7/30/2008

郵便屋。

EMSを使ってある国に荷物を送った。
イスラエルもロシアも無事に届いたので今回も大丈夫だとは
思うのだが、今回の国は追跡ができないそうだ。

日本を出発したかどうかはわかるらしいが、それ以降は
消息不明となるらしい。  ちょっと心配である。
相手先の人が「届いたよ」と連絡をくれるまで落ち着かない。

郵便屋さん。よろしく頼みます。

商店街。

商店街が好きである。
自己満足であるけれど、魚は魚屋。野菜は八百屋。消しゴムは文具屋。
豆腐は豆腐屋・・・・そんな風に決めている。

お店の人とのほんのちょっとの会話が好きである。
そして、そこの街での自分の位置を確認する。

お世話になった人に甚平を贈ろうと思い商店街の呉服屋さんに立ち寄った。親子3代で営む呉服屋さんは優しい空気が流れている。椅子に座り、ひとしきり会話を楽しみ甚平を購入して帰宅した。

実家の近くに古本屋さんがある。ちょっと気の弱そうな・・それでいてこだわりは人一倍ありそうなそんな感じの店主はいつも大音量でラジオをつけている。どうやら、客がくると小さくするようだ。ドアを開けると途端にラジオが聞こえなくなり、店主の独り言が聞こえ始める。何を話しているのかはさっぱりわからないが。
芸術・哲学・工学の本を扱うこの古本屋で「ユリイカ」と「ガウディ讃歌」を購入した。

母と近くの台湾料理店に行き、台湾に行きたいねと話しながら夕ご飯を食べ散歩をして帰宅。唯一冷房がある弟の部屋でちょっとばかしくつろいだ。さて、仕事に行こうかなぁ。

夏休みかぁ・・・。  つづき

図書館に本を返却に行った。
何を借りようかなぁとうろうろしていると、よしもとばななの本が目にはいった。
春樹さんの本も目にはいったが、なぜかばななさんの本だけを手にとった。
そして数冊の本を借りた。

恋愛の迷子になった時、必ずばななの本を手にとる。今は、迷子になっていない。なぜなら、散歩すらしていないから。きっとばななの本が目に飛び込んできたのは、散歩をしたくなったからだろう。

「できれば全ての別れが旅先のようであったらと願う。笑って手を振って別れたあとで、もう二度と会えなくなったことに気づき「そうかあれが最後だったのか!」と思ってお互いきゅんとして、来た道を愛しく振り返るような・・・・もしもできることなら、そういう粋な感じになるといい。」  そんなばななの言葉にふっと蘇る記憶のひとつ。

素敵な人はきっと沢山いる。アンテナをもう一度受信モードにしなくてはと思いながらばななの本を閉じた。

喫茶店の仕事は楽しい。常連の多い喫茶店であるし夜はBARになるので、ちょっとばかし難しい人を相手にしなくてはいけない事もある。でもやっぱり、いろんなものを差し引いても楽しいように思う。喫茶店の仕事を始めて学んだこと。命を背負う仕事の精神的ストレスの大きさ。そして、やっぱり看護師の仕事が好きである
自分。喫茶店は私に沢山のことを気づかしてくれる。もう少し頑張ろうと思った。


美容院に行った。2ヶ月も行かないと髪の毛が激しく増量するのだ。やっぱり以前のスパイラルに戻したいので髪の毛は切らずにすいてもらった。いつも店長に切ってもらっている。けれども、手違いで今日はお休みであった。しきりに謝罪する美容師さん。  でもたまには、違う美容師さんにcutしてもらうのも新鮮である。  やっぱり、人生にアクシデントは必要である。  アクシデントによって気づくことや知ることって沢山あるはずである。

毎日、少しづつスパイスをふりかけて生きていきたい。

夏休みかぁ・・・。

どうも電車が空いていると思ったら学生がいなかった。そう夏休みである。中央線の窓から見えるプールが賑わっている。あぁ、夏休みなんだなぁって思う。

JRがポケモンスタンプラリーを開催している。子供たちが首からポケモンをぶらさげて、元気よく改札でスタンプを押している。どうやら16時までのようで、16時が近づくとものすごい勢いで改札を抜ける子供たち。子供のパワーってすごいなぁって思う。

家のお風呂が故障した。この暑さで壊れるなんてなんとも空気のよめないお風呂である。不規則な私の仕事では15時から0時までの銭湯の時間ではまかないきれない事もある。仕方ないので同じ都内にある実家にしばし帰ることにした。

実家は居心地がいい。でも同居人との生活が自分の生活となっていた私は何か物足らなさを感じている。

「奥さんが里帰りしている旦那さんの気持ち。」そんなメールを送ってきた同居人。お掃除があまり好きではない彼女・・・心配になり仕事の合間に少しだけ帰宅した。予想通りの部屋が私を待っていた。

決して綺麗好きなわけでもまめなわけでもない私であるが、この背景で掃除をすることが好きである。   この空間での掃除は私の楽しみなのである。小さい頃、私の役割はお米とぎと玄関掃除、そして父の靴磨きであった。その時の匂いがして感じがして嬉しくなるのである。同居人の役割があって、私の役割がある。 これが生きることであり人生が廻っている、そんな気がするのだ。  役割を与えられて始めて生きていることを実感するのだろう。早く、お風呂が直らないだろうか。  今の私の居場所はあそこである。

お隣の家の建て替え工事が始まった。解体工事の騒音が暑さと重なってイライラを誘発する。愛する虎と桜もおびえて巣箱にこもっている。仕方ないとはいえなかなか優しくなれない私。  けれども、今日家の前で解体のおじちゃんに「うるさくて申し訳ないねぇ・・。」と言われた。  その言葉で私のイライラは消え去った。  言葉は偉大である。

7/19/2008

自販機。




本郷通りを散歩した。

そこでみつけた自販機・・・・同居人と何かがおかしくて足を止めてみた。そう、この自販機、メーカーが異なるジュースが売られているのだ。そして、真っ白。なぜか、こんなラベルまで・・・確かにアメリカ?・・・ですが。
なんとこの自販機、個人の趣味で販売しているようだ。
家の前の自販機は24時間問わず、ガタっと音がする位売れ行き好調な様子。是非とも、私達のセレクション自販機を隣に置いたみたい。私たちだったら、何をセレクトするかなぁ?

7/14/2008

驚き。

人生どんなことが契機になるかわからない。

精神科のバイト話を友人にもらったとき、即答で「行く。」と答えた。
その精神科で様々なことを学んだ。そして、引きずり込まれそうになる自分がいた。
何が正常で何が異常なのか、更に答えは遠のいてしまった。

頭の中が混乱している。そんな時は初心に戻ることが一番である。
けれども、いくら病院を変えたところで私は初心にもどれないのである。
9年の月日は私を容易に初心にもどしてくれはしない。

これからもずっと病と隣り合わせの人生を送るのかと思ったら、突然言いようのない
恐怖が前を通り過ぎる。何度も何度も・・・・通りすぎる。

私はこの特殊な世界から出ることができるのだろうか。
最近この手のことばかり考えるのは、この特殊な世界に身を置いているからなのかもしれない。

私は、心の風邪をひいた人たちから離れることにした。
そして、喫茶店で働くことを決めた。

たまたま見つけた、喫茶店の前のバイト募集の張り紙。
時給は現在の半分以下。けれども、そんなことは問題にならない。

もう一度、生きるということに初心になれるのであれば、
後の半分の給与はこれからの経験が穴埋めしてくれる。

店長さんが即答でお返事をくれた。
特殊な世界以外で、認めてくれる場があったと単純に嬉しくなる。


長くここで働くことができればいいのだが。
もしかしたら、すぐに特殊な場所に戻ってしまうかもしれない。
やっぱり、無理であると思うかもしれない。

それはそれでいい。

思ったらとりあえずとびつくのが私である。
結果がどうであれ。

ある人が言っていた。

決めないリスクより、決めるリスク。



銭湯。

暑い日であった。冷房は苦手である。
そしてこの家には首がとまらない、かなり自由気ままな扇風機が1台あるのみである。

家の中で一番風がはいるであろう場所で風をまっていた。
なかなかこない。でも、きた・・・そうこの風をまっていたのである。

やはり自然の風に勝るものはない。
首にタオルを巻き、風通しのよい生地の服をきて・・・自分で体温調節をする。

でもそれには限界が生じる。

緑のカーテンを作るにも時間がかかる。

同居人と銭湯に行くことにした。銭湯なのに露天風呂まであるのである。
450円でお風呂を楽しみ、そして涼んだ。

帰りがけにアイスを購入した。
まさに、真夏な感じである。

すだれを買いに行こう。

やはり、日本の四季には日本のものが一番である。

先人の知恵をちょっくら拝借。

あぁ・・・それにしても暑い。

7/11/2008

じれんま。

今日はある大学の症例検討会に行った。
テーマは統合失調症の看護に関するものであった。

イスが円形に並び、皆でテーマに対して討論をしていく場である。

討論とは一体なんなのか?
そんな疑問が残るものとなった。

方向の定まらない感じに疲労を覚えた。
質問を投げかけたところで返ってくるものはない。

討論の場なのだから、戻してくれないと始まらない。
批判でもいい、質問に対する質問でもいい。とにかく何でもいいから戻してほしい。

発表者がテーマを明確化していない時点ですでに問題であるが、
皆も沈黙を守りすぎである。

これは、ここだけで起きている問題なのであろうか?
明確化していないことに問題があるのか?
日本人であるが故なのであろうか?

友人と二人で終了後に白熱した討論会を開いた。

何かを投げかけられたら、どんな人でさえ何かを思うはずである。
その何かを知りたいからこのような場が設けられているはずである。

討論とは何なのか?というじれんまと戦う2時間であった。
そんな症例会ではあったが、学ぶべきものは沢山あったはずである。
貴重な時間を有意義に使えた・・・そう思いたい。

安宿で旅人と話をしていたときがフラッシュバックする。
時には、考えをぶつけ合いそこから生まれるものを感じたい。

7/10/2008

短い?

今の私は傍目から見たら、生き急ぐ人のようだろう。

まだ私が中学生だったころ、
「矯正したらどう?」との声かけに「歯なんてガタガタでも支障ないもの。」とつっぱねた。

まだ高校生だったころ、
「留学したら?」との声かけに「飛行機なんて大嫌いだもの。」とつっぱねた。

看護学生だったころ、
「そのまま、大学に進んだら?」との声かけに「一日も早く働きたいの。」とつっぱねた。

長女であり、わりと自由奔放で理解のある両親は、私にいろいろなものを与えようとしてくれた。


生まれた頃から、与えられていたものは木のおもちゃ。そして絵本。子供百科事典。
TVは1、3ch以外で観ることを許されていたのは、世界名作劇場と日本初めて物語・・・そして藤子・藤男先生の作品位であった。

勿論時間は1日30分。土曜日だけは1時間。
就寝は小学生までは20時であった。

そんな私は、同世代の友人が見ていたものや遊んでいたものをほとんど知らない。

未だに、小さいときの癖が抜けない私はTVよりラジオ、ラジオより本が好きである。


現在、仕事を3箇所掛け持ちしている。基本的に休みはない。今月は、1回だけあるが・・・。
ベリーダンスにはまっている。フルートも10年ぶりに再開した。
そして、看護師の更に上の試験を目指し、塾に通っている。

1日が24時間であることが今の私の最大の悩みである。

忙しくても、大好きな本を読むことは止められない。

忙しくても、友人との散歩は欠かせない。

とにかく、今は全てが楽しい。 投げ出したいことや我慢できないことも沢山ある。
それでも、それを差し引いてもやっぱり楽しい。

両親が援助をしてくれると言ったときに全てをつっぱねてしまった私は、
悲しくも今やっと外の世界に目が向き始めたのである。自立後の私に
無論援助をしてくれるような両親ではない。だから・・・・・
仕事は、この楽しさを保つために必要不可欠である。


働かざるもの食うべからずではないけれど、
働かざるもの遊ぶべからず。

両親が援助をしてくれると行ったとき、全く外の世界に興味がなかった私。

今は、アンテナが高性能になりすぎて大変なことになっている。

今もアンテナがキャッチしていることがふたつほどある。
けれども、そのためには睡眠時間を更に削らなくてはいけない。

やっぱり1日4時間は寝たい。
年齢も多少意識すると、あまり無理はできない。

でも、見渡す世界は沢山の原石で溢れていてついつい拾いたくなってしまうのである。

1日が何時間あったら私は満足なのであろうか?

きっと、満足することはないであろう。
だから1日は24時間でいいのだ。



心の風邪をひいた人に聞いた。
「貴方が誇れることは?」
沢山の人がこう答える。


「生きていること。」


そう、私も24時間をめいっぱい生きていることが今の誇れることである。

今日も、無事終了する。仕事もフルートのレッスンもその後の復習も、塾の宿題も
全てが無事終了。  私は入浴をして眠りにつく。

今日に感謝。そして明日に期待。        おやすみなさい。