6/03/2009

彼女と彼女と・・・。

高校時代の思い出はそれほどない。あるのは、バイトの記憶ばかりである。でもひとつだけ鮮明に思い出す記憶がある。私はバイトがないと、友人ふたりと渋谷から少し歩いていくとある、青学前の地下に存在するマックに居た。3人でなにをするわけでもなく、何を話すわけでもなくアイスティを飲みながら一緒にいた。私たちに必要だったのは何かをすることではなく、そこに一緒にいるということであったのだ。一緒にいるという事実が自分を安心させたのかもしれない。


昔から、友人は多くない。それは、一見すると人にはわからない。なぜか、友人が沢山いる印象を与えるようである。けれども、それは間違った印象である。私には友人と呼べる人が数えられる位しかいない。それを、特に悲観しているわけではない。不器用である私には、沢山の友人を持つことはできないのである。それが、私に友人が少ない理由である。

けれども、高校時代に私に絶対的な安心感を与えてくれた彼女たちとは今も友人であり親友である。刺激的な友人で周りを埋め尽くしている私にとって、彼女達は刺激的ではない。sayaちゃんはOL2年目で職場結婚をして、3人の子供を育てる専業主婦である。huyuちゃんは絶対に30歳までには結婚するのと婚活が流行る前から婚活に精をだし、その目標の通り29歳で結婚し、現在妊娠中である。

私とは大きく生活パターンが異なる彼女達。でも、根っこにはられているものは出逢った時から変わらない。そんな彼女たちは私に刺激を与えてくれるわけではない。けれども、私の人生にとって大きな位置を占め、必要な存在であり、私という存在を丸ごと包みこんでくれる人達である。

huyuちゃんは、旦那さんの転勤で福岡に住んでいる。Gwに帰省し、そのまま実家にいるとのことで逢いに行った。横浜の彼女の実家には何度か足を踏み入れているが、彼女の両親に逢うのは結婚式以来である。金沢に住んでいた時に、お酒が好きなおじちゃまと和菓子が好きなおばちゃまに何度か贈り物をしたりして連絡はとっていたが、逢うのは久々である。

彼女の実家の雰囲気と私の実家の雰囲気はどことなく重なるものがあり、いつ遊びに行っても安心する。おばちゃまの手料理を囲み、おじちゃまとお酒を飲み、楽しい時間を過ごしたのである。おじちゃまとは、通訳者であり作家の米原万理さんの話で盛り上がった。そして、この作家の本も面白いよと、3冊の本を貸してくれた。またおいで・・と最後はブランデーをグラスに注いでくれた。こんな時、お酒を飲める自分に感謝する。大事な人と本とお酒があれば、楽しく生きていけるのかもしれないなぁと思いながら、彼女とは別れた後、ホームで電車を待ちながら思ったのである。

友人と、友人の両親と築くこういう関係が私を安心というソファの上に座らしてくれるのである。時には、ソファで何も考えずのんびりしたいときもあるのだ。

久々にsayaちゃんに逢いに行こうと、そう思った。

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