12/30/2008

次の日。



ふたりの忘年会から一夜明けて・・・。
30日。

相変わらず、間際になって年賀状に勤しむ私。
同じテーブルの反対側で同居人は大量のゆずを
種をとりカットして、ゆず漬けを作っている。

リビングにゆずの香りが充満している。


「なんだか、年末って感じだね。」
同居人が楽しそうに言う。

谷中珈琲で購入したイエメン産の豆をミルで挽き、
それを彼女がドリップしてくれる間、近所の
パン屋さんにコロッケパンとフランスパンを購入しに
出掛ける。

その後、私は仕事へ。
彼女は大学時代の友人たちを招いての
忘年会の準備にとりかかる。

もう、年が終わる。

12/29/2008

忘年会。

普段は生活パターンが大きく異なるためにすれ違うことが多い、私と同居人。
ひとり暮らしと違って、例え同居人がいなくとも気配が
あるので寂しさは半減する。気配があるのとないのでは違う。 
たまには、気配に寂しさを感じることもあるけれど・・・。

ふたりの忘年会をすることにした。
夜勤続きの私のために、彼女が忘年会の用意を全て
してくれたのである。

えびのまるごと塩焼き
ポトフ、サラダ(cheeseやOLIVEがふんだんに使われていた)
近所にあるパン屋の絶品フランスパン
ベルギーBEER ワイン

夜勤から帰宅すると、テーブルにならんでいた料理の数々。
素敵な忘年会は始まったのである。

しめは・・・最近二人ではまっている海外ドラマの
「brothers&sisters」である。

久々にソファにもたれて、ふたりでのんびりとした時間を
過ごしたのである。

12/24/2008

クリスマスイブ、そしてクリスマス。

この仕事に就いて10年。
行事なんて全て仕事。好んで仕事をしているので
特に不満はないが・・・。

今年は、仕事が明けてその足で喫茶店のバイト
となった24・25日。

患者さん以外の人とクリスマスをお祝いするのって
とても久々である。なんだかとても嬉しい。

本当は、金沢のローレンスさんに逢いに行く予定で
あったし、サルサのレッスンに行く予定であったのだが、
仕事の調整がつかず断念したのである。


だから、喫茶店でクリスマスをお祝いできることは
とても嬉しかったのである。

病院も喫茶店も忙しかったけれどステキな2日間
であった。たまにはこんな形でクリスマスをお祝いする
のもいいいものなんだと、発見。

帰宅すると、同居人であろうサンタさんから
素敵な贈り物が届いていた。

枕元にプレゼントが置かれていたのは、何年ぶりだろうか。



余談・・・バスでの幼稚園児と両親の会話。
子供「ねぇ、サンタさんのためにアメとチョコを用意したいの。
   後ね、トナカイさんのために人参も。後は色紙ね。」
両親「トナカイさんは人参が好きなの?」
子供「そうよ。トナカイさんは人参が好きなの。」
両親「サンタさんは忙しいから、色紙は書いてる暇はないかもよ。」
子供「大丈夫よ。サンタさんはすごい人なんだから。世界中の子供に
  プレゼントを配れちゃうんだもの。」

私もサンタさんを随分長いこと信じていた。サンタさんの字が母の字で
あるとは全く気づかずに・・・。

12/22/2008

再会。

何ヶ月ぶりだろうか。8ヶ月は経っている。
バーレーンで再会して、2週間以上お世話になり、
あまりの居心地の良さにお別れの時の涙が
止まらなかった私。

また再会できるからとなだめられて、彼女と
別れ飛行機に乗ったのを昨日のことのように
覚えている。

その彼女と東京で再会した。
彼女の旦那さまにも逢いたかったのと、東京の
満員電車などひとりでは心配なので、旦那さま
と一緒に通勤してもらった。

久々にあった夫妻はいつもの笑顔でそこに居た。
場所が変わっても、私と夫妻の距離は変わらない。
だから、何の違和感を感じることもなく再会を
果たすことができたのである。
まぁ、しいていえばちょっとした気恥ずかしさは
あったが・・・。

彼女がどうしても行きたいと言ったのは
私の「斜めの家」。

ということで、まずは近所の古びた喫茶店に寄りつつ、
私の家に寄り、「ほんとうに斜めで雨漏りもして・・。
誇張してるわけではなかったんだ。」とのコメントを
もらい、私の潔白は証明されたところで、近所の
お薦めのインドカレー屋さんでランチをした。

そして久久に、上野の国立博物館を楽しんだ。
楽しい時間とは、無情にもすぐに過ぎ去るもので、
朝の8時に再会してからあっという間の9時間。
彼女との再会初日は幕をおろしたのである。

楽しい時間の後の、なんともいえない寂しさが苦手な私は、
その足で、いつも一杯を楽しむカフェに行き、いつもの
赤ワインとたこのカルパッチョを注文した。・・と、同居人から
連絡があり合流。一杯のつもりが、デキャンタになりボトルに
なり、ほどよく酔っ払った私たちは千鳥足とまではいか
ないが、そんな足取りで帰宅した。

長くて短い、充実した日はTSUTAYAでかりた海外ドラマ
の「brothers&sisters」の鑑賞でEND。

12/20/2008

母とランチ。





御岳駅から徒歩10分程度の所にある、お豆腐屋さん「ままごと屋」がある。
そこのランチを食べに、そしてかんざし美術館にも行きたかったので、母と待ち合わせをして、久々の御岳を満喫したのである。





のんびりと、ランチを楽しんだ。まずは、母と麦酒で乾杯。本当は目の前が酒蔵だから日本酒なんだけれど・・・母の希望にて。




幼い頃、週末には御岳か奥多摩にいた。何度となくみたこの景色も、今改めて見ると新鮮である。




かんざし美術館は母の勧めで初めて訪れた。こじんんまりとした美術館であり、来館者は私と母だけであったが、とても素敵な美術館であった。

外国を旅することにはまったのと同時に、日本の文化にはまりだした。
なんとも不思議な話であるが、旅人の共通点。

「外にでて初めて知る、日本の素敵さ。」

12/14/2008

今日は雨。

本格的な雨で、家の雨漏りはひどくなる。
昨日までの暖かさはいずこ?今日はなんだか寒い。
そっかぁ・・・もう12月も半ばだものね。
とつぶやき、寒さに抵抗するのはやめた。

最近、角の古びた喫茶店に行かないと落ち着かない。
経済的なことを考えれば、モスやドトールもあるので、
そちらに行けばいいのだが、行ってみたけれど、
どうにもこうにも落ち着かない。
やっぱり、あのアンティークなイスに座り、クラッシックの音楽で、
そして素敵なカップで珈琲を飲むのが好きである。
コーヒーではなく珈琲が好きなのだろう。

人に何かをしようとか、助けてあげようとか、
なんとなくそんな思いが強い時は、自分が助けられている。
人との関係はいつだって「もちつもたれつ。」
なんだと、最近更に強く思う。

久々に逢った友人たち。30分程度であったけど、
なんだかそこに自分がいるべきではない、なんだか、
そこにいる自分に窮屈を感じた。

時間が流動しているように、人も流動する。
その流れは誰にも止められない。悲しい?のかも
わからないけれど、今の私とは何かが違う。
昔は合っていた、ピースは今はもう合わない。

これが、生きるということなんだろう。

12/10/2008

素敵なお知らせ。

MEXICOの、とある宿で出逢った彼女。
彼女と次に再会したのは彼女の実家である和歌山。
そして次に、東京で再会した。
今、彼女は京都に在住している。

スペイン語が堪能な彼女。私よりいくつも年下で、
「姉さん」と慕ってくれる。

そんな彼女に、バルセロナからエアメールを書いた。
私はエアメールを書くことが大好きである。
でも、その手紙が友人の手に渡ったところまでしか
確認はできない。その後、どうなっているかは不明
である。

私は、エアメールだけを集めてハガキフォルダーのような
もので保管している。

ある時、友人の家に行くと私が送った全てのエアメール
が、素敵な箱にしまわれていた。

ある人は、冷蔵庫に貼ってあった。

ある人は、家族の写真が沢山貼ってあるボードの中に
一緒に貼ってくれていた。

母には、全ての国からエアメールを送っている。
勿論、母は箱に入れてしまってあった。

彼女は私の手紙を枕の下にいれて寝ていたという。
もういちど、バルセロナの大学に挑戦するために、
私の手紙をお守りに勉強に励んでいたとのこと。
そして、2次試験までクリアしたようである。

私の手紙がまた、バルセロナの思いを復活させたと聞き、
なんだか飛び上がりたくなるほど嬉しくなる。

人の人生の大事な地点に自分という存在がいるって
なんて素敵なことなんだろうか。

紅の豚。



最近紅の豚が大好きである。
宮崎作品の中では敬遠していたこの作品になぜか最近、
とても惹かれるのである。

1日以上、湯たんぽを抱えながら家に閉じこもっていたら
同居人に少しは外にでてきたらと言われ、

まぁ確かにと思いながらもなんだか着替えるのでさえ
億劫である。特に風邪をひいたわけでもないのに体が
だるい。

でも、午後から雨だとNEWSで言っていたので、
午前中に外にでようと思いたち、いつもの角の古びた喫茶店
で沢木耕太郎の本の続きを読んだ。

帰りにいつもの八百屋と魚屋とお豆腐屋で買い物をする。

今日のメニューは・・・。
牡蠣鍋 太刀魚の焼き物 里芋と桜海老の煮物
アサリのご飯

同居人は仕事の忘年会で帰宅が遅いとのこと。
一人で食べるには、あまりにも太刀魚が美味しかったので、
近所に住んでいる、大好きなmachiさんを招待しようと
思い立ち、早速連絡をしてみると仕事が終わる21時過ぎ
にならこれるとのこと。

久々に逢えると思うと、なんだかどきどきするもので
ちょっと緊張する。

予定時間より早く訪れたmachiさんは相変わらず可愛くて
なんだか嬉しくなる。

彼女に逢うと、いつだってアタタカイ気持ちで一日を終えられる。
今自分に起きていることの全てがこれでいいんだ。
というオーラで包んでくれるのである。

12/09/2008

沢木耕太郎いう人が現在までに与えてくれる沢山のこと。

旅する力―深夜特急ノート



新聞の本の広告欄で見つけた、沢木耕太郎の本。
その本「旅する力」に飛びつかないわけがない。
勿論、その日仕事帰りに本屋に足を運び購入したのである。

沢木耕太郎の「深夜特急」が私を旅に結び付けてくれた。
「深夜特急」を大沢たかおが熱演したドキュメンタリー的なドラマが、
旅に行きたい私を更に押した。

更に、親友の「日本にいては見えないものを見に旅に行こう。」
の誘いが私が旅に踏み入れる最終的な契機になったのである。

この本の終章を深く深く、とても深く頷きながら読み進めた。

彼は最後にこう言う。
「私が旅という学校で学んだことがあるとすれば、それは自分の無力さを自覚するようになったということかもしれない。もし、旅にでてなかったら、私は自分の無力さについて随分鈍感になっていたような気がする。旅に出て手に入れたのは「無力さの感覚」だったと言ってもいいくらいかもしれない。

いま、私はいかに自分が無力かを知っている。できることはほんのわずかしかないことうを知っている。しかし、だからと言って、無力であることを嘆いてはいけない。あるいは、無力だからといって諦めてもいない。無力であると自覚しつつ、まだ何か得体の知れないものと格闘している。無力な自分が悪戦苦闘しているところを、他人のようにどこからか眺めると、すこしばかりいじらしくなってきたりもする。おいおい、そんなに頑張らなくてもいいものを、と。

しかし、そのように頑張ることができるのも、もしかしたら自分の無力さを深く自覚しているからかもしれないのだ。そこからエネルギーが湧いてくるのかもしれないのだ。

私が旅という学校で学んだのは、確かに無力だということだった。しかし、それは、新たな旅をしようという意欲を奪うものにはならなかった。」


彼が言うように、私も旅で自分の無力をひしひしと感じ、自分の位置、自分の背丈を知り落胆しながらも、今少しずつ前進している。日常にばら撒かれている沢山の小石を時に踏みつけ、時につまずき、時に突き刺さり、それでも私はその敷かれた小石の上を歩いていくしかないのである。  全てが必然であるという事実を知ってしまった今、私はどこからも逃げることができない。 その状況下において、自分がすべきことを考えていかなくてはいけない。 

この本は、深夜特急を徹夜で読んだあの時の自分を思い出させ、そして新たなテーマを投げかけてくれたのである。


「問題は予期しないことが起きるということを予期していないところにあるのではないか。」
そう、本当にそうである。