8/15/2009

Les Paul




音楽やギターに詳しくはない。けれども、ラジオから流れてくる音楽の中でも意識的に耳を傾けてしまうのは、ギターやピアノの音。彼が、昨日94歳で天に召された。ラジオから彼の音が聴こえ、そしてその訃報を知った。彼は死ぬまでギタリストであり、その生き方は素敵である。

同居人とラジオに耳を傾けながら、この時代を生きたかったと話す。物質的な豊かさを手にいれて精神的な弱さをその代償として与えられた。そんな気がしてならない。思い込みかもしれないし、そんなこと誰も望んでないよと言われてしまうかもしれないけれど、思うことがある。仕事も家庭も両立している人を、家庭や子供を持たなければ仕事で結果をだし頑張っている人を、世間は評価し、そして絶賛し、目標にして生きろと言う。

自然に生きるのが一番と、スローライフなんて言葉で頑張らなくてはいいといいながらも世間はこぞって素敵なスローライフ人と取り上げて、これがスローライフであると言う。

私達には、生きていく上で「隙間」がない。隙間をつくるとすぐに何かがそこに流れ込んでくる。常に何か目標をもって生きていかなくてはいけないと、声なき声が空気感染して私のもとまでやってくる。

頑張ることも頑張らないことも許されない、そんな現状に疲れてしまう。毎日、宿探しと食料調達、そして自分の感覚であらゆるリスクを感じ選択していた、旅の毎日が恋しい。

ぬるま湯につかり、不平・不満ばかりを口にしてしまう自分にがっかりする。久々に、ラジオから流れてきた彼の音楽に、ほんのひと時だけ、「休息」をもらった気がしたのである。

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