6/03/2009

生活の変化。

人は夜中に起きているものではない。それは、私の家が早寝早起きを遂行していたからかもしれないが、いつでもそう思っている。夜中は、私をダメにする。思考に回路があるとすれば、その回路が迷子になってしまうのである。必ずといっていいほど。迷子が私を素敵な道に導いてくれるのであるならいいのだが、違うのである。素敵とは程遠いところに私を置き去りにする。

けれども、仕事上夜中に働くことは仕方ないことであった。やりたいことが山積みであるとどうしても、夜中に働いて、昼間を有効活用するという形を選択肢から選びとってしまうのだ。

そんな私にひとつの転機が訪れた。最初はなんだか腹が立って仕方なかったけれど、考えようによってはその提示はいいように思えた。

喫茶店で働いていたら、突然右手が震えだした。1時間もの間震えている手をまるで自分の手ではないように眺めながら、思った。あぁ、とうとう駄目かもしれないと。

いつもそうである。大きなストレスに自分で気づけない。だから、仕方なく体が私の感情に信号を送ってくれる。ジベルバライロヒコウシンに罹患した時も、骨盤腹膜炎に罹患した時も、胃潰瘍に罹患した時も、持続的な編頭痛に悩まされた時も。それは、「貴方は気づいてないかもしれないけれど、お休みが必要なのよ今。」との信号であるようだ。

手の振戦はきっと信号である。そういえば、最近沢山の出来事が私の周りで起きていた。当事者ではないのに疲れてしまっていた。そして、最後に自分にも降りかかってきた。それは、もういい加減気づかないわけにはいかない所まできていたのだ。でもそれを認めることは、なんだかできなかった。認めた瞬間に自分の壁が壊れてしまいそうな、そんな気がしたから。

でも、もう壁など壊れてもいい。だって、また修復すればいいのだから。だから、私は夜中は眠ることにした。迷子になっている場合ではないのだ。


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