4/27/2009

幸せ送り。

スペインを漢字で表すと、西班牙であると知った。なんだか漢字で表すとスペインのあのなんとも言えない居心地の良い空気がまた違った色を出すような気がする。

あの、肌にひんやりとする空気。あの薄い空気。呼吸困難に陥りそうになる感じ。もうすぐ空っぽになる予定であった私の酸素ボンベは今は満タン。今度こそ、満タンになったボンベから大事に酸素を使おうと思う。それが、私のボンベを満タンにしてくれた大事な人たちに対する私の精一杯の有難うであるのだ。

今、私の肌は温かい。ほっぺがほんのりと赤みを増す程度の温かさである。大きく深呼吸もできる。そう、それは彼女達や彼のおかげ。

人が私に与えてくれる、貴方は間違いなくここにいるのよ。いていいのよ。という空気。それが、全て。

夜中中、雨が降っていたせいか、子供を抱えてやってくる親は以前の半分程度。ほとんどを仮眠にあて、定時の7時に上がることができた。病院をでたそばにあるコンビニで親友がまっているはずである。水色のような青のようなかわいいマーチで私を迎えにきてくれた。小柄な彼女にはそのマーチがとても似合っている。

「おはよう。早く乗って頂戴。今日はハードスケジュールよ。」そう笑顔で言う彼女。出会って10年。その時からどんなにお互いの環境が変化しようとも変わらない関係性。だから、私はいつでも彼女に甘えてしまう。

酸素ボンベが空になりそうなことを彼女は知らない。その話はしていない。でもきっと彼女にはお見通し。根拠はないけれど、そう思う。

今日は彼女の企画したミステリツアーである。私はどこに行くか知らない。

まずは、秩父の柴桜を堪能した。一面のお花畑は圧巻である。自然は全ての人に平等。人間に警告や、警告の守らなかったときのお叱りはあっても、意地悪はしない。だから安心して身を置ける。沢山深呼吸をして柴桜を後にした。




秩父から川越に向かった。目指すは「西班牙市場」。以前より彼女が連れて行ってあげたいと言っていたので存在だけは知っていた。本当にここのスペイン料理は美味しいのよと興奮気味に話す彼女。スペイン語が堪能で頻繁にスペインに通う彼女が言うのだから間違いない。・・・・やっぱり間違いなかった。その料理の美味しさも、サービスも、そして内装は私の旅熱を急上昇させたのである。このお店は、スペインを旅した時のことを思い出させる。素敵な記憶が更に素敵な記憶として蘇る。素敵な空間で美味しい料理を親友と食べれることが幸せである。  次に訪れるときはあの人も連れて行きたいと親友に話そうと思う。きっと、川越まで迎えにきてくれるであろう。満面の笑みで。



川越に来たので、小江戸と呼ばれる川越の町並みを楽しもうと車を駐車場に置き、散策をすることにした。最後に川越に来たのがいつかも思い出せないため、新しい気分で川越を散策できた。最後に入った珈琲屋さんで、大好きな珈琲を挽く音と匂いに包まれながら、美味しい珈琲を試飲させてもらい、 少しばかりのお土産を購入して散策を終了。

次に向かったのは、埼玉県の県花 である「さくら草」が咲く公園。その公園は私の公園の概念を、気持ちよく壊してくれた。右をみれば、解体したバイクを組み立てる人がいる。左をみれば、楽器を演奏している人たちがいる。ベンチでひとりもの思いにふける人をいれば、夫婦で静かに座っている人もいる。子供を連れて来ている人もいる。とにかく、皆が自然に守られれて思い思いのことをしている。その空間を、親友と歩いた。さくら草はこじんまりと咲いていた。点々と咲くさくら草、遠慮がちに咲くその姿にどこか優しさを感じる。

日も暮れてきた。浦和駅まで送ってもらい今日のミステリツアーは終わり。「私、男だったら結構いけてると思うんだよね。」そう笑う彼女に、「貴方が男だったら間違いなく惚れちゃうね。元気でたわ。有難う。」とメールをした。

帰宅して、早めのお風呂に入り、そういえば楽しすぎて忘れていたけど今日は明けだったわと思い出し、突如眠気が襲うちびっ子のような自分がおかしかったけど、19:00に床に入り顔にパックをしながら、本を読んでいると、珍しく滅多にならない電話が鳴る。

二人の彼の間で恋の沼にはまる友人からの電話であった。「彼が急遽仕事になったから、あの人に逢いたくなって、あの人に逢いたいって電話をしたら、遅くなるかもしれないよ、と言われたんだけど、もしかしたら逢えるかもしれないから待っているの。」そんな内容の電話であった。

もしかしたら逢えるかもしれないから、その「もしかしたら」に自分の逢いたいという気持ちを全てかけて待つ彼女の気持ちが痛いほどわかる。5分だって10分だって、逢えればそれだけで嬉しくて、逢えなかったら、「わかっていたもの。。。」と叫びたいけど、つぶやくことしかできなくて、その寂しさをどこに持っていけばいいのかわからなくて、どうしようもなく寂しくなるあの感じ。

本を閉じ、パックをとり、メイクをして彼女に逢いに行った。自分でも驚く行動力。友人の嬉しそうな顔を見たら、なんだかひと安心して、あの人からの電話を嬉しそうにとる友人に更に安心して、あの人に逢える!と飛び上がりそうになる友人を可愛いなぁと思いながら、見送った。友人が、家庭を振り返ることを止め、あの人のもとに向かう姿を見て、ひとまず自分が幸せではないとねとつぶやいてみた。

「恩送り」ならず「幸せ送り」。

帰宅して、今度は本当に「おやすみなさい。」

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