7/21/2009

MEET


中学1年生で習得するmeetの意味は大抵の人が知っているのだろう。それは「会う」という意味。でもそれ以外にも意味はある。「満たす」。いつもこの意味がでてこない。私の中で「会う」と「満たす」がイコールされない。

久々にみた虹はイスタンブールを思い出す。あの雨上がりに目の前に突如できた大きな虹を。あの時の私と今の私は結局の所何も変わっていないのかもしれないし、変わりすぎてしまったのかもしれない。生きることに貪欲であるときとそうでないときの毎日が大きく違うように、自由を激しく求めているときとそうでないときの毎日が大きく違うように。私には何が何で、そしてどうしていったらいいのか混乱している。

「ないものねだり」が結局の所、一番しっくりと今の自分を表現する言葉のように思う。それは決して「隣の芝生は青くみえる」ではない。ないものねだりをしている自分をどこかで気づきながらもそんなはずはないと否定したい私は気づかないふりをする。いろんなことに気づかないふりをして、それに辛くなって混乱する。それが最近の私の常である。

最近気づいている。生きることが極端に苦手でちょっとしたことでぶれてしまう弱くて中途半端な私に「自由」を求めることは酷であると・・・。「自由」は強い人の専売特許。私の思う強い人、それは自分だけを生きている人。私は「不自由」の中で「自由」っていいなぁって呟くくらいが丁度いいのかもしれない。以前放映していた派遣の品格の主人公のように「それがなにか?」と言える強さを私は持っていないから。

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