見つけようと、必死だった。それが、20歳代の生き方。でも、結局、生きている意味なんてないし、考えてはいけないのかも。最近、道間違えると、イラッとしてしまう。ナビから外れただけでも。貴方と旅しているときは、全然、そんなことなかったのに。 日が暮れても、迷ったよね。迷うことが当たり前で。いつも、誰かに助けられていたし。


障害の人とも接しているからかな??社会のメジャーって恐ろしいと思ってしまう。人を傷つける凶器も備わっていると。 」


そう、旅の途中は孤独なことが当たり前で、だからこそ人との優しさを知っていたし助けられることの喜びを肌で常に感じていた。生きるということは動くということで、とにかく歩いていかなくてはいけなかったのだ。異国の地で立ち止まっていることなど許されない。とにかく生きなくてはいけなかった。どんなときだって、空腹にも睡魔にも打ち勝つことはできなかった。それが生きているということであったように思う。


対話の中で「無意味が怖い」という言葉がでてくる。確かにそうである。全てのことに意味がほしくて仕方ない。意味がないかもしれないと思った瞬間に意欲は削がれる。意味のあることだけをすることで自分という人間の成長があると考えている。私もきっとその傾向はあるのだろう。


でも旅なんて意味などない。後づけでいくらでも意味をつけることは容易である。でも、はじめたときに意味など考えていないのである。行きたいから、いったのである。


世間は旅人に決して優しいとはいえない。それは自由イコール責任感が乏しいとか連帯感が乏しいとかそんな感じがするからだろう。でも表面的には「やりたいことをやっている貴方は羨ましい。」と言う。


メディアはこぞって取り上げている。おひとり様であったり、シェアハウスであったり、一人旅を。けれども、それを取り上げれば取り上げるほど、自分がやりたいから、住みたいからという人たちは置いてきぼりにされていく。


対話の中に「ショーシャンクの空に」のことが書かれている。私の大好きな映画である。(随分と観ていないが。)


無実の罪で収監されていたレッドが「希望を持つのは危険だ」という場面があって印象的なんです。希望をもたないといえkないとよくいうけれど、ときとして希望を捨てることを生きる知恵にすることだってある。希望をもつことが余生をよくすることだというけれど。希望を持たない選択肢も認めないと苦しい。


・・・・と玄田先生は言う。


頭の声ばかり聞かないで、身体の声を聞いていこうとそう思った。


「大丈夫、一生かけて帳尻が合えばいい。」





9/06/2010

生きる意味を教えてください 田口ランディ

生きる意味を教えてください-命をめぐる対話
生きる意味を教えてください-命をめぐる対話

仕事場の近くに図書館を見つけた。平日は20:00までやっている。これからはここでのんびりとしてから帰宅しようと思う。今日はこの本をかりた。

41歳の3人の子供のお父さん。突然、家のソファで眠ったままこの世から去ってしまった。彼はひとりで逝ってしまったのだ。

40歳の彼女は2人の子供のお母さん。突然倒れてしまった。意識はある。でも動けない。時々笑う。でも大半は眠っている。時々頷く。でも大半は何も反応しない。

42歳の彼はひとり息子がいる。肺癌の末期。痩せ細った体で息子に笑いかけている。

病院にいると、嬉しい事実の何倍もの悲しさが襲ってくる。そして思う。健康の重みを・・・。人はそれを失わないと、その価値に気付かない。まさしく健康がそうだろう。

家をでるときぼんやりと思う時がある。今日も無事この部屋に帰ってくるのかなぁ、と。そう思うと、なんだか部屋をある程度片付けてから出掛けようと思う自分がいる。

誰しも、未来に生きている保証なんて持ち合わせていないのに、なぜだか死ぬわけがないと、病気になるわけがないと思い込んでいる。どこか、いつでも他人事なところがある。私にしたって、医療の世界にどっぷりと浸かっているにも拘わらず、そう思っているように思う。

結局いきつくのは、もっとちゃんと、もっと感謝して生きていかなくてはということ。

彼らが彼女らが、ものすごく欲して、欲している、「もっと生きたい」「健康になりたい」・・・・そういう計り知れない重みを考えて、この自分の健康がどれだけ価値のあるものであるかを体中で感じるべきなのだ。

9/02/2010

墨田区、江東区 お散歩☆

のんびりなはずの夜勤が一転した。7:50 急変。それからの2時間は怒涛の2時間であった。でも、今日の夜勤は一番の友人とである。だから、心強い。院長も早くに出勤していたし。

疲れたふたりであるが、なんとなく歩きながら寄り道。ふたりでいるといつでも登校班破りの小学生みたいに、あっちこっちと思いつくままに歩いてしまう癖がある。

パン屋さんに立ち寄る。営業時間までまだまだであるためガラス越しにのぞいていると、おばちゃんがでてきて「入りなさい。」とのこと。では遠慮なくということで入るとパンのいい匂いがする。おばちゃんが焼きたてのバタロールをくれる。更にお土産といって購入したパンの倍以上のパンをくれたのである。

ラーメン屋さんに立ち寄る。いかついおじちゃまがひとりでやっている様子。おじちゃん達にまぎれて、ネギラーメンとつけネギラーメンを食べる。これが何とも美味しい。けど、暑い。最高気温は40度近いのでは?と思わせる暑さ。日陰がない。風は熱風。でもお店は窓が全て開いている。

駄菓子屋さんに寄る。90歳のおばあちゃんのお店。すももとゼリーとマシュマロと・・・・友人は嵐カードを購入している(笑)  「もうこんなに歳とってね、おばあちゃんはただ生きているだけだよ。」
それって、すごいことである。ただ生きていることが何よりもすごい。

共通の友人の子供の1歳の誕生日プレゼントを購入することにした。とても悩み考えた結果。小さなリュックにのんたんの絵本を2冊いれた。カードに「人生は冒険だ。」と書いて。

ミスドでアイスコーヒーを飲み一息つき、お別れ。

まきちゃんは私の数少ない波長も波動も合う友人。彼女とはいつだってよく歩く。その代わり会話はそんなにもたない。でも同じところに引き寄せられる。

あの病院も、下町も、彼女も好きである。次に引っ越すとしたらこちら側かなぁ。

半分だけ休日。


なんだか最近とても疲れていたので、今日の仕事を同僚に変わってもらい、夕方出勤とした。

布団のカバーを全て外し洗濯をして布団を干す。その間にお弁当の作り置きの調理をすることにした。平日のキッチンは誰もいないことが多く、大きなキッチンを独り占めできるのはなかなか嬉しいことである。

古代米でごはんを炊く。
ひき肉をたまねぎと一緒に炒めでオクラとナスを最後にいれて、野菜の水分でコトコトと煮る。
チリメンじゃこをごま油で炒め、みりん・酒・醤油・砂糖で味付けをして、弱火でじっくりと味がしみこむのを待つ。
かぼちゃはお湯で茹でるだけ。


遅めの朝ごはんと早めの昼ごはんが開始。ゆっくりとごはんを楽しみ、最後はハーブteaでのんびりと雑誌を読む。
片付けて、部屋に戻るりシーツ類を外に干す。お布団を取り込むと太陽の匂いがする。今年の暑さで唯一嬉しいのはこの瞬間だけである。

シーツもあっと言う間に乾き、お布団をセット。まだ仕事に行くには早いので、ちょっとお昼寝。そして仕事へ。


喫茶店  4 。


今日の喫茶店は閑散としている。従業員として喜んではいけないのだけど、ちょっと嬉しい。常連さんがカウンターを埋め、後はガラガラだったけど、久々にりえさんに会ったのもはなこさんに会ったのも嬉しくて、今日はそれだけで十分な日である。

ひとつ世代が上な彼女達からもらうエネルギーは計り知れないものがある。だから、今日は彼女達とのんびりと他愛もない話ができて本当に嬉しかったのである。メイクの話やら恋の話やらいわゆる世間で言われるガールズトークなるものを繰り広げていただけなのに、小難しい話をするよりも奥が深いのである。たまに喫茶店でこうやって会って話すことが私には大事みたいだ。

8/30/2010

「ことん」


POSTに「ことん」といれたのではなく、最後の手紙は送信ボタンを押した。

いろんな国や日本から、郵便局から送った手紙や小包。でももうこれが最後かもしれない。最後が「ことん」ではなく送信ボタンだったのはなんだか悲しいけれど、仕方ない。考えてみたらPCか携帯以外に送る手段がみあたらなかったのだ。


同じ内容でも自筆と機械では相手に与える印象が異なると思っている。本当は自筆で「ことん」と送りたかった。今まで繋がってこれたのは、PCや携帯のおかげではなくPOSTのおかげである。また、私がPOSTに「ことん」とお願いする日がきますように。次は違う宛名でね。




思いやり。


母が漬けたらっきょが一番好きである。
PSWの方が今回テーマに選んだのが「よりよい人間関係を築く」である。彼女の作成した補足資料がとても心に響いたので一枚拝借した。

「思いやり」って一体何ではじまる。

そういえば「思いやり」ってなんだろう。それは、相手に優しくすることでも、何でも許してあげることでもなく・・・「自分の見方と違う角度から見る(考える)ことができること。と書いてあった。

20代の頃、何かに追い立てられるように働いていたのも旅にでていたのも、原点に立ち返れば「人」であった。とにかく人に出会うことが楽しかった。自分とは異なった考え方を持つ人の中にいることは決して居心地のよいものではない。自分の生き方を否定されることも覚悟でその中にいなくてはならない。全ての五感を研ぎ澄まし生きていくことは容易ではないのである。それでも、私はひたすら「人」の近くにいた。

そして学んだことは、人との「距離」であり、そして世の中にはいくつもの常識や非常識が転がっているということ。それは人の数以上にあるのだと知った。それを知ることはその後生きていく中で「思いやり」をもてるかどうかの大事なものであったのだと知った。

むやみにキャパを広げていく必要はないだろうし、譲れないものをもつことも重要である。けれども、やっぱり何より人に対して「思いやり」をもつことは絶対なものなのだ。

8/29/2010

抗うことなく?



このベンチで本を読みたいから・・・と言う理由でブエノスアイレスに行ってもいいのだろう。友人はお気に入りの自転車のベルが壊れてしまい同じものを買うためにパリに行った。失恋をした友人が心配になりオーストラリアに行ったこともある。彼と同じ空気を吸いたくて、同じスコールを感じたくてタイに行ったこともある。村上春樹があまりにも楽しそうにギリシャの島での生活を本にするからギリシャに行ったこともある。彼女に逢いたくなって和歌山に行ったり北海道に行ったり石川に行ったりしたこともあった。

いつだって私の行動に大きな意味などないようだ。人から見ると首をかしげたくなる行動は多々あるだろう。無駄の多い人生だと思われているかもしれない。私の長所であり短所なのだろうか?(そんなくくりはあまり気が乗らないけれど)頭に浮かんだことを考えるよりも先に行動にしてしまうことが往々にしてある。私の生き方はもしかしたらとっても危なっかしいものだったのかもしれない。最近そんな風によく思う。

年齢的なものに押しつぶされそうになっているわけではないと思いたい。自分の歳は結構気に入っている。否、愛着があるといってもいいかもしれない。そう思えるのは30代になって素敵な人達ってこんなにいたんだって嬉しくなるような出会いが多いからかもしれない。それでも、やっぱり心のどこかで少しづつ生きるエネルギーの放出やスピードを小さくしていきたいと思っている自分がいる。

なんだか落ち着きたいのだろう。そんな気がする。自分のことなのにどこかひとごとなのは、どこかでまだまだ突き進みたい自分がいるからなのかもしれない。でも違う気がする。否、わからない。

電車の画面を見ていると、某ビール会社のCMが流れてくる。リリーさんがしみじみと語る場面がある。
確か、こんな感じであった。

「歳をとりたくないし、若返りたいとも思わない。抗いたくないなぁ」
「今は、今まで引いていた弓を飛ばしている時間かなぁ。」

そう、流れるままにいきたいのかもしれない。何にも抗うことなく。

恋の話。

「失恋したの。告白までされたのに・・・お互い好きだと思っていたのに。好きと付き合うはイコールではないって言われたの。付き合いたいという気持ちがあるのならもう連絡はとらないって言ったきり連絡ないの。」

「あの人のことは大好きだけど、辛い恋はもうお休みしたいから、好きって言ってくれる人と付き合ってみようかと思うの。」

「奥さんと別れ話してくれたんだって。今度子供に逢ってほしいって言われたの。会うべきかなぁ?やめるべきかなぁ。私、駄目な子だなぁ。」

「好きじゃなかったのよ。ちっとも。むしろ嫌いな感じだったかもしれない。でも、押しに弱くて・・・でも今は好きなの。だから結婚したの。」

どうして同じ時期にこんなにもいろんな形の恋愛の話が私の耳に入ってくるのだろうか。
キッチンで友人と逢った。彼と私は同世代。どことなく感覚が似ている。お互いの最近の悩み。

「頭が相手のことで一杯になるくらいの恋愛ができないね。もしかしたらこの人のことの好きかもって思っても、勢いよく前に進んでいくことができないよね。それって傷つきたくないからかなぁ。それともなんだろうね。自分の気持ちに正直にって思うのに、その正直が何かがわからないってどういうことなんだろうか。」

御殿場アウトレット。 の続き。


御殿場アウトレットから綺麗に富士山が見えた。気付くと皆が富士山を眺めている。皆の注目を浴びているのは、どんな服でも靴でもブランドでもなんでもなく、そう富士山なのである。

そうかぁ、つまりはそういうことである。どんな素敵なものより、どんな高価なものより、どんなものより、富士山が一番皆の目を釘付けにするということはそういうことなんだろう。

そう思ったら、人酔いも物酔いも治まった。富士山ってすごい。やっぱり、登るべきなのかもしれない。そうだった、私富士山の湧き水を飲んで育ったのだ。生まれたのもこの地。やっぱり原点はここにあるのかもしれない。

御殿場アウトレット。

琺瑯が好きである。琺瑯の急須をみつけた。3000円が1200円。散々悩んだ末、購入した。購入したのにこんなこと言うのはどうかなぁって思うけど、アウトレットの集まったこの場所が苦手かもしれない。なんだか、人酔いに重ねて物酔いもした。世の中にものが溢れている。ここにあるものはそこから置き去りにされた悲しい子たちに思えて仕方ない。なんだか、ちょっと寂しい気分になる。否、切ない気分である。  経済の活性化を考えたら、物を購入していくほうがいいのだろうか。それとも大事に修理して使い続けるほうがいいのだろうか。それとも・・・・なんだかよくわからなくなってきた。

琺瑯の急須でチベットのお香とともに購入したハーブを淹れて飲もう。そして眠りにつこうと思う。

箱根 アイスのこと。

阪神のファンで、えいちゃんのファンで、マイケルのファン、口癖は「間違いない。」そんなおばちゃんのアイスクリーム屋さん。沢山あったけど、冒険はやめチョコとバニラのミックスにした。

おばちゃんにこのアイス美味しい?って聞いても、どれに対しても「間違いない」しか言わないから、どれが美味しいか今ひとつわからない。けれども、王道のミックスは美味しかった☆

8/27/2010

箱根 スワンボートのこと。

手漕ぎボートにするか、スワンボートにするか?

手漕ぎなんて誰もできないし、自信もない。・・・・ということで、スワンボートに決定。スワンを管理している3人のおじちゃまはお昼寝中。起こすと、暇だからねぇ寝るしかないよ・・と笑い、好きなのに乗ってきなぁ。まぁ大体30分位したら戻っておいで。とのこと。だいぶアバウトである。

さて出発。これからが大変である。一見可愛らしいスワンであるが、かなりの力で漕ぎ出さないと動いてくれないのだ。確か、井の頭公園のスワンもそんな感じであった。3人交互に漕ぐ。ひたすら漕ぐ。時々さぼって波にさらわれる。そんな感じでのんびりとしていたら海賊船が帰ってきた。

海賊船の波はかなりの荒波であり、本当に転覆するかと思った。。。

30分以上のスワンの旅はなんとか終わったが、降りるとすでに足が痛い。運動不足がたたっているようだ。そういえば私、自転車ってだいぶ乗っていないなぁ。

今度は3人で昭和記念公園の3人乗り自転車を楽しむ約束をした。自信がないので真ん中を希望することにしようかなぁ。

箱根 公魚(わかさぎ)定食のこと。

お腹が減ったので箱根神社からボート乗り場の前の定食屋さんが立ち並ぶところまで歩くことにした。 なんとなく雰囲気でここにきめた。名前は「いせや」。

えっ、前の湖にはスワンボート。これはどこかとかぶる。そう、吉祥寺の井の頭公園である。まきちゃんとあの時を回想して笑ってしまう。

「もう、はいるしかないでしょ。」

さとちんはきょとんとしているけど、そこは笑顔で乗り切り早速入ると、そこはなんだかおばあちゃん家のようである。座敷にあがり座布団に座り、窓から入ってくる涼しい風に幸せを感じる。

3人とも公魚定食を注文。揚げたての公魚は美味しく、3人で食べているという事実も、今日がお休みという事実も、ここが箱根という事実も、湖の前で自然の風がなんとも言えないくらい心地よいという事実も、そういう全ての事実をひっくるめてもひっくるめなくても、もうとにかく美味しいのだ、楽しいのだ、嬉しいのだ。





いつもいつも思うけど、いつもいつも書いているけれど、美味しいものを美味しいねって共有出来る人と食べれるって幸せなことである。

まきちゃんとさとちんと食べた公魚定食は、本当に美味しかったのである。










箱根  運転のこと。




友人と3人で箱根をドライブした。私は免許をもっていないため、車に乗ることで気分が上がる。

免許を持っていない私にとって運転はなんだか特別なものである。運転できる人って無条件で素敵に見えるし、大人に見える。

今日はまきちゃんが運転してくれた。彼女の運転が一番好きである。きっと彼女が男だったら間違いなく惚れちゃう気がする。金沢に住んでいた時は、まやちゃんの運転が大好きであった。ふたりとも、とってもリラックスして運転している所が共通点かもしれない。まきちゃんは駐車するとき、片手でドアを開けながら、まやちゃんはシートベルトをしゃってとる。そのふたりの姿に、もう一回惚れそうになる。

自分ができないことをできる人って、どんなことでもすごいなぁって思う。でも運転免許だけは取得しないと決めている。父の、女の子は助手席に座っていなさい。という言葉を守っているわけではない。単純に私の運動レベルと瞬発力では取得は困難であると考えているからである。

それにしたって、箱根の山のくねくね道のドライブは楽しかった。

8/22/2010

声。

木曜日に働いている精神科CLの留守番電話が私の声となった。自分の声って、自分の耳で聞いている声と録音している声が一致しない。勿論どちらも私の声である。それなのに、別人に思える。

電話の向こう側から聞こえてくる私の声は、なんだか不思議なくらい他人である。なんでだろう。自分の顔を鏡でしかみられないのと同じくらい、しっくりこない。

自己PR。


あぁ・・・投げ出したい。これが本音。メヒコのテオティワカンのピラミッドを登る事は簡単に諦めた。だって私高所恐怖症だものって理由で。でも今回は簡単に諦めることはできない。でも・・・投げ出したい。

提出するもの。履歴書、資格書、そして自己PR800文字以内。

自己PRってなんだろうか。全然わからない。とりあえず、いろんな人に聞いてみた。いろんなアドバイスをしてもらった。なんとなくわかってきた。でも肝心な長所がでてこない、アピールするものがみあたらない。そういえば、久しく自分を褒めてない。反省会は後悔や諦めや、甘やかしはあっても褒めてはない。これは問題である。人にアピールするものがないなんて、生きてないみたい。あやふやな人生を送っていると、こういう時にぬりかべが立ちはだかっているのかもしれないと思う位の固い壁にぶつかるのだ。

とりあえず、紙と鉛筆を持ち気付けば30分。一文字も書けない。私ってどんな人なんだろうか。考えれば考えるほどわからなくなってきた。自分のことって、以外と他人のほうがわかってるものなのかもしれない。

昨日。シェアハウスのお姉さまと3人で外食をした。勿論、「恋愛」の話は必須。割と、私とお隣に住んでいるお姉さまは恋愛の話をよくする。でも、もうひとりのお姉さまとその分野の話をしたことはない。彼女は羨ましい位の容姿の持ち主であり、とても優しくそれでいて芯の強い女性である。私が彼女だったら今の何十倍も恋愛を楽しむのになぁって思う。でも彼女は最初から最後まで自分の意見をかえない。

「私なんて・・・。どうせ無理だもの。」

私にはさっぱりわからない。あれだけの容姿と素敵なオーラを持ったお姉さまが自分をそんなに過小評価する理由が・・・。

でも、そういうものなのかもしれない。「恋愛」位は、ちょっと勘違い位の過大評価と前向きな妄想で押し進めていけたらいいのになぁと話していた前日のひとコマも思い出し・・・やっぱり、もう少しいろんなことで自分を褒めて生きていこうと、そう思った。

喫茶店 3 。


今日はなみちゃんがお休み。かおるちゃんと働く。かおるちゃんの作ってくれたマカナイは、また違う優しさがある。お料理は、その人がでるように思う。私の作るお料理にも優しさが感じられると食べる人が思ってくれたらいいのだけど。実家に戻るとき以外は、ひとりごはん。昔は近所に沢山友人が住んでいたし、ごはんを食べにきてくれる人がいたから、お料理が楽しかった。今は自分のためにだけ作るごはん。優しさはふりかけ程度にしかないかもしれない・・・。

喫茶店に後輩がきてくれた。賑やかしい彼女たちに母親のように叱ってしまう。でもちゃんとは怒れないし、実のところそんなに怒っていない。だって、やっぱり彼女達は可愛い後輩であり、妹だから。

喫茶店に同じシェアハウスに住む人がきてくれた。彼の仕事場は喫茶店の近くにある。今日は喫茶店で仕事ですとメールをしたら足を運んでくれた。シェアハウスであったのも3回程度。よく考えてみると彼のこと全く知らない。唯一知っていることは、仕事場が喫茶店の近くで青森出身の28歳。後は、苗字だけ・・・そういえば名前も知らない。やっぱりシェアハウスって面白い。

帰宅途中の道で、シェアハウスの住人に会いあまりよく知らない3人で帰宅。最後まで途中で逢った彼の名前が思いだせず・・・でも彼からベトナムを電車で縦断したという魅力的な話をしてもらったことだけはよく覚えていて・・・あぁ、困った。

無事帰宅。久々に長電話をした。なんだかとっても楽しかった。

今日は・・・とっても楽しい日だった。

そんな、小学生の夏休み日記の締めくくりのような言葉で終われる日が、一番素敵なのかもしれない。

8/14/2010

久々の完全なる休日。

久々に何も予定のない休日が訪れた。11:00に美容院を予約した。15:00にフェイシャルエステを予約した。朝、遅めの食事をキッチンでしていると、久々に会う住人に声をかけられ、他愛もない会話をする。ゆっくりと朝食を楽しみ、回り道をして駅まで行き、電車に乗る。5年位の間、同じ美容院に通っている。いつも、担当は店長である同世代の都さん。普段は、忙しくて全部をやってもらえない。でも今日は、朝一番でいったせいか、お盆のせいか、お店は割りと静かだったため、最初から最後まで都さんが担当してくれた。なんだかとっても得した気分。その気分のまま、いつものフェイシャルに向かう。疲れていたせいか、2時間の最初の5分ですでに記憶がない。そして深い眠りについたようである。自分の肌をさわり自己満足に浸り、今日はその後の予定もないので、メイクはせずスッピンのまま、Yuccaに向かい、炭火焼珈琲と胚芽のスコーンを食べながら「モモ」の世界に浸る。

ゆっくり、ゆっくりと帰宅しなぜか「冷静と情熱のあいだに」が読みたくなる。それも最後の章。2冊の最後の章だけ読み、なんとなく寂しい気分になったためもう眠りにつくことにした。

今日は、自分の日であった。本当は上野動物園にも行きたかったけど、なんとなく今はひとりで行く気分でもないため次回に。




都さんにもらった、大好きな石川の「ところてん」。冷蔵庫で冷やし中・・・いつ食べるか、今から悩み中。

喫茶店 2 。




今日のマカナイは、常連さん達の優しさの詰まったものでした。はなこさんが持って来てくれたうどんを茹でて、もとさんが送ってきてくれたみょうがとキュウリを刻んで、隣にとまとを。とうもろこしを茹でて、まりもちゃんが作った今日のお通しのお豆腐と一緒に。なぜか野村おじさまのkeepボトルまで写真に納まってしまいました。

水曜日なのに混雑していて、結構疲れた身体に優しさが入り復活☆

そうそう、この喫茶店に最近、歌手のユーミンがきたとか。そして、はちみつとクローバーの映画で使われたんだとか。みんなに、いままで知らなかったの・と逆に驚かれたけど・・・知らなかったなぁ。

モモ

モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語 (岩波少年少女の本 37)

小学生の時、誕生日かクリスマスのプレゼントとして両親から贈られたこの本が好きである。読み返してみると、この本から教わるものや気付かされるものの多さに驚く。

星の王子様、そして最近はまっているNHKの連続ドラマ小説の水木しげるもみな同じ柱を持っている。

「自分の周囲には、見えないけれど確実に存在しているものがあり、その存在が生きる助けとなっている。見えるものだけが真実であり、重要な訳ではないのだ。」

もっと、五感をフル活用して生きていかなくては。

8/08/2010

トルコ。



8日間足らずの短い旅、否旅行と言うべきだろうか。トルコに行くことにした。勿論短い旅行なのでイスタンブールだけ。2005年以来、足を踏み入れていないこの国で私は何を思うのだろうか。 後2ヶ月・・・それまではひたすら働こうという気分になってきた。そういえば、街の人に沢山のトルコ語を教わったのに、メルハバ☆しか覚えていないことに気づいた。少しはトルコ語を覚えていかなくては。

8/07/2010

夏祭り。


心の風邪をひいた人達との夏祭りが開催された。
金魚すくいでアヒルを釣り、輪投げで駄菓子をあて、焼きそば・とうもろこし・フランクフルト・チョコバナナ・イカ焼き・ラムネ・・・ひたすら食べていた。

人ごみが苦手なので、花火もお祭りも行かない私は、彼らとの手作り夏祭りで、夏を感じる。

そういえば暦の上では、もう秋だ。

喫茶店。


訳があって、頻繁に以前働いていた喫茶店でまた働くことになった。体力的には仕事の後に行くので少々疲れるが、精神的には心地よい。やっぱりこの場所がなんだかんだ好きな私は、体力の許す限り働きたいなと思うのである。喫茶店でのいろいろな刺激は山積みの課題を更に増やす結果となり、なんだか頭も身体も忙しい。でも、それでも、、また働きにこようと思わせる何かがここにはあるのだ。


なみちゃんの作るマカナイを食べている時が幸せである。
そうだ、これからはマカナイを写真に収めていこう☆
久々の仕事の日は、喫茶店にはかかせない「ナポリタン」。次は、納豆カレー。
次はなんだろうか?

とまと。

実家に帰省した・・といっても、電車で一時間足らずであり帰省というほどのものではないが。一ヶ月に一度は帰省し父の血圧を測ることにしている。そして母の話相手になり、弟に我が儘を言う。

実家の庭で採れたトマトをほうばりながら、家族と他愛もない話をする時間が一番の幸せなのかもしれないと、そう思いながら縁側で母の大好きな庭の植物たちを眺める。そんな時間が好きである。

8/02/2010

働くこととは。

メヒコの日本人宿で出逢ったco1君は、その当時卒業旅行の途中の大学生であった。あの町で別れて以来、日本で逢ったことはないが、ブログを通して近況を知ることはでき、更新の日記を読むたび私とは全く色の違う世界で働いている彼の姿を自分なりに想像し、なんとなく父や弟の働く世界と重ね合わせていた。

たまたまなのかもしれないが、旅の途中で出逢った人達はその旅を終えた後も貪欲に生きているように思う。生きるということに対して、働くということに対して、休暇ということに対して、そういうことに対して考える時間を多く持っているように思う。常に自分はこれでいいのだろうか?と考えて生きている。それがいつでもプラスに作用するわけではないが、やっぱり長い目でみたらプラスなんだと思う。

常に考えて考え抜いた結果の直感は大事にするべきではないのだろうか。そう思っている。co1君が私でも知っているような大企業から外資に転職するまでにはいろいろな事があったのだろう。9月から東京に研修にでてくる彼にいろんな事を聞いてみたいなと思う。きっと彼の話は想像している以上なんだと思う。

人からの刺激は、重くなってしまった私の体を身軽な自分に戻るお手伝いをしてくれるに違いない。

7/31/2010

TIBETAN INCENSE,


















仕事の行きは、仕事の前に必要以上の汗をかくことが嫌なのでメトロに乗るが、帰りは20分の道のりを歩く。気分をすこしだけ変えたいときがある。そんな時はいつもの道ではない道を歩くことにしている。今日は気分を変えたい日であった。その道すがら、ある物に目がとまった。それが、「TIBETAN INCENSE」 である。こう書いてあった。「気持ちを穏やかにする香りは、集中する助けになるだけでなく、周囲と強くバランスをとるのに役立つ。」  私はその言葉に強く惹きつけられて購入した。


なんだかショートケーキが食べたくなった。いちごが挟まったシンプルなものがよかった。古びた喫茶店のショーケースに入っているようなそんなショートケーキが食べたかった。だから駅ビルのケーキ屋さんで購入した。

自宅に戻り、お気に入りのお皿にケーキをのせて、箱根で作ったグラスに氷を入れアイス珈琲を注いだ。バーレーンで購入した魔法のランプでTIBETAN INCENSEを焚き、ラジオをつけ、久々に沢木耕太郎のエッセイ「チェーン・スモーキング」を読むことにした。

こんなセリフがある。
「親孝行なんて、誰でもとっくに一生の分が充分済んでいるのに、誰も知りはしない。誰でも生まれた時から五つの年齢までの、あの可愛らしさで、たっぷり一生分の親孝行は済んでいるのさ。五つまでの可愛さでな。」

今日の新聞に悲しい記事があった。「親に置き去りにされて一歳と三歳の子が餓死をする」・・・そこにどんな背景が存在するかはわからないが子供の笑顔の写真が悲しみを湧き上がらせる。そして、思い出すことがある。昔、児童施設のお手伝いをしていたことがある。その施設には私の知らない世界があった。虐待、育児放棄、、、等。乳幼児が門の前に置き去りにされることもあった。2歳の女の子は全身にタバコの火の跡があった。4歳の女の子は足が曲がっていた。身体に見えなくても皆様々なものを小さな体に抱えていた。

皆、親孝行をしたかっただろうになぁ。

何事にもバランスが必要であると思う。生きれば生きるほどその思いは強くなる。バランスを少しでも崩すと途端に生きづらくなるのである。チベットは未知なる異国。まだ呼ばれない。だから行く予定はない。でも、チベットのお香を焚いて、沢木耕太郎の本を読んでいたら、突然どこかに行きたくなってきた。

そうだ、明日は実家に帰ろう。