12/16/2009

「まちどおしい」

オリガ・モリソヴナの反語法 (集英社文庫)



ロシアをじっくりと旅したことはない。チェコはプラハだけ旅をしたことがある。プラハの宿で出逢ったロシア人4人組のおじちゃまたちとは、言葉も通じないのになぜか毎日酒盛りをした。私にとって初めて知り合ったロシア人であり、彼らのお酒の強さと愉快さと優しさに、ロシアが好きになりそしていつか彼らが住んでいるというミンスクに足を踏み入れたいと思っている。そしてその宿で働いていたチェコ人(たぶん・・・。)のお姉さんには可愛らしい子供がいた。一度、宿の上にある彼女の家に遊びに行ったことがある。その楽しかった記憶とともに、チェコ人が好きになった。

そして、私がロシアとチェコに導く最大の理由は、彼女の本である。彼女の本が久々に手にとった。彼女の本は全て読んでいたと思っていたのになぜかこの本だけは、タイトルだけしか浮かばず中身を覚えてい なかったのである。

全てのことが中途半端でありつつある最近。学生の時のような期限はない。宿題を何日までに提出するとか、読書感想文を何日までに提出とか、そしてそれまでに本を読まなくてはとか、そんな迫った期日などほとんどない。せいぜい、税金や確定申告の締め切りとかそんなことだけである。そういうことがなくなった今、私はなんともだらしがない人になってしまったようである。

興味のあることや、やりたいことも日々の生活に流されてしまっている状態。なんとなく過ごしている時間はあっというまに過ぎる。子供の時に時間が長く感じられるのはいろんなことを待っているからだとか。確かに、大人になり何かを「まちどおしい」と思うことが少なくなった。だからか、ものすごいスピードで時間が過ぎていく。

けれども、久々に手にとった彼女の本は私に「まちどおしい」という感覚を与えてくれた。朝の通勤の電車から始まった。分厚い本なので勿論朝の通勤だけでは終わらない。仕事の時間も早くお昼休みがこないか「まちどおしい」。午後の仕事も早く終わらないか「まちどおしい」。とにかく、少しでも読み進めたいと、信号まちでも本を広げてしまう状況。帰宅後、気づけば2時間が経過していた。

「まちどおしい」という感覚のよみがえり。自分の集中力に・・・嬉しくなり。まだまだいけると思いながら、日々の生活に流されてしまっている今の現状を打破していこうと、そう思ったのである。

12/15/2009

皆はどう考えるのか 2

早くに目が覚めたので、新聞をのんびりと読んでいると目にとまった記事。

「○○線、監視カメラ検討中。」

理由に挙げられていたのは、痴漢である。確かに、昔からこの電車は、よくこの理由で問題となっている。とうとう、監視カメラまで考えるほどの問題となっているようである。

最近、電車内で不快な思いをすることが多い。大抵、決まった時刻に決まった車両に乗るのだが、いつでも化粧をしている人がいる。同姓として、化粧をしなくては出勤できない・・・という気持ちはわかるが、ファンデーションから始まる姿から、周囲に対する申し訳なさは微塵も感じられない。

大きな音で音楽を聴く人も理解に苦しむ。確かに混雑した車内で少しでも快適に過ごしたいという気持ちはわかるが、その音楽を車内の全ての人が好むわけではない。音量をそこまで大きくしないと聞こえないのか、いつも「もう少し音量下げてもらえますか。」と言いたいけれど言えない自分にストレスを感じる。

携帯用ゲームのボタンを押すカチカチという音もストレスの原因である。朝の混雑した電車でそんなに頑張ってゲームをする必要があるのかわからない。貴方はゲームをしないからと言われてしまったら、何も言えないがやっぱりわからない。

今日も車内アナウンスは、携帯・ゲーム・音漏れ・痴漢・駆け込み乗車の注意で大忙しである。そして、アナウンスだけでは対処できなくなり、最終的にはどの電車にも監視カメラがつけられる日がくるのだろう。その日は遠くない未来かもしれない。

悪いことをしたら神様がちゃんとみているのよ。人に迷惑をかけるは一番悪いことなのよ、そんな風に小さい頃教えられた。

「お互い様だから」・・・そんなレベルではなくなってしまったようだ。今日も電車に乗るのが憂鬱である。

12/09/2009

皆はどう考えるのか。

逗子にて。


想像力はとても大事な道しるべにはなるが、最終的な決断を下すのに有効であるか考えてみると、首を縦にも横にも振り切ることができない。

最近、100歳を数年過ぎた方が逝ってしまった。日本酒が大好きであったその人は、100歳のお祝いで日本酒を飲みすぎて転倒し、骨折をした。その後も、飲み続けた結果、誤嚥をして肺炎にもなった。今回はそのようなエピソードで入院をしてきたわけではないけれど、入院2日後には回復の兆しをみせた。そのため、Dr達は、治療を開始したのである。

他人が人の命の期間を決めることなど許されることではない。それは誰しもが理解している、周知の事実である。その考え方で、この人のことを考えた場合、確かに延命することは間違いではないのかもしれない。けれども、私にはどうしてもこれでよかったと思えないのである。

最後に、大好きな日本酒で唇の乾燥をとってあげればよかったなぁって思う。・・・その思いは今も変わらない。20歳だから、50歳だから、80歳だから、100歳だから・・・というわけではない。でも、やっぱりベッドで眠り続け、沢山の管を挿入されるより、危ないとわかっていても大好きなことをして、その結果起こったことに、「ほらぁ、だから言ったでしょ。でも、美味しかったなら、楽しかったなら、そう、それが何よりね。」と言うほうがいいのではないかと思うのである。

ひとりでは動くことが困難な50代の患者。倦怠感があるからと言って何もしようとはしない。けれども、大好きなシャワーに入れると、たちまち元気になる。満面の笑顔で私たちを迎えてくれる。食事も普段はほとんど手をつけないのに、食べる。彼はシャワーに入ることで生きる気力をもつことができる。

いつも思う。人が元気になるために必要なものって、本当はこういうことなんだってことを。

「毎回、シャワーにいれてくれてありがとう。これで今日も元気に過ごせる。」

その言葉に私が元気をもらう。

12/03/2009

めくらやなぎと眠る女。

めくらやなぎと眠る女

運動不足なので歩くことにした。昔から走ることは苦手であるが、歩くことは好きである。仕事場から東京駅までは40分程度なので歩くことにしたのである。


途中に時計屋さんがある。ショーウインドウの時計に魅せられ、なんとなくドアを開けた。最近、大事な時計を無くした。ふたつの時計がついたその時計は、とても気に入っていたものだった。上の時計は日本に合わせ、下の時計は好きな国に合わせる。旅に出たときはその国に合わせる。常に日本にいる自分と異国にいる自分をもてる。だから、その時計が大好きであった。時計を無くしてしまい、新たな相棒を探している。けれども、ふたつの時計がついた時計はほとんど作られていない。この時計屋さんにもなかった。倉庫を探してくれ、メーカーにも問い合わせてくれた。でも見つからなかった。けれども、時計屋さんはメーカーの人がきたら探してもらうと言ってくれた。たったひとつの時計のために、たまたま入った時計屋さんが頑張ってくれた。ふたつの時計がついた時計は、この時計屋さんで購入しようと思った。

ある友人が言っていた言葉を思い出した。彼女は営業の仕事をしている。

「物を売るのではなく、自分を売るの。物を買ってもらうのではなく、自分を買ってもらうの。」

確かにそうだなぁって思った。


八重洲ブックセンターの前を通った。村上春樹の本が山積みにされていた。久々に短編集を手にとった。いつもは文庫本になるのを待つ。彼の作品だけは、文庫本になるのも図書館にリクエストを出すこともしない。早速購入した。

11/28/2009

何気なく。

何気なくみた風景、何気なく発した言葉、何気なく聞いた言葉、何気なく観た映画、何気なく読んだ本、何気なく歩いた道。

毎日の中で「何気なく・・・。」ということはとても多いように思う。その「何気なく・・・。」が思わぬ方向に向かうこともある。それはいい方向に向かうこともあれば、そうでないこともある。

友人の妹との長い同居生活に終止符を打った。何気なく思った、否なんとなくのほうがしっくりくるかもしれない・・・が、終止符を打とうと思った。期限があるわけでもなんでもないのに、毎日、どうするべきか考えた。なんとなく思った事は、なんとなくでは終わらなくなってしまった。結局、終止符を打つことにした。

仕事は、今のスタイルを来年にも持ち越そうと思っている。それでいいのかなんてわからない。でも、私にはまだRとLを確認して靴下を履く覚悟は決められなかった。

3月にまたひとり旅にでようと考えている。友人の住むグラナダを拠点にアンティーブまで足をのばそうか。ベトナムを電車で縦断しようか。貯めていた有休と公休を全て使い旅にでようと思う。旅をすることでいろいろなことが少しずつ変化する。その全ては、「何気なく・・・。」で始まっている。

今日は久々に喫茶店の仕事である。

11/18/2009

RとL

無印で販売している、「RとLが刺繍がされている靴下シリーズ」がお気に入りである。不思議なことにいつ履いてもRとLを間違えることはない。なぜだろうか。こうやって毎日沢山の事を選択して生きているのだろう。その選択には、この靴下のような刺繍はない。だから、間違っているのかわからない。わかる必要があるのかどうかさえもわからない。だから靴下を履くときのように、直感で生きていきたい。

師長に呼び止められた。内容は、12月に最終の就職試験があり、推薦状を書くので受けて欲しいので検討してほしいとのことであった。とても素敵な話である。けれども、どこかで、今の生活を変化させることに抵抗を感じている自分がいる。

一度自由になった自分には、RとLを確認して靴下を履くことが難しい・・・・。

返事は延期した。さて、どうするべきか。そろそろ、RとLを確認して靴下を履くべきか。もしかすると、そろそろ、そんな時期がきたのかもしれない。

11/05/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅹ


歩く、走る、バス、飛行機、車、同じ道であっても、同じ空であっても、それは自分が選択した手段で大きくかわる。ひとりで、ふたりで、それとも大勢で、それでもかわる。

一度、乗ってみたらまた変わったのかもしれない。でも、乗らなかった。否、乗れなかったのかもしれない。次、バンコクを訪れることがあったら乗ってみようかなぁ。

11/04/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅸ



元気な子供の姿に、元気をもらう。子供の無邪気さはどこにいっても変わらない。この頃に戻りたいと思うほどの記憶はない。思い出すことは、ブランコが好きで図書室が好きで、金曜日の縄跳びの日と体育の跳び箱の前日が憂鬱で仕方なくって、嫌々なった飼育係でにわとりのチャボが怖くて仕方なくって、後はなんだろう?  きっと私にもこんな時代があったんだろうなぁ。


パンとエスプレッソと

パンとエスプレッソと

本当は新宿経由のほうが、早いし安い。けれども、久々に以前住んでいた浜田山の前を通りたかったし、井の頭線に乗りたかった。ということで、吉祥寺・渋谷経由で表参道のこのお店に向かった。ここのパンはとても美味しかった。朝8:00から開いているのも魅力的であるし、値段と味も素敵である。どのパンも美味しく、久々にまた食べたいと強く思うパンに出会えた気がする。

お腹も気分も満足となり、雲ひとつない空の下を歩き銀座に向かう。タイのチェンマイが舞台である「プール」を観た。この映画に対しては辛口の批評が多いと言われたが、そんなことはどうでもよかった。日常の生活が淡々と過ぎていく。この映画には、スパイスはない。昆布と鰹節でとった澄んだダシのような映画である。

けれども、不思議と涙がでた。あまりに不意打ちの涙に自分でも驚いたし、今でもなぜ涙がでたのかわからない。プールサイドで4人がギターにあわせて歌を唄う・・・その光景に涙が流れた。

11/02/2009

Schindler's list

 

久々の休日、TVをつけるとSchindler's listが放映されていた。このまま観るか、それとも消すか悩んだ。結局最後までみた。久々に視界が遮られるほどの涙が溢れた。そういえば最近涙を流していなかったかもしれない。

普段、平和である生活を振り返ることなどない。そして私は、平和のない世界を知らない。衣食住に困ったことも、大病を患うこともなく、そして自分の死を覚悟するような出来事に遭遇したこともない。

Schindlerは言う。

本当のPOWERとは、許すことであると。

沢山のことを許し、そして許されて、その先に生きるためのPOWERを感じるのだろう。

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅷ


きっとここの地の日常の光景なのだろう。けれども私にとっては非日常である。しばし、この光景を眺める。体操なのだろうか?最後までなにかよくわからなかったが・・・。


ただ、おばちゃんたちが列を作っているといえばそれまでであるが、なんだかこの光景が私には楽しくて仕方なかったのである。

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅶ

大通りにもかかわらず、通りの半分を占拠してBUSをまつ人々。その無秩序な感じに心が一息つく感じを覚える。きっと東京で同じ光景を目にしたら眉をひそめるに違いないその光景に、安堵しているのだ。

意味のない鎖に何か安堵する。これ位でいいよねって、そう思う。本当は、もっと肩の力を抜いて生きていきたいと思う。けれども、東京ではそれは許されていないような気がする。

無秩序なものや無意味なもの、、、、いろんなことが微笑ましいなぁって思える心のゆとりがほしいと、最近よく思う。

そういえば、■には□のブロックを入れて、▲には△を入れて。そんなおもちゃがあったような気がする。■に□のブロックをいれることができるようになったら、■に△や○をいれてもいいのではないだろうか。誰も駄目なんだよなんて言ってない。結局自分がそこに違うブロックをいれることを躊躇しているだけなのだ。

10/25/2009

旅の合間に思うこと。


仕事が終わり、大好きだった患者さんの転院先に行こうといつもとは反対側のホームに向かう。うる覚えであった病院でありもう退院しているかもしれないけれど、転院日にお別れをすることができなかったので、どうしても会いに行きたかった。彼女はうる覚えの病院の個室にいた。再会をとても喜んでくれた。最近、少しだけ心が傾いていた私にとって、それは有難いことであった。

帰りの電車で思う。逢える人にはどうやったって逢えるのだと。逢えない人にはどうやっても逢えないのだと。それは当たり前のことのようで、気づかない事実。逢いたいと思い海の向こう側まで行ったけれど逢えなかった人。きっと、こうやっていつまでも逢えないのだろう。そんなことを考えながら電車を乗り換えると、電話が鳴る。メールである。海の向こうから日本に戻るときにトランジットで立ち寄ったハノイのBUSで出会った人。

逢いたかった人には逢えなかったけれど、全く知らなかった人と出逢った。それを逢うべき人であったと言い切れるなにかはないが、きっとそうなんだろうと・・・思うのだ。

10/21/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅵ



屋台がありすぎて、どこが美味しいのか、どこが安いのかもわからない。だから、なんとなく足が止まった所にはいることにしている。雨が降っており、宿からあまり歩くきにもならず・・・でもお腹も減ったしなぁって思いながらプラプラしていたら、出会ったこの屋台。雨が激しさを増したため持ち帰りにして宿のダイニングで食べようかと思ったのだけれど、なんとなくその屋台に集まっている店員なのかわからない人たちに興味があり、テーブルで食べることにした。ひとりで飲むには瓶ビールは大きすぎるかとも思ったが、あまりに美味しくてそれについては問題なかった。何を注文していいのかもわからないため、指でさしてなんとなくで頼んだが、そのなんとなく頼んだものもとても美味しかった。


10/18/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅴ























ひとり旅の時は、必ずドミトリーに泊まる。特に決めているわけではないが、いつもドミトリーに泊まっているように思う。今回もゲストハウスのドミトリーに泊まった。きっとバンコクは探せばドミトリーの値段と同じ位で泊まれるホテルや、それこそ航空券とホテルのセットのほうが格安だったりする。でも私はあえてこのゲストハウスを選択した。2段ベットがふたつ置かれた4人部屋の鍵をもらった。私のベットは2階。下には香港人、隣のベットの人は寝顔しかみることはなかったが、欧米人かなぁ?   シャワーは私の苦手なヘッド固定タイプであるが、お湯もでるし水の勢いも水圧もまずまず。清潔な印象であり、スタッフも感じがいい。少々値段は高いが、これ位で1200円位はいいかなぁと思う。今の私に、この都市にある、バックパッカーの安宿メッカに足を運ぶ元気はない・・・。 

宿の選び方やお金の使い方に、20代の旅と30代の旅の違いを感じる。こうやって私の旅は、時計の針を少しづつ遅くしながらゆっくりと歩き、続いていくのだろう。急ぐ必要などどこにもなかったのである。否、あの時はその必要があったのかもしれない。不思議なことに、歳を重ねるにつれて、先は長く続いているように思うのだ。現実には短くなっているはずの道なのに。だからゆっくりと歩けるのかもしれないし、歩くしかないのかもしれない。


昼間の散歩から戻ると皆の溜まり場の隅のソファで本を読む。スタッフの声や絶えず誰かが出入りするドアの開閉の音をBGMにして。夜は、部屋に人がいる安心感から深い眠りにつく。 ひとり旅の旅人が集まるドミトリーが好きである。


10/17/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅳ


私の旅がスムーズに行くことは今までもそしてこの先もないように思う。毎回のことだけに、最近はそれをアクシデントではなくハプニングと捉えている。

今回も成田出発ですでに3時間待たされた。そんなのは私の中では、忘れてしまう位の事実であった。やっぱり本当のハプニングはちゃんと用意されていたようだ。ホーチミン市内に渋々別れを告げ予定通り空港に到着したのに、早速カウンターで「3時間遅れているから。」と言われた。

市内にいる時にわかっていたならもう少し散歩をしていたのに・・・と思いながら、空港のベンチで突然降り出した雨を、彼らのように眺めることにした。彼らは、スコールに対して寛大である。毎回、集団でその雨を眺めている。そこに、鬱々とした空気は全くないのである。私もそのスコールに自然を感じ、時間の流れを感じた。

3時間遅れますと言われた、バンコク行きの飛行機に搭乗できたのは4時間後。そしてその飛行機は離陸15分で舞い戻ってきた。理由はわからない。ベトナム語なんてひとつもわからない。けれども、アナウンスはベトナム語のみである。舞い戻ってきてから4時間もの間、10Gと16Gを何度往復したことだろう。もう、このままバンコクには行かず日本に帰ろうかなぁと、日本行きの案内を眺めながら思ってしまうほど、疲れてしまった。 行けるのか行けないのか・・・それすらわからずにひとり待つのはなんとも苦痛の伴うものである。まぁ、何を考えても仕方ないので、とりあえず数独をしながらおとなしく待ってはいたが・・・。

待つこと合計8時間。やっと飛行機に再度搭乗し、バンコクに到着したのである。宿があるStまで行く市営Busのようなものを探し乗り込んだ。これでひと安心とバンコクを堪能しようとBusの窓際に座り外を眺めた。やっとバンコクに着いたのかと思うと嬉しくなる。自分だけのこの国に対する思いが感情の波となり私の体に押し寄せる。


あぁ・・・私、バンコクの空気を全身で浴びている。


10/13/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅲ

車窓から外を眺める。



大人になったなぁって、思うこと。私だけのものさしであるが、朝の時間を急がなくなったこと。のんびりと支度をしても、ゆっくりと朝食を摂っても、その後珈琲をドリップして飲んでも、それでも大丈夫な位、朝の時間をゆっくりとのんびりと過ごしている自分にそう思う。
 
でも、ベトナムの朝は私の思うのんびりなんて違うよって言われてしまうような時間が流れている。市場の喧騒も激しいバイク渋滞も見たけれど、それでも東京の朝とは違う。同じ喧騒で同じ混雑なはずなのに何かが決定的に違う気がするのだ。

その何かは結局の所見つけることはできなかったけれど、いつも以上にのんびりとした時間を過ごせたことは事実であり、これが本来の朝のあるべき姿なんだろうなぁってことだけはわかったのである。


10/06/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅱ

一日目の朝、2時間の時差であるが、なんだか早くに目が覚めたので、宿から歩いて15分程度であろう市場に行くことにした。旅で必ず行く市場・・・やはり「食」はその国を表す。だから、市場はその国を知る玄関であると、いつもそう思いながら市場を歩く。


















まずは朝ごはんを食べようと、食堂が並ぶ場所を歩くことにした。ほんの少し歩いたところで、おばちゃんと目が合ってしまった。おばちゃんの激しい誘いに言われるがままに座り、だされたものを食べることになった。けれども、その美味しさに嬉しくなった。ベトナム料理は好きであるが、日本で食べたベトナム料理とは明らかに美味しさが違う。きっと、旅している自分の開放感や、市場の空気や、おばちゃんの笑顔や、そいういものも美味しさに含まれているのだろう。でも、それを引いてみたとしても美味しかったのである。

ひとり旅の残念なことは、それを美味しいねって共有できる相手がいないことである。でも、おばちゃんがちょくちょく私をきにかけてくれていたから、最後まで素敵な朝ごはんの時間を過ごすことができた。  生春巻きにもっとタレをつけなさいと・・・激しい身振り手振りで教えてくれたそんなおばちゃんに・・・・だから旅はやめられないって、そう思いながらおばちゃんと別れ、市場散策を再開したのである。



左がおばちゃん。右は、ジュース屋のお姉さん。決して清潔とは言い難いが、それでいいのである。あぁ、Asiaに来たんだなぁって実感する瞬間のひとつである。


10/05/2009

ベトナム・タイ、ひとり旅 Ⅰ

                            ホーチミン 中央郵便局

ホーチミンに到着。空港から一歩外にでるとそこには人が溢れている。一歩でただけで、ありとあらゆる人に声をかけられる・・・この感じは東欧を思い出させてくれる。ここでは自分だけが頼りである。全ての感覚を研ぎ澄まし、鈍った感覚にスイッチをいれなくてはならない。

宿を探すのは、中心街に行ってからにしようと考えていたので、Taxiのおじちゃんと交渉をしなくてはいけない。数歩あるくと、誰かに止められる。この感覚・・・鬱陶しい反面、心のどこかで嬉しい自分もいる。東京で普通に暮らしていたらまずないことである。まぁ、もし東京で同じ体験をしたとしても、喜べないだろう。これは、異国の地であるから嬉しいのである。

嬉しい・・・ばかり言ってはいられない。気づくと、10分以上経過している。特に急いでいるわけでも予定があるわけでもないのだが、大体の相場もわかったのでもう決めることにした。

いかにも怪しげなで「僕はスーパーアドバイザーさ。」なんて言いながら、近寄ってきたおじちゃんに頼むことにした。安宿も一緒に紹介して連れていってくれるというので、少しだけ値切って決めることにした。

初めてのベトナムであり、久々の客引きとの交渉に不安がなかったわけではないがもうここはベトナムであり東京ではない。誰ひとり知る人もいない。携帯も繋がらない。だから、自分を信じて最初の一歩を踏み出し、旅ははじまったのである。

無事に、宿に到着。早速、宿の受付の気だるそうなお姉さんに地図に宿の目印だけつけてもらい、散歩にでかけた。まずは、大好きな郵便局に行き親友と両親にair mailを書いた。その後は気の向くままに歩き続けたのである。

プール。


「理由なんて、愛ひとつで十分だ。」
この言葉に惹かれ、そしてこの映画をみに行こうと決めた。

10/04/2009

いつだって。

ASIAN JAPANESE―アジアン・ジャパニーズ〈2〉 (新潮文庫)




普段からこれぐらいの行動力と度胸で歩いていければいいのになぁって思う。いつだって、突然思いつく。思いついた瞬間から私の頭はそのことで一杯となる。もう、他のことなんてなにひとつはいる隙間など存在しないのだ。

今回は、あまりに航空券がとれないので一度諦めた。でも、やっぱりそれは納得のいくものではなかったようで、前日にもう一度再チャレンジをした。

なんと、航空券がとれたのだ。なんともあっさりと。きっとキャンセルがでたのだろう。まぁ理由などなんでもよい。とれた事実に嬉しさがこみあげる。

久々のAsiaひとり旅。ほんのすこし不安もよぎった。でも、そんな不安はすぐにどこかにいってしまった。早速、リュックに最小限の荷物を詰めこんだ。準備はすぐに完了。明日、成田からベトナムに飛び立つ。      2009、9、25、 AM10:30 ホーチミンに向かった。

昔読んだ、小林紀晴のASIAN  JAPANESE2 は確かハノイから始まる。そんなことを思い出した。帰国したら、実家に帰り紐とくことにしようとそんなことを思いながら・・・。私の旅は始まったのである。

9/22/2009

なんだか・・・。

さっきまで生きていたのに・・・。さっき歯磨きをした時はあんなに嫌がっていたのに。死ぬってなんだろうか。生きるのは大変なのに、死はそれを全否定するかのようにあっけなくやってくる。


最近までひとりで食べることも立つこともできなかったのに、ひとりで立って、ひとりでご飯を食べて、「寂しいから話相手がほしい。」なんて言えるその人に、生きることの重みを感じる。


103歳の笑顔は本物な気がする。おじいちゃまが時折みせる笑顔に皆が癒される。美味しそうに牛乳を飲む姿に癒される。生きていること、ただそれだけに癒される。


自分の存在が誰かにとっての存在でありたいと、そう思う。

9/21/2009

インフルエンザ大流行。

月に数回勤務する、夜間小児救急外来。昨日は久々の勤務であった。インフルエンザ報道にて多少の覚悟はしていたものの、さすがにここまでとは予想していなかった。

外来の窓口は長蛇の列。待合室はマスクの子供とその親でごったがえし、診察室は膨大なカルテの山である。22時からの勤務であったが、そこにあったカルテは昼間の分。患者は何時間もひたすら診察を待っている状態である。

成人と違い子供は大変である。吸入をするだけでも泣き叫ぶ。吸入中ひとりの看護師がそこにとられてしまう。そして夜間のため、インフルエンザの簡易検査も私たちの仕事である。小児科医2人、看護師2人で真夜中の外来を回す。100人以上の患者をさばくのは至難の業である。

一向に減らない・・・むしろ増えていくカルテに軽い眩暈が生じてくる。全てが悪循環である。待たされてイライラの限界にきている親と、辛い子供。更に夜中で眠さもある。スタッフも疲れきっており、普段はすんなりいくことさえいかない現状にため息。

それでも、目の前の患者を投げ出すわけにはいかずひたすら回す。嘔吐・痙攣・喘息発作・意識障害・・・とにかくありとあらゆる子供がくる。新型インフルエンザの患者も後を絶たない。簡易検査のキットのAの欄にくっきりと線がでる状況をどれくらいみたのだろうか。なんだか、感覚も麻痺してくる。

インフルエンザAと診断された場合、市に報告書をだす義務がある。その紙をどれだけだしただろうか。もう数え切れない位である。

このままいくと、連日の報道のようにタミフルやリレンザがなくなるだけではなく、検査キットがなくなる日もくるのではないかと・・・・不安になる。

とにかく、手洗い・うがい、そして栄養と睡眠、休養が第一である。このままではインフルエンザが世界の人口を揺るがしかねないと、、、

誰一人、休憩することもトイレにいくことすらままならない状況で朝をむかえた。最後の診察が終わった時、外は明るかった・・・・。

家路に着き、意識なく眠りにつき今目覚めたが疲労が体を蝕んでいる状況はひとつも改善されていない。

9/18/2009

ペルー。

久々にaya姉に逢った。最後に逢ったのは肌寒かったから秋だったように思う。約1年ぶりか?今回は川崎のペルー料理を食べに行くことにした。

私はペルーを旅したことはない。メキシコからペルーまで行こうと旅をしたのに、途中で逢った人にアルゼンチンの魅力をたっぷりと聞かせてもらったら、ペルーに行こうという気持ちは一瞬にしてブエノスアイレスに行こうという気持ちに変わった。だから未開拓な国ペルー。

食べたことのないペルー料理はとても美味しかった。南米に共通する香辛料やらなにやら入っているせいか、味覚・嗅覚・視覚が脳にいき、旅を思い出させる。旅に行くと必ず飲んでいたワインの赤は更に私の旅の記憶を刺激する。更にaya姉と一緒に過ごす時間が私を刺激する。サンクリで出逢ったときとは、お互い大きく変化したのかもしれないし、そうでありたいと思う。けれども、根底に潜む何かは変化していない。それは、お互いの波長を合わせるためにとても必要な部分である。その変化しない部分が、今日も私たちに素敵な時間の共有を与えてくれるのだ。

どこかの国で待ち合わせをして、少しの時を一緒にできたらいいね。・・・と言いながら、お別れをした。次はチェコで逢う予定である。チェコビールのチェコ料理でまた素敵な時間を共有したいと、思いながら家路に着いた。

追記、

aya姉は自分の体の声をしっかりと聞き受け止め生きている。周囲に惑わされることなく自分の足で立っている。一方、私は自分の体の声に時々聴こえないふりをしている。そして周囲に惑わされ、結局、焦燥感からボタンを掛け違う。掛け違ったボタンに気づくのは一番最後。また全部外し、いちからやり直し。ボタンをひとつづかけていく。その時間を無駄と思うか否かは自分のその時の体調次第ではあるが、きっとその工程は無駄ではないはずである。けれどもできれば、同じ時間を要するとしたとしてもボタンを間違うことなくゆっくりと掛けていきたいと思うのだ。そのためには彼女のように、自分の体の声をしっかりと聞き、受け止めて生きていかなくてはと・・・そう思ったのである。

9/17/2009

距離。

相手との物理的距離は私にはどすることもできなかった。
こんなにも距離が私を憂鬱にさせるとは思わなかった。
世の中は不況だと騒ぐ。
某旅行会社の社長は旅離れを騒ぐ。
秋の大型連休だって過ぎた後なのに。

無情にも耳に響く、「お客様の希望の日前後10日はどの航空会社も満席状態です。」

この数日、ありとあらゆる手段を使い、航空券を探した。
けれども、毎回この言葉が私の全身に響き渡る。

ここまでダメであると、どうしても逢いたいという気持ちは高まる。
でもふっと過ぎる。

無理しちゃだめ・・・。

やっぱり、世の中にはバランスがあり川は一定の方向に流れているのだろう。自ら逆流を行くことは、危険を伴う。私はどうするべきなのか。どこで諦めるべきなのか。

諦めた。数日間逢えるかもしれないと胸を高まらせた自分でもう十分な気がしたから。

また、行きたいと思ったら今度は絶対に行こうと、そう思いながらもう航空券を探す受話器は元の場所に返すことにした。

9/06/2009

川。

のんびりと流れる、浅めの川が好きである。水の浄化作用は、私にはとても効果があるらしい。金沢の住みやすさはもしかしたら、川にもあったのかもしれない。

今日は満月。月にも大きな力があるような・・・。そういえば、助産師の友人が、満月は子供が沢山生まれてとっても大変なのって、言ってたなぁ。

籠屋さん。


母が栃木でどうしても行きたいと言っていた所がここ。

昔が素敵だったのか。過去はよく見えるのか。私の価値観の問題か。なんだかよくわからないけれど、このお店は落ち着く。お弁当箱とほうきと、たわしを購入した。母は欲しかった籠を購入して大満足の様子。

古き時代の建造物が、これから先も長く続くことを強くのぞむ・・・「風情があっても、なにがあっても食べていけなければ閉めるしかないよね・・・。」、そんなことがないような日本であるように、今後の政治に、そして国民の意識に期待し、そして自分自身もその意識を大事にしていかなくては。まずは、ものを大事にする心から・・かなぁ。

結婚式。

青春18切符を使い、母と栃木日帰りの旅をした。たまたま出会った人達を後ろから眺めつつカメラに1枚・・・。全く知らない人だけれど、「お幸せに。」と思わせる、そんな素敵な空間に時間が止まったような気がした。

こういう時に感じること。

やっぱり、母は私に結婚してもらいたいのだろうということ。こればっかりは、どうしたらいいものか。

名前。

どうして、この名前をつけたのか知りたい。この名前のおかげで家族みんなで笑ってしまいました。場所は、とちぎ駅前。  免許はもってないので、この駐車場に駐車できないのがとっても残念。それにしても、笑わしてくれてどうも有難う。

9/04/2009

友人から。

日々思うことは沢山ある。疑問に思うことも、考えることも、発見も、とにかく毎日が忙しい位いろんなことで溢れている。常に未来は想像できない。だから心配でもあり不安でもあり、そして楽しみでもあるのだろう。歳が重なることは、その全てが増えていくことでもある。けれども、それを全て抱えていたら、いつか袋は容量を超え破けてしまい・・・大事なものが無情にもこぼれていく。だから、少しづつ整理をして毎日を生きる。自分にとって、特に大事なものがこぼれ落ちないようにするために。

メキシコ繋がりの友人からメールが届く、一人の友人は仕事でメキシコに行くとのこと。もう一人の友人は勉強のためスペインに旅立った。写真が添付されていた。元気そうな彼女の笑顔に安堵する。異国の地で仕事や勉強を頑張っている友人からの手紙は私を上に導いてくれる。私も頑張って生きなくてはと思わせてくれる。尊敬できる友人を持てたことは私にとっての大きな財産であり、そして友人の存在だったり、いろんなことに感謝をしながら生きることができるようになったのは少し自分が大人になった証なのかもしれないと思った。昔はいろんなことが当たり前であると思っていた。全く感謝をしないで生きていたわけではないが、それに近い位置にいたように思う。いろんなことが当然であると思っていたのだ。けれども、 感謝をしながら生きるということが、毎日を楽しく生きるコツなのかもしれないと最近気づいたのである。



8/29/2009

六本木。

六本木に行くことなどあまりない。けれども、今週は2回も六本木に行った。DEAN&DELUCAの縁日が開催されていたため、ミッドタウンに足を運んだ。思った以上の人に戸惑いを感じたが、美味しい料理とお酒で徐々に気分が乗りだし、最後はチーズ袋詰めに挑戦した。これが思った以上に楽しく、通常150g入ればいい所を友人と必死に詰め込みなんと230g!店員さんにも驚かれる始末・・・。楽しい縁日であった。東京タワーを眺めながら六本木一丁目の駅まで歩いた。夜の涼しい風にあたり、一日の最後としてはとても素敵な時間を過ごせたと思う。来年も縁日行かなくては。早速、手帳に書き込んだ。
今日はアメリカ大使館でお祭りがあるとのこと。友人に誘われ大使館を訪れると、待ち受けていたのは長蛇の列。同居人と相談の結果、炎天下で待つのは無理・・・ということで赤坂にある有機野菜のイタリアンでランチをするこにした。帰りにまたもやミッドタウンに戻り、ドイツ祭りに参加。美味しいBEERとウインナー、そしてリッツカールトンのマッシュポテトの美味しさを自然に囲まれて楽しみ、今日も素敵な一日であった。
六本木はサルサ以外では森美術館に行く程度。滅多に行くことはなかったが、ミッドタウンの自然に魅せられてしまったので、本と飲み物をもって散歩に来ようと決めた。木々の間から見える高層ビル・・・私は結構好きである。








8/22/2009

ドア。

私はどうしてあの時、許すことができなかったのだろう。 私はどうしてあの時、空いていたドアを横目で見ながら通りすぎたのだろう。 私はどうしてあの時、ドアを自ら閉めてしまったのだろう。 それでも、開けてくれたドアに進もうとは到底思えなかったし、するべきではなかったし、したくなかった。

でも最近そのドアを閉めたことを後悔していることがある。再び開けなかったことも後悔している。なんだろう。ちょっと弱っているのかもしれない。最近が小さな波がずっと続いていて船酔いから脱出できないままである。

今日は同居人の試験の日。私はお休み。同居人のためにお弁当を作った。そして、少し心が軽くなった。夜は同居人が美味しいホットケーキを作ってくれた。私の好きなトマトジュースを添えて・・・。夕食が済むと、ラジオのダイヤルを810に合わせ足つぼ押しをお互いにした。そんな日常のひとコマに幸せを感じ、もう眠りにつくことにする。船酔いは少しだけよくなった。

8/15/2009

Les Paul




音楽やギターに詳しくはない。けれども、ラジオから流れてくる音楽の中でも意識的に耳を傾けてしまうのは、ギターやピアノの音。彼が、昨日94歳で天に召された。ラジオから彼の音が聴こえ、そしてその訃報を知った。彼は死ぬまでギタリストであり、その生き方は素敵である。

同居人とラジオに耳を傾けながら、この時代を生きたかったと話す。物質的な豊かさを手にいれて精神的な弱さをその代償として与えられた。そんな気がしてならない。思い込みかもしれないし、そんなこと誰も望んでないよと言われてしまうかもしれないけれど、思うことがある。仕事も家庭も両立している人を、家庭や子供を持たなければ仕事で結果をだし頑張っている人を、世間は評価し、そして絶賛し、目標にして生きろと言う。

自然に生きるのが一番と、スローライフなんて言葉で頑張らなくてはいいといいながらも世間はこぞって素敵なスローライフ人と取り上げて、これがスローライフであると言う。

私達には、生きていく上で「隙間」がない。隙間をつくるとすぐに何かがそこに流れ込んでくる。常に何か目標をもって生きていかなくてはいけないと、声なき声が空気感染して私のもとまでやってくる。

頑張ることも頑張らないことも許されない、そんな現状に疲れてしまう。毎日、宿探しと食料調達、そして自分の感覚であらゆるリスクを感じ選択していた、旅の毎日が恋しい。

ぬるま湯につかり、不平・不満ばかりを口にしてしまう自分にがっかりする。久々に、ラジオから流れてきた彼の音楽に、ほんのひと時だけ、「休息」をもらった気がしたのである。

そんな彼なら捨てちゃえば?




友人がこの映画はお薦めよと、言う。



最近思ったこと、というか気づいたことがある。結婚している友人たちに結婚しないのかと問われる。いい人がいればねぇと言うと、いい人ってどんな人?理想が高すぎるのよ、と言われる。妥協と諦めが必要よと言われる。独身の友人達と話す。理想なんて高くないのにねぇ。でも実際は理想が高いのだと気づいた。大きな理想はないが、細かい理想が高いのだ。人間には上昇志向というものがある。だから、18歳の時よりも、20歳の時よりも、25歳の時よりも30歳の時よりも、無論現在の私は逢った人や情報やあらゆるものの絶対量が増えている。ということは、目もこえているのである。

妥協とか諦めの先に、輝かしい未来を描ける人とそうでない人。最近マンションを購入し、おひとり様を満喫する決意をした友人と、私たちはそうでない人なのだろうと話す。

この映画、DVDになったら早速レンタルしに行こうと思う。

8/02/2009

ハワイ。

サウスポイント   ハワイに足を踏み入れたことはない。きっとどこかで、外国なのに日本・・・という固定概念があったからなのだろう。私は旅に異国を感じたかった。私は旅に現実の中の非現実を見出したかった。だから、ハワイは勝手に違うと思っていた。でも、最近、なぜかハワイに足を踏み入れたいと思うことが多い。そんな時、古本屋でこの本をみつけた。更に、ハワイの風が感じたくなったし、ハワイの気を吸いたくなったのである。ハワイ・・・そこは一体どんなところなのだろうか。いつか足を踏み入れたいと思う。でもこの地はひとり旅ではないように思う。大事な人と一緒に、同じを空を見上げ、同じ風にあたり、同じ気を吸い、その心地よい何かに包まれて時を過ごしたいと、そうなぜだかわからないけれど思ったのである。それはきっとこの本を読み終えて、少なからず興奮しているからなのだろうけど。

ちょっとしたことだけど。



商店街に時計屋さんがある。おじいちゃまが4人位でやっている様子。いつもその前を通ると気になっていた。最近まで、定額給付金を何に使おうか考えていた。やっぱり時計を購入することにした。給付金+α・・・で、ピンクの革の時計を購入することにした。おじいちゃま達は、なぜかみんなで私の時計の購入に付き合ってくれた。私の手首をちらっとみて、just sizeにbeltを合わしてくれたのには感激した。時間も合わせてくれ、日付もあわせてくれ、そしてとても素敵な笑顔で優しい声で何度も「有難うね。」と言われた。なんだか、とっても素敵なお買い物ができたような気がした。これが、買い物なんだなぁって思った。この時計大事にしよう。そして、時間を大事にしよう。「いつでも修理するよ。」と言ってくれたけど。


とても些細な変化かもしれない。きっと、人に話せばそんな事?って言われる位の事なんだろう。でも私は、その些細な自分の中の変化がなんだか嬉しい。

ビニール傘は買わない。持たない。いつでも鞄に傘を忍びこませるか、あるいは長傘を持ち歩く。

時計はTPOでかえる。指輪もピアスもネックレスも、その日の洋服でかえる。

靴は一日履いたら、一日お休みさせる。鞄も同じ。

メイクはその日のうちに落とす。どこに行くにも、化粧直しのポーチは鞄にいれておく。

仕事の日は出掛ける2時間前には必ず起床する。

仕事の日は必ずお弁当を作り、水筒を持参する。

コンビニではなく、商店街でお買い物をする。

家計簿をつける。

同年代の友人はきっと、当たり前と私を笑うのだろう。でも、私はやっとここまできたのである。なんだか、少しだけ大人の階段を進んだような気がして、ただそれだけで嬉しいのである。

ちょっとしたことの積み重ねが、私の生きるレールを磨いて自信をもたせてくれ、歩きやすく、走りやすくしてくれるのだ。

7/26/2009

わかっていたけど。


ブラジルの風は、キューバの風は、そうサルサの風は私の肌に心地よい風をあててくれる。でも、この風は私の肌を冷やすだけ冷やして終わり。そうなることは、最初からわかっていたのに、自ら風にあたりにいってしまった自分が悪い。あらかじめ予想していたこのに飛び込む自分が悪い。

少しづつ変わる必要があるのかもしれないと思ったから。このままではいけないと思ったから。

でも、このままでいい。こういう空気で肌を冷やすのはやめようと思う。この空気・・・私には合わなかった。全く合わなかった。気づかない振りをここでもしていたけど、もう無理なのだ。潔く認めようと思う。何杯飲んでも、全く酔わないことが証明している。よっぽど体の方が正直である。

ばななの言うように、

「ただ、ばかみたいに単純に。」

それでいい。・・・・冷え切った体は明日仕事場で温めよう。  

7/22/2009

本当は。


虹を、夕日を、皆が立ち止まり眺めている。普段は誰も立ち止まることなどなく通り過ぎる駅。その駅で足を止めさせたのは、虹であり夕日であった。どの人の顔も表情豊かである。無論、怒っている人などひとりもいない。

本当は皆、こういうものを求めているのかもしれない。ただ、それに気づいていないだけ。本当は誰も、いそいでいないのかもしれない。ただ、周囲の空気に圧倒されているだけなのだ。本当はみんなが、人を求め、自然を求め、生きているのだろう。

そう、自然は・・・地球は、私たちを作り上げてくれた存在であるのだから。

夕日を見ると、あの人を思い出す。あの人を思い出すとまた思い出すことがある。記憶が連鎖する。そして、ちょっぴり寂しく、ちょっぴり温かい気持ちとなる。夕日は皆に、いろいろなものを呼び起こしてくれるのだろう。

7/21/2009

MEET


中学1年生で習得するmeetの意味は大抵の人が知っているのだろう。それは「会う」という意味。でもそれ以外にも意味はある。「満たす」。いつもこの意味がでてこない。私の中で「会う」と「満たす」がイコールされない。

久々にみた虹はイスタンブールを思い出す。あの雨上がりに目の前に突如できた大きな虹を。あの時の私と今の私は結局の所何も変わっていないのかもしれないし、変わりすぎてしまったのかもしれない。生きることに貪欲であるときとそうでないときの毎日が大きく違うように、自由を激しく求めているときとそうでないときの毎日が大きく違うように。私には何が何で、そしてどうしていったらいいのか混乱している。

「ないものねだり」が結局の所、一番しっくりと今の自分を表現する言葉のように思う。それは決して「隣の芝生は青くみえる」ではない。ないものねだりをしている自分をどこかで気づきながらもそんなはずはないと否定したい私は気づかないふりをする。いろんなことに気づかないふりをして、それに辛くなって混乱する。それが最近の私の常である。

最近気づいている。生きることが極端に苦手でちょっとしたことでぶれてしまう弱くて中途半端な私に「自由」を求めることは酷であると・・・。「自由」は強い人の専売特許。私の思う強い人、それは自分だけを生きている人。私は「不自由」の中で「自由」っていいなぁって呟くくらいが丁度いいのかもしれない。以前放映していた派遣の品格の主人公のように「それがなにか?」と言える強さを私は持っていないから。

7/16/2009

アイス。

アルゼンチン アイス屋



暑かったあの日。私は確かにこのお店でアイスを食べていた。今後のことなんてひとつも決まっていないのに、帰国後のことなんてどこかに放り投げ、アイスを食べている自分を楽しんだ。暑いから、そこに美味しいアイス屋さんがあるから、だから私は毎日アイスを食べた。美味しかった。その事実に満足であった。それで充分であった。

でも、アイスが美味しかったのも全てが楽しかったのも全ては現実を直視することをやめていたからなのかもしれない。現実はアイスのように甘くもなく、暑さで溶けてしまうこともない。私はアイスのように生きられない。だから、アイスを食べている自分にどこか優しさを持ちたかったのかもしれない。

7/14/2009

悩み。


鮮明に写すことができない。それは、今の私の心境を知ってのことなのか・・・。更新された保険証が送られてきた。新しい保険証の裏は臓器提供の意思カードとなっていた。

1・・・2・・・3・・・。医療従事者であったら悩むべきではないのかも知れない。でも悩んでしまう。結局結論はでず、何も書かずにお財布にしまった。

最近、肺癌で死んだ人のNEWSを見ながらあの人を思い出した。彼を思い出すのは久しぶりである。まだ私が新人だった頃、ある感染症から肝臓癌がみつかり入院してきた人がいた。彼は29歳、1ヵ月後に結婚を控えた人であった。余命は3ヶ月と言われていたが、3ヶ月も命は続かず入籍1週間で逝ってしまった。

あの当時の彼の年齢を超えたんだなぁって気づき、何か思うことがある。言葉では上手く説明できないけれど、思うことがある。

私が突如、命を落としたら、今私と供に生きている臓器や感覚器で誰かの命が助かるのかもしれないし、苦痛を緩和してあげることもできるかもしれないし、その周囲の人たちを笑顔にすることも可能かもしれない。

もし・・・という、仮定の話は苦手分野であるが、このカードの選択肢を繰り返し読んで頭を過ぎるのは、もし・・・しかない。

もう少し、ゆっくりと自分と対話をしてから決断を下そうとそう思った。それからでも遅くないと信じて。

7/12/2009

選挙。

私の地区の投票場所は、小学校。久々に入る小学校の体育館はなんだか小さく感じた。私の通っていた体育館もきっとこんな感じの大きさ。小学生っていろんな意味で小さくて、毎日学校と家の往復で、私の喜怒哀楽は全てそのふたつの空間に凝縮されていた。あの時は今がくるなんて思いもしなくて、今よりももっと必死で生きていたはずなのに、なんで私は生きているの?なんてそんな馬鹿らしい思いなど過ぎることもなかった。全ての事実に意味があるなんてことは、知らなかったから。でも、今も全てのことに意味があるとは思えていない。体のどこかでその思いをはねつけているように思う。

正職員で勤務しているときは毎月1回、話し合いがあった。参加できなければ、委任状を書いて提出していた。選挙に向かいながらその意味をふっと思った。選挙にいかないということは、全てを他の人に託しているのである。単純に考えれば、後からいろんなことを言う権利はない。国に置き換えてもそうなんだろう。やっぱり、税金を納める義務を果たさなくてはいけないように、投票にもいかなくてはいけないのだろう。

人は責任を誰かに転嫁させたい生き物のように思う。それが善であるか悪であるかはわからないけれど、マイナスなことばかり言ってないで、人を非難してばかりいないで、どうやったら良くなるかを皆で考えるべきなのではないのだろうか。どの党でも構わない。そんなことに拘っていてはいけないように思う。

仕事でいつも言い聞かしていること。人間関係でいつも言い聞かしていること。

「人を変えようと努力するより、自分を変えるほうがいい。」

それは、信念を曲げるとかそういうことではない。もっともっと、奥深くそして簡単なことなのであるように思う。

7/10/2009

あっけない・・・。

本格的に声がでなくなってきた。咳のしすぎで目覚めてからも体が気だるい。

こんな時は、映画でもみようと思い立ち近くのTSUTAYAで恋愛コメディをかりた。THE HOLIDAY・・・頭を休めるのにはとてもいい映画であった。無論、声がそれで治るわけではない。悪化の一歩をたどっているようだ。

最近、友人が携帯が故障して電話帳のメモリーがとんでしまったので連絡をくださいとブログに書いていたのを思い出し、友人にメールをした。なんと、その直後に私にも同じ事件が発生した。

なんとあっけないものか・・・最近メールを交わした友人達以外はアドレスも電話番号もわからなくなってしまった。なんともあっけないものである。

仕方ない、これも何か意味があってのことだろう。と携帯電話の画面を見ながらつぶやいた。それにしても、年賀状の習慣が私にはまだあってよかった・・・地道に手紙でも書こうかなぁ。

7/09/2009

自然。

久々に皆に会った。一ヶ月ぶりの私を温かく迎えいれてくれたこの場所がなんだかんだ好きである。心の風邪をひきやすくなった私。最近とみにひきやすい私にとってとてもハイリスクな場所でもある。それでも、やっぱり皆が好きでこの空間が好きである。ここにいると、生きている実感が湧く。一日を生き抜くことがどんなに大変なことか実感する。生きるとはとてつもないエネルギーが必要なのである。

皆で都内の庭園に散歩にいった。自然のエネルギーは人間には作り出すことのできないものである。そのエネルギーを全身で感じそして体内に取り込み、体を軽くして皆で充実した時間を共有することができたのである。

「いつもはひとりで来て、のんびりとするんです。無の世界に入り込んで行ける気がして。でも、こうやってみんなでくるのもいいものですね。」とある人が言う。

私もひとりで過ごす時間が好きである。けれども、たまにはみんなで肩を並べて自然のエネルギーを感じるのもいいのかもしれない。

7/08/2009

この世で一番美しいものは、

人の心のなかにある。そう、現代アートの作家である内藤礼さんは言う。

その言葉に脳科学者の茂木先生は、こう付け加えている。

「心の美しき人は、自分自身と折り合いがついている。どんな外見でも、境遇でも、そのような自分を受け入れ、欠点を含めて温かく見つめることができる人は、心が美しい。一方、自分がどうしても好きになれない、という人も、心の動的なバランスを回復する道はある。自分に欠けているものをめぐって、同じところぐるぐる回ってはいけない。そうすると、無限の暗闇に落ちてバランスを果てしなく崩していく。自分に欠けているものを補ってくれるものが、この広い世界の中に必ずある。そう信じて、動けばいい。一歩を踏み出せば良い。自分というジグソーパズルに欠けている「ピース」を探して世界を旅する人の姿は美しい。その人生の先には、偶然に出会う幸運が待っている。

心が美しいということを、顔の形の美しさのような、完成されたものとして考えるのではなく、常に動いているもの、未完成なもの、そして、私たちが生きる限り続いていくものと考えること。心の美しさを、ダイナミクスの中にとらえること。そのような気付きがあるだけで、生きることが楽になる人が、沢山いるのではないかと思う。未完成でもいいのです。不完全でもいいのです。現状が嫌でもいいのです。大いに動いてください。揺れてください。ただ、バランスだけは崩さないでください。

あの日、画廊の中で作品に囲まれながら「この世で一番美しいものは、人の心の中にある。」といった内藤礼さんは、一つの生命の事実を語っていたのではないかと思う。」

自分自身と折り合いをつけて、バランスを保ち生きていきたい。そう、ふたりの言葉を何度も読み返し、自分の生きてきた過程と照らし合わせ、そして現状を確認し、強くそう思ったのである。本当の意味で大人になるということはこういうことなのかもしれない。

七夕。

7月7日、七夕の日。メトロの駅にはこんな粋な計らいが・・・。早速私も書いてみた。それにしても、沢山の人が短冊に何やら書いている。この習慣、やっぱり好きである。

健康で、笑顔な日々が送れますように、と書いたのだが電車の冷房で喉をやられてしまいありえない程のハスキーボイスになってしまった。咳もとまらない。やれやれである。

でも、これ位の症状でおさまっているから感謝しなくては。

詩。

以前、谷川俊太郎の詩をブログに載せた。たしか、アメリⅡだったと思うが。友人からメールがきた。あの素敵な詩を今度朗読会で朗読したいとのこと。久々に実家に戻り彼の詩集を紐といてみようと、そう思った。

うたがうことばかりしっていて
しんじることをしらなかった

きずつくまいとして
あいするものからめをそらし
かぎりないそらをみて
かぜにゆれるきぎをみて

おおむかしをゆめみて
かえることのできるほらあなをさがした

だがいつもはあっというまに
きょうは明日となり
明日はきのうになり

あたらしくうまれてくるものたちだけが
つかのまてんしのすがたして
みえないつばさではばたき
こころのくらやみをふきちらした





大人になりたかった。でも実際大人になると嬉しさより寂しさや悲しさのほうが大きく感じる日々。子供の頃は、疑うことも知らなかったし信じることも知らなかった。信じるなんて言葉を使わなくとも、全身で信じていた・・・その意味など全くわからないのに。でもそれでよかったのである。意味とか理由なんて本当は必要ないのかもしれない。自由とは何かと考えることがすでに不自由であるように、信じるとはなにかと考えることがすでに疑いなのかもしれない。大人になった私は、傷つくことをおそれて足踏みすることばかり。

7/07/2009

23区


先日、弟の住む家に母と遊びに行き帰りに渋谷のマークシティーにあるスペイン料理屋に寄った。パエリアの出来上がりに時間を要するとのことで、23区を思い出そうということになった。20区位は順調であったのに、それ以降全くでてこない。結局わからないままにパエリアを食し、帰宅したのである。

今日、久々に逢った友人にその話をするともう一度やってみようということになったのである。やっぱり最後の3つがなかなかでてこない。そして、最後の一区・・・・ふたりの力を合わしても無理であり、近くにいた人に聞いてみた。そうだっ!練馬区だ。・・・練馬区在住の人ごめんなさい。

それにしても、以外といえないものである。東京にとても長いこと住んでいるのに・・・。皆はスラスラと言えるのだろうか、23区を。

7/04/2009

なんだか。

殺伐とした世の中・・・最近その言葉をよく耳にする。殺伐という響きも漢字も、その意味を明確化することに成功している。むしろ、増強させているようにも思う。
 
肩がぶつかって口論の末、お互い命を失う。

その背景に何が存在しているのかはNEWSではわからない。けれどもあまりにもこの事実は悲しすぎる。決してひとごとではないこの事件に何か恐怖を感じたのは私だけではないように思う。

電車の中のアナウンスに驚いた。いつからこんなに多くの注意事項を含んだ放送が始まったのだろうか。以前は、優先席の前では携帯の電源を切ること・車内では通話をしないこと位であったように思う。けれども、つい最近耳にした放送は、それに加えて、音漏れ・大声での会話なども含まれていた。


なんだか、いろんなことが漠然と不安になってきた。そんな矢先に、買い物先で横はいりをされて、とうとう悲しくなってしまった。

見知らぬ人にこそ優しい人でありたい。

7/03/2009

眠り。

夜勤の仕事を月に数回にした。そして、昼間の仕事に変更した。毎日、5時に目が覚める。珈琲もしくはハーブteaをカップに注ぎ、体に流し込む。POSTから新聞をとり、スーパーの広告をチェックする。それにしても、最近新聞も広告も薄くなったと思う。これも不況のせいなのだろうか。ひと段落したらお弁当を作る。作りながら朝食を摂る。TVをつけるが、民放は同じNEWSを繰り返し騒がしく、朝のひとときの邪魔となるためNHKをつける。メイクをして髪をとかし洋服に着替える。同居人と家をでて、毎回8:50、5号車に乗車。途中まで軽い会話を交わし別れる。次の電車はひと駅分だけ満員電車。そこを我慢すれば比較的空く。早めにつくので仕事場と駅の間のドトールでアイス珈琲を飲む。そして出勤。19:00に仕事を終え、乗り換えの駅に到着。最近お気に入りの駅中のBarでハーパーのロックWを飲みながら、よく話すカウンターの男の子との会話を楽しむ。そして、帰宅。入浴をして、時に勉強、時に読書、時に何もせず、就寝。

大きな刺激があるわけではない。日々、同じ生活の繰り返し。同じ物語が繰り返される。でも、それでいい。否、それがいい。夜に布団で眠れること。ただそれだけでも、私にとっては幸せである。

誰かがやらなくてはいけないのなら、自分がやろうと思って頑張っていた時もあった。けれども、誰かがやってくれるのなら、それに甘んじて生きていこうとそう思ったのである。夜に働く人は必要である。でも私は月に数回の夜を苦しむ子供と過ごす以外は、お布団の中にいようと思う。

体を思いっきりのばして、自分の布団で眠ることがどんなに素敵なことで、どんなに幸せか。皆、自分が生きていることがどんなに素敵なことかうっかり忘れているように、この事実も忘れているのだろう。私もうっかり忘れていた・・・やっと思い出したところである。

こころ

私は過去の因果で人を疑りつけている。
だから実はあなたも疑っている。
しかし、どうもあなただけは疑りたくない。
あなたは疑るにはあまりに単純すぎるようだ。
私は死ぬ前にたった一人でよいから、
他を信用して死にたいと思っている。
あなたはそのたった一人になれますか。
なってくれますか。あなたは腹の底から真面目ですか。

夏目漱石 こころ



ある人が言う。人を裏切ったり騙したりするくらいなら、裏切られたり騙されたりするほうがいい・・・と。私はその意見に返答できなかった。私にはその選択はできない。そんなに強く生きられない。

6/29/2009

What would you have done?




ナチスの犯罪を問う裁判。
What would you have done?

あの日、そうクラコフから電車に揺られていったアウシュビッツでの自分のとまどいを今でも消化できない。だから、この映画を観ようと思う。

Michael Jackson

http://www.youtube.com/watch?v=Zj9gbPyzXSw

彼の死に世界中の人が衝撃を受けている。けれども、私には遠い人である。勿論、存在は知っている。有名な曲を映像とともに聞けば彼だと認識はできると思う。だが、ラジオであったら、彼であると認識できるかは不安である。私にとっては、彼に対しての認識は世界の人が知っている歌手でありダンサーであるという一般的な知識に過ぎなかったのである。そんな私が彼のこの曲の存在を知りそしてそのPVをみて、胸が締めつけられ、彼のファンとなった。

メディアは死因について騒いでいる。確かに大事なことなのだろう。けれども、誰もが知っている。人は生き返ることはないと・・・。だから、今メディアがすべきことは彼が皆に訴えていた環境についてだったり、平和についてだったり、愛情についてだったり、そういう彼の全身からでていた思いを皆に伝え、共有し世界中の人で、地球を愛していくことではないかと、このPVを何度もみて・・・そう思ったのである。

6/26/2009

太宰とハーパー。


先日、母からこの本を借りた。太宰を読んだのは中学生の頃なので、すでに作品の内容すら覚えていない。当時の私には惹かれるものがきっとなかったのだろう。同時期に読んでいた、三島由紀夫やドストエフスキーは印象深いのに対して、彼の作品は私の心から消えていた。最近、太宰の作品が店頭を占拠しており朝日新聞でも太宰の読書感想文ならず、討論会のようなものが展開されていたため、やや気になっていた。
実家に帰った際に、母の本棚から2段読みのハードカバーの太宰の全集をみつけたのである。昭和44年頃の印刷であるその本からは、私の好きなあの独特の本のにおいがする。早速借りて、電車の中で読み始めたのであるが・・・・その衝撃といったらなかった。なぜ私は中学生の時以来、彼の作品を手にしなかったのか悔やまれてならない。それ位、彼の作品に一瞬で引き込まれていったのである。彼の独特の世界観、その哲学的な考え方は、まさに今の私の生き様にリンクするのだ。

こないだ発売された春樹の本を読むときも勿体なくて、ゆっくりと読んだ。彼の世界にずっと足を踏み入れていたかったから。だから、あえて私は何度も同じところを読み返しては考え、とてもゆっくりと彼の世界を堪能したのである。けれども、春樹は生きている。だから、これから先も彼の作品を読むことは可能である。しかし、太宰の作品はもうこれ以上増えることはないのである。そう思うと、ひとつひとつの作品を時間をかけて丁寧に読み進めていきたいとそう思うのである。

乗り換えの駅の構内にあるBarの黒板に「ハーパー始めました。」と書かれている。彼の作品はここで読もうと決めた。ハーパーを飲みながら、斜陽の世界にどっぷりとつかった。直治の世界に更にどっぷりとつかった。しばらくはそこから這い上がれず、ハーパーがそこにあることを感謝した。

電車から見上げた空があまりにも綺麗で途中下車した。改札をでたところからその景色を切り取ってみた。私がその景色を切り取ろうが誰も気にしない。世界はそれでも動いているのだ。その事実にしばし浸り、そして帰宅。今日はなんだか眠いのでもう眠りにつこうと思う。

6/25/2009

紫陽花。

久々に実家に帰った。同じ都内であり片道450円なのに帰らないのはなんだか親不孝な気がして、両親の顔を見にきたわけだが・・・。



庭いじりが大好きな母。最初に飛び込んできたのは紫陽花。この時期は雨ばかりで気分が滅入る。本当は水に感謝しなくてはいけないのに、傘をもつことの面倒さとか、服が濡れることだったりとか、洗濯物が乾かないことだったりとか、マイナスなことで毎日が憂鬱になる。そんなこの時期に紫陽花とカタツムリの存在がその憂鬱さを軽減してくれるのだ。

久々に晴れた今日は、母にもらった下駄を履いて近所をお散歩。今住んでいるところも大好きだけれど、やっぱり生まれ育った実家に勝るものはない。無条件で愛してくれる家族の存在と、しまりすの寅之助と桜、そして緑と青空と、いろいろなものに感謝できた今日は、素敵な休日であった。

そろそろ、梅雨があけて夏がくる。私にとっては夏は下駄の時期である。母にもらった下駄を履いてそろそろ家に戻ろう。