2/22/2009

妙心寺展

3月1日まで開催されている「妙心寺展」に母と行った。禅の世界については初心者であるが、禅は生きることにイコールされている・・・そういう意味では、もう30年以上禅と身近な位置にいるのかもしれない。

昨日のTVにフランスに嫁いだ人が出演していた。彼女は言う。「日本人にとってParisはとても華やかな印象を持っているかもしれない。確かに、どの風景を切り取っても絵になるような町並みである。けれども、庶民の暮らしは日本以上に質素で堅実である。  8年間住み、言葉も不自由しなくなってきていいこともあるけれど、聴こえなくていいもの、見えなくていいもの、そういうものに苦しむこともある。そして、日本がなんて素晴らしい国であり、そして・・・とても便利で住みやすい国であったか実感する。」

そういえば、こないだ新聞にでていた、カナダかどこかの新聞記者の女性の記事にもこんなことが書いてあった。「日本にくることに抵抗があった。それは日本がどんなに便利な国であるか聞いていたからだ。そして、現実に本当に便利な国であった。私はたった3ヶ月でその便利さにどっぷりと浸かってしまい、帰国後困ってしまったのである。」

最初に旅をしたとき、不便さに閉口した覚えがある。商店は早々と閉まる。7時を過ぎればどこも開いておらず、ちょっと何か欲しいと思っても明日まで我慢しなくてはいけない。土・日はどこも日本のオフィス街以上に閉まっている。無論ATMなど開いていない。  私はその事実に慣れるのにとても時間を要し、同じ失敗を繰り返しては、空腹と戦ったように思う。 お金はおろせない・・お店は閉まっている・・自動販売機はない・・・。   そして「定刻」という言葉はない。

けれども不思議なことに、慣れると不便さを感じない。何週間も旅をしていると特に問題ではなくなっているのである。 しかし、日本に帰国すると待ち構えているのは「便利」という二文字で溢れた空間。そして、すぐにその便利さの有り難味を忘れる自分。  この便利さが私を知らず知らずのうちに「せっかち」にさせていくのだろう。 電車に乗るのだって、昔は切符を購入した。並んで購入することだってしばしば。改札では切符をカチカチとさせてもらった。 そういう、ちょっとした待つという時間を全てCUTしてしまった日本。 日本人が待てない、そしてきれやすくなったのはこういう背景が少なからず影響しているのであろう。

妙心寺展に、昭和天皇の自筆で「無相」と書いた軸が飾られていた。その言葉にとても惹かれた。

「無にこそ価値があることを説く。人間はそもそも要求によって生きているのだから、その要求に価値があるかどうかは、いったん無を経験する必要がある。無を経験し、無を通過してみれば、本来の価値がどういうものかが見えてくる。このとき失望や落胆や絶望があるかもしれない。その危険がないとはいえない。けれどもむしろ失望や絶望が擦過するほうが、本当の価値が見えてくる。「絶望した私が私自身を救う」ということがある。」




無相について調べてみたら・・・
「無相とはどういう状態かということですが、相は特徴とか属性などという意味で、それが無なのですから、特徴がない、形態を備えていない、つまり、形あるものとして存在しない状態ということになります。 この世に存在する全てのものは、形あるものとして存在しないというのです。 ところで、相という字は目を通して木を見ているという象形文字で、こちらに目(自分)がいて、向こうに木が在るという二つの存在を必要とし、それは即ち、相対しているという状態を意味する言葉です。 こちらとあちらを分け隔てるものが存在していて、だから二つのものとして存在しているのです。 ところが、般若心経では、この世に存在する全てのものは空であり無相、即ち、対立が無い、分け隔てるものが無いと教えているのです。 自分を気の状態にして解き放っていると、他の存在も気としての存在として実感でき、即ち、相手の気も実感できるようになり、やがてそれらは一つのもの、対立の無い、分け隔ての無い一つの気として実感できてくるのです。」

2 件のコメント:

仔猫 さんのコメント...

はじめまして。

妙心寺展の昭和天皇の書について検索していたところ、こちらにたどり着きました。

禅についての素敵な文章を拝見しましたので、勝手ながらわたしの日記文中にトラックバックさせていただきました。

また寄らせていただきますね。
よかったらわたしのブログにもお立ち寄りください。よろしくお願いいたします。

amelie さんのコメント...

初めまして。短い旅にでていましてお返事が遅くなりましてごめんなさい。


仔猫さんのブログ、少しだけ拝見しました。
私を刺激するものが、見え隠れしていたので、これから少しずつ読ませていただこうかなぁと思っております。

コメントなんて滅多にこないですし、このブログを知っている人もごく少数なのでなんだかとっても嬉しいです。

では、また♪