7/11/2008

じれんま。

今日はある大学の症例検討会に行った。
テーマは統合失調症の看護に関するものであった。

イスが円形に並び、皆でテーマに対して討論をしていく場である。

討論とは一体なんなのか?
そんな疑問が残るものとなった。

方向の定まらない感じに疲労を覚えた。
質問を投げかけたところで返ってくるものはない。

討論の場なのだから、戻してくれないと始まらない。
批判でもいい、質問に対する質問でもいい。とにかく何でもいいから戻してほしい。

発表者がテーマを明確化していない時点ですでに問題であるが、
皆も沈黙を守りすぎである。

これは、ここだけで起きている問題なのであろうか?
明確化していないことに問題があるのか?
日本人であるが故なのであろうか?

友人と二人で終了後に白熱した討論会を開いた。

何かを投げかけられたら、どんな人でさえ何かを思うはずである。
その何かを知りたいからこのような場が設けられているはずである。

討論とは何なのか?というじれんまと戦う2時間であった。
そんな症例会ではあったが、学ぶべきものは沢山あったはずである。
貴重な時間を有意義に使えた・・・そう思いたい。

安宿で旅人と話をしていたときがフラッシュバックする。
時には、考えをぶつけ合いそこから生まれるものを感じたい。

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