9/22/2009

なんだか・・・。

さっきまで生きていたのに・・・。さっき歯磨きをした時はあんなに嫌がっていたのに。死ぬってなんだろうか。生きるのは大変なのに、死はそれを全否定するかのようにあっけなくやってくる。


最近までひとりで食べることも立つこともできなかったのに、ひとりで立って、ひとりでご飯を食べて、「寂しいから話相手がほしい。」なんて言えるその人に、生きることの重みを感じる。


103歳の笑顔は本物な気がする。おじいちゃまが時折みせる笑顔に皆が癒される。美味しそうに牛乳を飲む姿に癒される。生きていること、ただそれだけに癒される。


自分の存在が誰かにとっての存在でありたいと、そう思う。

9/21/2009

インフルエンザ大流行。

月に数回勤務する、夜間小児救急外来。昨日は久々の勤務であった。インフルエンザ報道にて多少の覚悟はしていたものの、さすがにここまでとは予想していなかった。

外来の窓口は長蛇の列。待合室はマスクの子供とその親でごったがえし、診察室は膨大なカルテの山である。22時からの勤務であったが、そこにあったカルテは昼間の分。患者は何時間もひたすら診察を待っている状態である。

成人と違い子供は大変である。吸入をするだけでも泣き叫ぶ。吸入中ひとりの看護師がそこにとられてしまう。そして夜間のため、インフルエンザの簡易検査も私たちの仕事である。小児科医2人、看護師2人で真夜中の外来を回す。100人以上の患者をさばくのは至難の業である。

一向に減らない・・・むしろ増えていくカルテに軽い眩暈が生じてくる。全てが悪循環である。待たされてイライラの限界にきている親と、辛い子供。更に夜中で眠さもある。スタッフも疲れきっており、普段はすんなりいくことさえいかない現状にため息。

それでも、目の前の患者を投げ出すわけにはいかずひたすら回す。嘔吐・痙攣・喘息発作・意識障害・・・とにかくありとあらゆる子供がくる。新型インフルエンザの患者も後を絶たない。簡易検査のキットのAの欄にくっきりと線がでる状況をどれくらいみたのだろうか。なんだか、感覚も麻痺してくる。

インフルエンザAと診断された場合、市に報告書をだす義務がある。その紙をどれだけだしただろうか。もう数え切れない位である。

このままいくと、連日の報道のようにタミフルやリレンザがなくなるだけではなく、検査キットがなくなる日もくるのではないかと・・・・不安になる。

とにかく、手洗い・うがい、そして栄養と睡眠、休養が第一である。このままではインフルエンザが世界の人口を揺るがしかねないと、、、

誰一人、休憩することもトイレにいくことすらままならない状況で朝をむかえた。最後の診察が終わった時、外は明るかった・・・・。

家路に着き、意識なく眠りにつき今目覚めたが疲労が体を蝕んでいる状況はひとつも改善されていない。

9/18/2009

ペルー。

久々にaya姉に逢った。最後に逢ったのは肌寒かったから秋だったように思う。約1年ぶりか?今回は川崎のペルー料理を食べに行くことにした。

私はペルーを旅したことはない。メキシコからペルーまで行こうと旅をしたのに、途中で逢った人にアルゼンチンの魅力をたっぷりと聞かせてもらったら、ペルーに行こうという気持ちは一瞬にしてブエノスアイレスに行こうという気持ちに変わった。だから未開拓な国ペルー。

食べたことのないペルー料理はとても美味しかった。南米に共通する香辛料やらなにやら入っているせいか、味覚・嗅覚・視覚が脳にいき、旅を思い出させる。旅に行くと必ず飲んでいたワインの赤は更に私の旅の記憶を刺激する。更にaya姉と一緒に過ごす時間が私を刺激する。サンクリで出逢ったときとは、お互い大きく変化したのかもしれないし、そうでありたいと思う。けれども、根底に潜む何かは変化していない。それは、お互いの波長を合わせるためにとても必要な部分である。その変化しない部分が、今日も私たちに素敵な時間の共有を与えてくれるのだ。

どこかの国で待ち合わせをして、少しの時を一緒にできたらいいね。・・・と言いながら、お別れをした。次はチェコで逢う予定である。チェコビールのチェコ料理でまた素敵な時間を共有したいと、思いながら家路に着いた。

追記、

aya姉は自分の体の声をしっかりと聞き受け止め生きている。周囲に惑わされることなく自分の足で立っている。一方、私は自分の体の声に時々聴こえないふりをしている。そして周囲に惑わされ、結局、焦燥感からボタンを掛け違う。掛け違ったボタンに気づくのは一番最後。また全部外し、いちからやり直し。ボタンをひとつづかけていく。その時間を無駄と思うか否かは自分のその時の体調次第ではあるが、きっとその工程は無駄ではないはずである。けれどもできれば、同じ時間を要するとしたとしてもボタンを間違うことなくゆっくりと掛けていきたいと思うのだ。そのためには彼女のように、自分の体の声をしっかりと聞き、受け止めて生きていかなくてはと・・・そう思ったのである。

9/17/2009

距離。

相手との物理的距離は私にはどすることもできなかった。
こんなにも距離が私を憂鬱にさせるとは思わなかった。
世の中は不況だと騒ぐ。
某旅行会社の社長は旅離れを騒ぐ。
秋の大型連休だって過ぎた後なのに。

無情にも耳に響く、「お客様の希望の日前後10日はどの航空会社も満席状態です。」

この数日、ありとあらゆる手段を使い、航空券を探した。
けれども、毎回この言葉が私の全身に響き渡る。

ここまでダメであると、どうしても逢いたいという気持ちは高まる。
でもふっと過ぎる。

無理しちゃだめ・・・。

やっぱり、世の中にはバランスがあり川は一定の方向に流れているのだろう。自ら逆流を行くことは、危険を伴う。私はどうするべきなのか。どこで諦めるべきなのか。

諦めた。数日間逢えるかもしれないと胸を高まらせた自分でもう十分な気がしたから。

また、行きたいと思ったら今度は絶対に行こうと、そう思いながらもう航空券を探す受話器は元の場所に返すことにした。

9/06/2009

川。

のんびりと流れる、浅めの川が好きである。水の浄化作用は、私にはとても効果があるらしい。金沢の住みやすさはもしかしたら、川にもあったのかもしれない。

今日は満月。月にも大きな力があるような・・・。そういえば、助産師の友人が、満月は子供が沢山生まれてとっても大変なのって、言ってたなぁ。

籠屋さん。


母が栃木でどうしても行きたいと言っていた所がここ。

昔が素敵だったのか。過去はよく見えるのか。私の価値観の問題か。なんだかよくわからないけれど、このお店は落ち着く。お弁当箱とほうきと、たわしを購入した。母は欲しかった籠を購入して大満足の様子。

古き時代の建造物が、これから先も長く続くことを強くのぞむ・・・「風情があっても、なにがあっても食べていけなければ閉めるしかないよね・・・。」、そんなことがないような日本であるように、今後の政治に、そして国民の意識に期待し、そして自分自身もその意識を大事にしていかなくては。まずは、ものを大事にする心から・・かなぁ。

結婚式。

青春18切符を使い、母と栃木日帰りの旅をした。たまたま出会った人達を後ろから眺めつつカメラに1枚・・・。全く知らない人だけれど、「お幸せに。」と思わせる、そんな素敵な空間に時間が止まったような気がした。

こういう時に感じること。

やっぱり、母は私に結婚してもらいたいのだろうということ。こればっかりは、どうしたらいいものか。

名前。

どうして、この名前をつけたのか知りたい。この名前のおかげで家族みんなで笑ってしまいました。場所は、とちぎ駅前。  免許はもってないので、この駐車場に駐車できないのがとっても残念。それにしても、笑わしてくれてどうも有難う。

9/04/2009

友人から。

日々思うことは沢山ある。疑問に思うことも、考えることも、発見も、とにかく毎日が忙しい位いろんなことで溢れている。常に未来は想像できない。だから心配でもあり不安でもあり、そして楽しみでもあるのだろう。歳が重なることは、その全てが増えていくことでもある。けれども、それを全て抱えていたら、いつか袋は容量を超え破けてしまい・・・大事なものが無情にもこぼれていく。だから、少しづつ整理をして毎日を生きる。自分にとって、特に大事なものがこぼれ落ちないようにするために。

メキシコ繋がりの友人からメールが届く、一人の友人は仕事でメキシコに行くとのこと。もう一人の友人は勉強のためスペインに旅立った。写真が添付されていた。元気そうな彼女の笑顔に安堵する。異国の地で仕事や勉強を頑張っている友人からの手紙は私を上に導いてくれる。私も頑張って生きなくてはと思わせてくれる。尊敬できる友人を持てたことは私にとっての大きな財産であり、そして友人の存在だったり、いろんなことに感謝をしながら生きることができるようになったのは少し自分が大人になった証なのかもしれないと思った。昔はいろんなことが当たり前であると思っていた。全く感謝をしないで生きていたわけではないが、それに近い位置にいたように思う。いろんなことが当然であると思っていたのだ。けれども、 感謝をしながら生きるということが、毎日を楽しく生きるコツなのかもしれないと最近気づいたのである。