5/14/2009

東京ノスタルジック喫茶店。

東京ノスタルジック喫茶店


この本で素敵な言葉に出逢った。

「出会い、出会い、出会い・・・。人生はその連続。何かとの出会いが男たちの人生を変えた。人には、皆、人生で少なくともたったひとつは、自分を揺さぶるものとの出会いがあるものなのかもしれない。あの日、喫茶店のおやじとして生きていくことを決めたんだ。いつか人生を振り返ったときに、その出会いの日を思いだすのだろう。男たちはどこかで自分がどのように生きていくのかを決断する時がくる。そしてその道をまっすぐと歩んでいくのだ。」

久々に連続で喫茶店の仕事に行った。やっぱりそこはなんだかんだ居心地がよく、私の中で小さなリセットができるのである。

「喫茶店」って、やっぱり好きである。

モテ期。

新宿の駅。旅行をする異国の人によく出逢う。そして、切符とにらめっこをしている人やホームを探している人などを見ると、自分の旅とだぶり声をかけようか迷う。

今日も、ホームで駅員さんに一生懸命何かを聞いている夫妻に遭遇した。けれども、駅員さんには通じず。お互いに困ってしまっているところに、ひとりの杖をついたおじいちゃまが登場した、流暢な英語で夫妻に話しかけ、見事解決。そのスマートな行動におじいちゃまの人生が詰まっているように思った。

入院している人たち。昨日の事は、否今さっきのことだって忘れているのに、若いときの話となるとキラキラする。まるで、昨日のことのように話だす。

今の私は、行きたいところがあればどこにでも行ける。制限など何もない。けれども、私は永遠に歳をとらない・・・はずがない。いずれ老いがくる。見たいものがあっても、行きたいところがあっても、今のように身軽に行くことはできないだろう。

老いがきたときに、過去の経験が制限のある自分を楽しませてくれたらどんなに素敵か。人は思い出だけでも十分に楽しめる。だから、老いを楽しめるように経験(幸せ)貯金をしなくてはと思い立ち、今日の一部始終を同居人に話した。

「ばぁばになってモテ期がきたら、最高だね。」と言われ、「本当にそうね!」・・・と。

無駄なものをどんどんそぎ落とし、身軽になった時、そこで始めて本来の自分というものが見えるのかもしれない。その時に、私に思いを寄せてくれる人がいたらそんな素敵な出逢いはない。

縁側でお茶を飲みながら、お互いの昔の話で旅をしている今以上に楽しめたら、そんな素敵なことはない。

ばぁばになってモテ期がくるように今から、磨いていかなくては。

演じる。


暑い日と寒い日、雨の日と雪の日。
結婚式、お買い物、アウトドア。
旅行と旅。

他にもいろいろ。

その時で格好も異なれば、気分も違う。

と同じように、相手によっても自分という人間は変わる。
決して偽っているわけではなく、全てが自分である。

とはまた別なこと。

久々にフェイシャルエステに行ってきた。時々、肌をリセットするために行くエステがある。頻繁に通えるような金額ではないので、本当に久々であった。

内面と外見は切り離すことはできない。よく、外見はよくても中身がねぇ・・と言う話を耳にするがそれは違うように思う。しっかりとその人をみると、わかるのである。内面が美しい人は外見も美しく、外見が美しい人は内面も美しい。その方程式は成り立つはずである。

肌をリセットしてもらい、気分も軽くなる。ここのエステでひとつだけ決めていることがある。それは「演じる」ことである。私の職業はなぜか、お疲れですよね。とか大変ですよね。とか、はたまた、私には絶対できない。だからすごいです。とか、なんとも偏った目でしかみられず、そしてどこか居心地が悪くなる。だから、ここにきたら私はあらゆる自分に関するデータを偽ることにしている。違う自分を演じることで見えてくることもあるし、非現実に身をおけ、本当の意味で体が軽くなる。

いつでも同じ自分でいることは、時として窮屈である。いつもいつも、本当の自分と向き合うのは辛いことであり、時にはそっぽだって向きたくなる。誰も傷つかない嘘であればいいよねと心の中で思いながら、演じて心が軽くなったまま帰宅した。

肌の調子もまずまず。気分もまずまず。なんとも素敵なことである。

綿毛が飛び去り・・・。

「一番辛い時にそばにいてくれないなんて友人なんですかね?。」
そう、彼女に言われて言葉に詰まった。彼女が一番欲していたであろう、その人は結局来なかった。

その事実に彼女は大きく傷ついていた。けれども、私も悲しかった。なぜこなかったのだろうか。どうして、あんなに辛らつな言葉を投げつけ、そして、来なかったのだろうか。

仮に、もう付き合いきれないと思ったのだとしても、今はそれを言葉にすることも行動で示すことも間違っていると思う。相手が弱っているときに、その人を傷つけることはよくないことである。相手が、自分と同じ立ち位置にきたときに、言葉にすればいいのだし、行動にすればいいのだ。勝つとわかっているときだけ、そんなことをするなんてひどい人である。

けれども「なぜそんなひどいことをするの?」とは問わない。もう、学習した。悪い人が意味もなく悪い人の場合があるように、ひどい人は、意味もなくひどい人の場合もあるのだと。

そんな悲しいこと言わないで・・・と誰かに言われそうであるが、今回のことでやっぱりそうなのね。とわかったもの。

それにしても、友人ってなんだろう?言葉にできない位の関係だから、友人なのだろうか。好きな相手のどこか好きか説明することができないように。

たんぽぽ の追伸。

当たり前だけれど、綿毛のようにあの人からあの人のもとに行くことなどできなかった。だから、あの人のもとから小さな命は次の人のもとに飛んでいった。次の人が誰かは、彼女にも勿論私にもわからない。彼女を待っている間、その空間にいることは私にはとても耐えられる種類の悲しみではなく、どうしたらいいのかわからなくなりとりあえず、息のできるところに飛び出した。

飛び出した私をどこが受け入れてくれるのか、果たしてどこが落ち着くのかわからなかった。ふっと、献血をしようと思いたった。多分、どこかで目の見える存在価値を欲していたのだろう。そう、私は目で見たかったのだ。

見慣れたはずの血も針も、どこか違う気がして、直前になって果たしてここでよかったのかわからなくなったけれど、もうそれはどうでもよかった。

彼女から「終わったみたい。」との電話が入った。また、あのなんとも言えない空間に向かった。一刻も早く彼女をあの場から連れ出そうと足早になる。あの空気はどこよりも淀んでいる。

5/06/2009

たんぽぽ。

同じ出来事なのに、背景が異なるだけでどうしてもこんなに結果が変わるのだろうか。その違いを目のあたりにしてとまどった。たんぽぽの綿毛をふぅってした時みたいに、あの人のもとからあの人のもとにいければいいのになぁって思った。生命とはとても複雑なものだろう。そう思うと、私が生まれるまでにはどれほどの偶然と言う名の必然が起きていたのだろう。時々、父と喧嘩をする母。その時に決まって言う言葉。「あの時に出逢った、あの人と結婚すればよかったわ。」。「そうなっていたら、私はいないのね。」そう私はいつだってその言葉を聞くと母に、悲しいような怒ったような口調で言っていた気がする。

心の風邪をひいた人に言われた。
「アメリちゃん、生きるためには宗教が必要なんだよ。宗教が必要ということは神様が必要だということだよね。その神様はどこにいるのか知っているかい?君の神様は君自身なんだよ。つまりは自分を信じることが唯一の生きる術なんだよ。わかるかい。」

あるクリニックで働いていた時に初めて知った。世の中にはこんなにも生まれてこれない命があることを。
ある児童福祉施設にお手伝いに行っていた時に初めて知った。世の中にはこんなにも親と一緒にいられない子がいることを。

その事実は、私には信じられないことだった。ある程度大人になったら誰もが結婚して子供を産んで育てていくものであると思っていた。そう、勝手に思い込んでいた。世界全てが自分の家庭とイコールで結ばれていた。けれども、ある日そうではないことを知った。よく考えればわかるようなことをずっとわかっていなかった。

最後まで彼女に言えなかった。「貴方はそれでいいの?」
そして、今も言えない。言うことが必要なのかさえわからない。
わかっているのは彼女が深く傷つき、生きることに怯えて肩を震わしているということだけ。

「貴方はそれでいいの?」と聞けないばかりか、大丈夫よ、とも、頑張ろう、とも、言えなかった。何も言えなかった。

ふっと、春樹の言葉を思い出した。
「僕は別に立派な人間じゃない。他人に自慢出来るほどのものも持ち合わせていない。それに昔は今よりもっとがさつで、無神経で、傲慢だった。だからあるいは僕は君にふさわしい人間とはいえなかったかもしれない。でもね、これだけは言える。僕は君にうんざりしたりはしない。そういう点では僕は他の人間とは違うんだ。君に関して言えば、僕は本当に特別な人間なんだ。僕はそれを感じる事が出来る。」

 

ある種の思い。


春樹の「国境の南、太陽の西」を読み返してみた。
「 人々の嗜好が少し変化し、経済の流れが少し変れば、今ここにある状況なんてあっという間に消えてしまう。 僕はそんな実例を幾つも見てきた。本当に簡単なものだよ。 かたちがあるものは、みんないつか消えてしまう。でもある種の思いというものはいつまでもあとに残る。 *** でもねハジメくん、残るだけ辛い思いというのもあるのよ。 そうは思わない?」

ある種の思い、きっといつまでも私の中に残るのだろう。そのままある種の思いとして残すべきかそれとも、自分の思う、信じる形に変えて残すべきか。それが、形を変えたことで無くなってしまうかもしれない危険性を含んでいたとしても。 その選択ができない。 この出来事が第三者からの相談であるとしたら、私はなんて答えるか考えてみた。でも、答えはひとつ。私はいつだって、貴方の好きにしたらいいのよ。そう答えるから。  以外にもこんな形で気づいた。 人は自由を与えられると、途端に不自由になる。  人間とは、自分のことだって人の責任にしたい何とも身勝手な生き物であると、そう気づいてしまったのである。

形に残そうとするから駄目なのかもしれない。これは夢であると思ったらどうだろうか。あっ、それっていわゆる現実逃避ということなのかもしれない。

ハジメくん、私はそう思うわ。

「我輩は猫である」 



             のんきと見える人々も、

          心の底を叩いてみると、

         どこか悲しい音がする。



                           夏目漱石

5/05/2009

machiさん。

「素晴らしいものに出会った時、未知の体験をした時、人間の脳は感動を覚え、その積み重ねが人生を豊かにする。」

machiさんが遊びにきてくれた。普段はとても忙しい彼女。GWって素敵だと思う瞬間。土日・祝日にしか休みがない友人と逢える喜び。

彼女と最後に逢ったのは2008年が終わる頃。久々の再会であるが、やっぱり私の大好きな彼女は健在であった。時が過ぎ去ることなど分かりきった事実なはずなのに、彼女といると時間は永遠にある錯覚に陥ってしまう。

彼女に逢って。もっと頑張ろうって思った。もっと頑張れるって思った。

人生を生きるのではなく、生き抜きたい。それが私の希望であり目標。

彼女とは、いつかフランスの空の下で再会する。そうなりたい。否、そうなるのだ。

5/04/2009

あさり

ここ何日か、勉強をすることを忘れていた・・・というかさぼっていた。陽気のせいか、家にいると、ソファで眠ってばかりいる。今日はお休みなので、目覚ましを7時にセットした。 同居人が作ってくれた納豆パンを食べ、勉強の準備をして近くのファミレスに向かった。学生の頃はよく真夜中にドリンクバーを利用して友人と試験勉強をしていた。その名残でファミレスに向かったのである。早朝のファミレスは思っていた以上に空いていて快適な環境で勉強をすることに成功。お昼帯になったので帰ることにした。今日は近所のmachiさんが遊びにくるので、お夕食の準備の買い物をして帰ることにした。

歩いていると、よく行くインド料理のお店のインド人に逢った。彼が満面の笑みで会釈をする。なんだか嬉しい気分となる。いつも行く魚屋さん。鯵とアサリと鮭を購入。「いつもありがとね、気持ち安くしといたから。またよろしく。」と言われ、更に嬉しい気分となる。最後にいつものお肉屋さんでひき肉と卵とパン粉を購入。「いつもありがとね。」とおばちゃんに言われ、私の気分は嬉しい気分一色となる。お互いにお互いの背景なんてひとつも知らない。そこにあるのは、客と店員という事実だけ。でもその関係が人には必要であると、私はそう思っている。

商店街のお買い物はいつだって私の気分を温かいものにしてくれる。私の、引越しの条件、その1は「商店街があること。」・・・・かな。

帰宅して、あさりの砂ぬきをする。ボールにあさりをいれて水をいれて、そして眺める。小さい頃の自分がよみがえる。あさりが出てきたときのあの嬉しさ。時間の流れをかえるあの感じ。

さて、夕食の下準備をして、もう一度机に向かわなくては。

お酒、sake、

与論島を初めて訪れた時、衝撃を受けた。自然が作り上げた透明とはなんと美しいのだろうかと。島は自転車で一周できる。運転免許を有しない私にとって自転車でどこでも行けるというのは魅力のひとつであった。けれども、それに勝る自然は圧巻であった。地中海もアドリア海も日本海も好きである。でも、与論はそれとは違う何かがある。 毎日をのんびりと過ごした。その素敵な島を友人に紹介した。すると、彼女は与論島に旅立って行ったのである。そして、黒糖焼酎の中で一番好きな「有泉」をお土産に購入してきてくれた。3年ぶりの出逢いである。  ヨロンケンポウを思い出す。 宿で見知らぬ人と回し飲みをして、いい気分になったのを思い出した。  いつ、飲もうか。今も悩み中である。

入院中の86歳のおじいちゃま。眠れないので薬が欲しいと訴える。よく話を聞いてみると、「いつもの晩酌ができないから眠れないんだよ。いつもは、日本酒を飲んでね、気持ちよくなってそのまま眠るんだよ。」とのこと。

「どんな時にお酒を飲もうと思うんですか?」と記者に詰め寄られていたアイドルの記者会見。・・・をふっと思い出した。

なんだか、お酒が悪者にされているように思うのは被害的な思考であるのだろうか。


私もお酒には、飲まれたり飲まれなかったり、とにかくお酒の反省会や楽しかったことなら沢山ある。何度もお酒は止めようと思ったし、やっぱりお酒が飲めて良かったと思ったり。

86歳の患者さんとしみじみと語る。
「ほどほどにって難しいものだよね。どんどん楽しくなってしまうから。」

そう、お酒って、sakeって、最高の脇役なんだもの。だから、体がもうそろそろ止めたらどうですか。と問いかけてくるまでは飲もうと思っている。

あっ、60歳を迎えた父はどんなにお酒を浴びるほど飲んでも健康診断の結果はオールAである。父にそっくりな私は、なかなかそろそろ止めたらどうですか。と問いかけてもらえないかもしれない。まぁ、それはそれで・・・・ね。