12/30/2008

次の日。



ふたりの忘年会から一夜明けて・・・。
30日。

相変わらず、間際になって年賀状に勤しむ私。
同じテーブルの反対側で同居人は大量のゆずを
種をとりカットして、ゆず漬けを作っている。

リビングにゆずの香りが充満している。


「なんだか、年末って感じだね。」
同居人が楽しそうに言う。

谷中珈琲で購入したイエメン産の豆をミルで挽き、
それを彼女がドリップしてくれる間、近所の
パン屋さんにコロッケパンとフランスパンを購入しに
出掛ける。

その後、私は仕事へ。
彼女は大学時代の友人たちを招いての
忘年会の準備にとりかかる。

もう、年が終わる。

12/29/2008

忘年会。

普段は生活パターンが大きく異なるためにすれ違うことが多い、私と同居人。
ひとり暮らしと違って、例え同居人がいなくとも気配が
あるので寂しさは半減する。気配があるのとないのでは違う。 
たまには、気配に寂しさを感じることもあるけれど・・・。

ふたりの忘年会をすることにした。
夜勤続きの私のために、彼女が忘年会の用意を全て
してくれたのである。

えびのまるごと塩焼き
ポトフ、サラダ(cheeseやOLIVEがふんだんに使われていた)
近所にあるパン屋の絶品フランスパン
ベルギーBEER ワイン

夜勤から帰宅すると、テーブルにならんでいた料理の数々。
素敵な忘年会は始まったのである。

しめは・・・最近二人ではまっている海外ドラマの
「brothers&sisters」である。

久々にソファにもたれて、ふたりでのんびりとした時間を
過ごしたのである。

12/24/2008

クリスマスイブ、そしてクリスマス。

この仕事に就いて10年。
行事なんて全て仕事。好んで仕事をしているので
特に不満はないが・・・。

今年は、仕事が明けてその足で喫茶店のバイト
となった24・25日。

患者さん以外の人とクリスマスをお祝いするのって
とても久々である。なんだかとても嬉しい。

本当は、金沢のローレンスさんに逢いに行く予定で
あったし、サルサのレッスンに行く予定であったのだが、
仕事の調整がつかず断念したのである。


だから、喫茶店でクリスマスをお祝いできることは
とても嬉しかったのである。

病院も喫茶店も忙しかったけれどステキな2日間
であった。たまにはこんな形でクリスマスをお祝いする
のもいいいものなんだと、発見。

帰宅すると、同居人であろうサンタさんから
素敵な贈り物が届いていた。

枕元にプレゼントが置かれていたのは、何年ぶりだろうか。



余談・・・バスでの幼稚園児と両親の会話。
子供「ねぇ、サンタさんのためにアメとチョコを用意したいの。
   後ね、トナカイさんのために人参も。後は色紙ね。」
両親「トナカイさんは人参が好きなの?」
子供「そうよ。トナカイさんは人参が好きなの。」
両親「サンタさんは忙しいから、色紙は書いてる暇はないかもよ。」
子供「大丈夫よ。サンタさんはすごい人なんだから。世界中の子供に
  プレゼントを配れちゃうんだもの。」

私もサンタさんを随分長いこと信じていた。サンタさんの字が母の字で
あるとは全く気づかずに・・・。

12/22/2008

再会。

何ヶ月ぶりだろうか。8ヶ月は経っている。
バーレーンで再会して、2週間以上お世話になり、
あまりの居心地の良さにお別れの時の涙が
止まらなかった私。

また再会できるからとなだめられて、彼女と
別れ飛行機に乗ったのを昨日のことのように
覚えている。

その彼女と東京で再会した。
彼女の旦那さまにも逢いたかったのと、東京の
満員電車などひとりでは心配なので、旦那さま
と一緒に通勤してもらった。

久々にあった夫妻はいつもの笑顔でそこに居た。
場所が変わっても、私と夫妻の距離は変わらない。
だから、何の違和感を感じることもなく再会を
果たすことができたのである。
まぁ、しいていえばちょっとした気恥ずかしさは
あったが・・・。

彼女がどうしても行きたいと言ったのは
私の「斜めの家」。

ということで、まずは近所の古びた喫茶店に寄りつつ、
私の家に寄り、「ほんとうに斜めで雨漏りもして・・。
誇張してるわけではなかったんだ。」とのコメントを
もらい、私の潔白は証明されたところで、近所の
お薦めのインドカレー屋さんでランチをした。

そして久久に、上野の国立博物館を楽しんだ。
楽しい時間とは、無情にもすぐに過ぎ去るもので、
朝の8時に再会してからあっという間の9時間。
彼女との再会初日は幕をおろしたのである。

楽しい時間の後の、なんともいえない寂しさが苦手な私は、
その足で、いつも一杯を楽しむカフェに行き、いつもの
赤ワインとたこのカルパッチョを注文した。・・と、同居人から
連絡があり合流。一杯のつもりが、デキャンタになりボトルに
なり、ほどよく酔っ払った私たちは千鳥足とまではいか
ないが、そんな足取りで帰宅した。

長くて短い、充実した日はTSUTAYAでかりた海外ドラマ
の「brothers&sisters」の鑑賞でEND。

12/20/2008

母とランチ。





御岳駅から徒歩10分程度の所にある、お豆腐屋さん「ままごと屋」がある。
そこのランチを食べに、そしてかんざし美術館にも行きたかったので、母と待ち合わせをして、久々の御岳を満喫したのである。





のんびりと、ランチを楽しんだ。まずは、母と麦酒で乾杯。本当は目の前が酒蔵だから日本酒なんだけれど・・・母の希望にて。




幼い頃、週末には御岳か奥多摩にいた。何度となくみたこの景色も、今改めて見ると新鮮である。




かんざし美術館は母の勧めで初めて訪れた。こじんんまりとした美術館であり、来館者は私と母だけであったが、とても素敵な美術館であった。

外国を旅することにはまったのと同時に、日本の文化にはまりだした。
なんとも不思議な話であるが、旅人の共通点。

「外にでて初めて知る、日本の素敵さ。」

12/14/2008

今日は雨。

本格的な雨で、家の雨漏りはひどくなる。
昨日までの暖かさはいずこ?今日はなんだか寒い。
そっかぁ・・・もう12月も半ばだものね。
とつぶやき、寒さに抵抗するのはやめた。

最近、角の古びた喫茶店に行かないと落ち着かない。
経済的なことを考えれば、モスやドトールもあるので、
そちらに行けばいいのだが、行ってみたけれど、
どうにもこうにも落ち着かない。
やっぱり、あのアンティークなイスに座り、クラッシックの音楽で、
そして素敵なカップで珈琲を飲むのが好きである。
コーヒーではなく珈琲が好きなのだろう。

人に何かをしようとか、助けてあげようとか、
なんとなくそんな思いが強い時は、自分が助けられている。
人との関係はいつだって「もちつもたれつ。」
なんだと、最近更に強く思う。

久々に逢った友人たち。30分程度であったけど、
なんだかそこに自分がいるべきではない、なんだか、
そこにいる自分に窮屈を感じた。

時間が流動しているように、人も流動する。
その流れは誰にも止められない。悲しい?のかも
わからないけれど、今の私とは何かが違う。
昔は合っていた、ピースは今はもう合わない。

これが、生きるということなんだろう。

12/10/2008

素敵なお知らせ。

MEXICOの、とある宿で出逢った彼女。
彼女と次に再会したのは彼女の実家である和歌山。
そして次に、東京で再会した。
今、彼女は京都に在住している。

スペイン語が堪能な彼女。私よりいくつも年下で、
「姉さん」と慕ってくれる。

そんな彼女に、バルセロナからエアメールを書いた。
私はエアメールを書くことが大好きである。
でも、その手紙が友人の手に渡ったところまでしか
確認はできない。その後、どうなっているかは不明
である。

私は、エアメールだけを集めてハガキフォルダーのような
もので保管している。

ある時、友人の家に行くと私が送った全てのエアメール
が、素敵な箱にしまわれていた。

ある人は、冷蔵庫に貼ってあった。

ある人は、家族の写真が沢山貼ってあるボードの中に
一緒に貼ってくれていた。

母には、全ての国からエアメールを送っている。
勿論、母は箱に入れてしまってあった。

彼女は私の手紙を枕の下にいれて寝ていたという。
もういちど、バルセロナの大学に挑戦するために、
私の手紙をお守りに勉強に励んでいたとのこと。
そして、2次試験までクリアしたようである。

私の手紙がまた、バルセロナの思いを復活させたと聞き、
なんだか飛び上がりたくなるほど嬉しくなる。

人の人生の大事な地点に自分という存在がいるって
なんて素敵なことなんだろうか。

紅の豚。



最近紅の豚が大好きである。
宮崎作品の中では敬遠していたこの作品になぜか最近、
とても惹かれるのである。

1日以上、湯たんぽを抱えながら家に閉じこもっていたら
同居人に少しは外にでてきたらと言われ、

まぁ確かにと思いながらもなんだか着替えるのでさえ
億劫である。特に風邪をひいたわけでもないのに体が
だるい。

でも、午後から雨だとNEWSで言っていたので、
午前中に外にでようと思いたち、いつもの角の古びた喫茶店
で沢木耕太郎の本の続きを読んだ。

帰りにいつもの八百屋と魚屋とお豆腐屋で買い物をする。

今日のメニューは・・・。
牡蠣鍋 太刀魚の焼き物 里芋と桜海老の煮物
アサリのご飯

同居人は仕事の忘年会で帰宅が遅いとのこと。
一人で食べるには、あまりにも太刀魚が美味しかったので、
近所に住んでいる、大好きなmachiさんを招待しようと
思い立ち、早速連絡をしてみると仕事が終わる21時過ぎ
にならこれるとのこと。

久々に逢えると思うと、なんだかどきどきするもので
ちょっと緊張する。

予定時間より早く訪れたmachiさんは相変わらず可愛くて
なんだか嬉しくなる。

彼女に逢うと、いつだってアタタカイ気持ちで一日を終えられる。
今自分に起きていることの全てがこれでいいんだ。
というオーラで包んでくれるのである。

12/09/2008

沢木耕太郎いう人が現在までに与えてくれる沢山のこと。

旅する力―深夜特急ノート



新聞の本の広告欄で見つけた、沢木耕太郎の本。
その本「旅する力」に飛びつかないわけがない。
勿論、その日仕事帰りに本屋に足を運び購入したのである。

沢木耕太郎の「深夜特急」が私を旅に結び付けてくれた。
「深夜特急」を大沢たかおが熱演したドキュメンタリー的なドラマが、
旅に行きたい私を更に押した。

更に、親友の「日本にいては見えないものを見に旅に行こう。」
の誘いが私が旅に踏み入れる最終的な契機になったのである。

この本の終章を深く深く、とても深く頷きながら読み進めた。

彼は最後にこう言う。
「私が旅という学校で学んだことがあるとすれば、それは自分の無力さを自覚するようになったということかもしれない。もし、旅にでてなかったら、私は自分の無力さについて随分鈍感になっていたような気がする。旅に出て手に入れたのは「無力さの感覚」だったと言ってもいいくらいかもしれない。

いま、私はいかに自分が無力かを知っている。できることはほんのわずかしかないことうを知っている。しかし、だからと言って、無力であることを嘆いてはいけない。あるいは、無力だからといって諦めてもいない。無力であると自覚しつつ、まだ何か得体の知れないものと格闘している。無力な自分が悪戦苦闘しているところを、他人のようにどこからか眺めると、すこしばかりいじらしくなってきたりもする。おいおい、そんなに頑張らなくてもいいものを、と。

しかし、そのように頑張ることができるのも、もしかしたら自分の無力さを深く自覚しているからかもしれないのだ。そこからエネルギーが湧いてくるのかもしれないのだ。

私が旅という学校で学んだのは、確かに無力だということだった。しかし、それは、新たな旅をしようという意欲を奪うものにはならなかった。」


彼が言うように、私も旅で自分の無力をひしひしと感じ、自分の位置、自分の背丈を知り落胆しながらも、今少しずつ前進している。日常にばら撒かれている沢山の小石を時に踏みつけ、時につまずき、時に突き刺さり、それでも私はその敷かれた小石の上を歩いていくしかないのである。  全てが必然であるという事実を知ってしまった今、私はどこからも逃げることができない。 その状況下において、自分がすべきことを考えていかなくてはいけない。 

この本は、深夜特急を徹夜で読んだあの時の自分を思い出させ、そして新たなテーマを投げかけてくれたのである。


「問題は予期しないことが起きるということを予期していないところにあるのではないか。」
そう、本当にそうである。

11/29/2008

学び。

座禅の途中での話し。



地獄の前にあるのが、「餓鬼」である。
常に、飢えと乾きに苦しむのだとか。
食べても食べても、飲んでも飲んでも飢えと乾きに苦しむ
・・・そんな辛いことはないだろう。 想像すら難しい。

「知足」
足るを知る。
最近はECOブームである。それについて友人とスタバで語った。
姉さんの周囲はecoに関心のある人、それを実行している人がとても多いのだと言う。私の周囲を見渡す限り、あまりそう思うことはない。自分も含めた話であるが。でも最近ecoがひとつのブランドになっていることに、いささか疑問を持っている。 確かに、多くの人が関心をもつという意味では多少ブランドのようになるのは仕方のないことなのだろう。けれども、こうもeco商品が増えると、ecoに便乗しているような錯覚?に陥るのである。本来のecoとは、必要以上に物を買ったりしないで、今あるものを大事にすることにあるのではないか。そんな話をしていた。

ということで、座禅で「知足」がでてきたときにシンクロしたぁ!と軽く興奮したのである。お坊さんが問いかける。

「本当にそれは、貴方に必要ですか?」
「本当に、貴方はまだ何か食べたいのですか?」

必要以上に物を持つ必要はないし、必要以上に食べることはしなくていい。
それが、本当のecoである。

お坊さんの話に大きく頷いた。

そういえば、ギリシャの哲学者であるアリストテレスもこう言っていた気がする。
『幸福はみずから足れりとする人のものである』

座禅。

座禅
久々に、座禅を組んだ。  ひとつ、ふたつ、みっつと自分の呼吸を数える。静寂の中に身をおいて、頭の中身を無にしなさいと言われる。これが本当に難しい。静寂の中で聴こえてくるのは、風が窓ガラスを打ちつける音、座禅をしている人たちの息の音・・・・普段は聞き逃すような音たちが聞こえてくるのである。静寂の中に身をおいても頭の中は無にならない。お坊さんに両肩をバシッと叩いてもらった。無になることはできなかったけれど、その後、体が軽い。一夜明けた今日もなんだか調子がいい。いつも以上に仕事も楽しかったし頑張れた。前向きに先のことを考えることもできた。きっとそれは、尊敬する旅の姉さんと久々に逢えたことも大きかったのだろうし、旅の兄さんが映画を撮っていると聞いたことも調子のよさに繋がっているのだろう。  でも座禅をくんだことで自分の中で気づけたことがあり、これからも、機会をみつけてはお寺に足を運ぼうと決めた。

ロミ・ユニ・コンフィチュール


ジャムが好きである。私が小さい頃から母がジャム作りが好きなため、今でもジャムができると電話が鳴る。実家に帰ると、小瓶にいれて持たしてくれる。 ロミ・ユニ・コンフィチュールに立ち寄った。美味しそうなジャムが並んでいる。 けれども、ジャムは購入せずに「ジャポネーズ」という品名のゆず・レモン・はちみつのシロップと「タタン」という緑茶とりんごの紅茶の葉を購入した。久々にホットケーキを焼き、タタンを飲みながらシロップの染みこんだホットケーキで朝食を楽しもうかなぁ。

パン屋さんの店先。

           この店先の感じが、またまた私好みである。
           今度は、どこの国のビールと・・・・パンを食べようか
           悩むところである。

鎌倉の美味しいパン屋さん。


友人が最初に紹介してくれたのがこのお店。トマトとアンチョビのパンはガーリックが程よくきいていて、くるみやレーズンや・・・果実が詰まったパンは私好みで・・・・、そして、レバノンとトルコのビールがまたまた私の大好きな国のビールで・・・。

BGMはアフリカ音楽・・そこもまた素敵。

スターバックス。

スタバに入ることって、日常であまりない。
けれども、友人が絶対気に入るはずと言って連れてきてくれた鎌倉のスタバに・・・はまりました。1時間かけても、このスタバには来たい。そう思う場所。 店内も素敵だけれど、テラスも素敵。ここで、物思いにふける時間は最高に贅沢であろう。お気に入りのポシェットにサンクリで購入した、あの小銭入れと鎌倉フリーチケットと本を忍ばせて、近いうちにここに私はいるだろう。  そんな気がする。

紅葉。

          メキシコで出逢った友人と鎌倉散策をした。  
          本格的な紅葉は12月とのことだが、
         お寺の裏の庭は秋を感じさせてくれた。 
         季節の中で一番好きなのは「秋」。   日本の「秋」が好きである。

11/27/2008

冬だなぁ・・・。

現在レッドゾーン。
そんな時人を感じると、普段以上に敏感に反応する私。

同居人が、京都のお土産に私の好きなハンドクリームを
購入してくれた。私が好きなんて知らないはずなのに
・・・こんなリンクが嬉しい。

仕事場の人が私を呼ぶとき名前になった。
そんな些細なことが嬉しい。

金沢でお気に入りだった下着屋さんを池袋で発見。
そこの、店員さんが素敵でなんだか嬉しい。
欲しい下着も購入できて、なお嬉しい。

美味しいお酒を適量飲んで、適度に温まり、
なんだか、よくわからないけれど、
「今日も楽しかったなぁ。」でくくれる、そんな日が好き。

COURRIER Japon を購入したら坂本龍一の
「知られざる世界の民族音楽」のCDが特別付録であり、
一曲目が「エザーン」であったことで、あのイスタンブールでの日々を
思い出す。民族音楽って、何よりもその国を的確に表して
いるように思う。

心の風邪をひいた人に、「気をつけて帰るんだよ。」
って言われて、なんだか涙がでそうになる。
そういえば、そんな言葉言われそうで、なかなか言われない。

私、一人では満足に立ってることもできないかもしれない。
人はひとりでは生きていけない。

心の風邪をひいた人が、部屋で死んでいたのを発見されたと
聞き、その人とつい最近まで会話をしていた・・・その内容が
頭に浮かんでは消える。

人はいつか死ぬ。皆、いつかは死ぬ。
そんな当たり前の事実を知りながらも、やっぱり人の死は何とも
いえない気分にさせる。

ひとり、部屋で苦しみながらいたかと思うと。
冬の寒さなど、「寒い」なんては言ってはいけないなぁ・・って、
そう思って口をつぐみたくなる。
こんなことなら、大好きなケンタッキーのチキン・・・「食べていいんだよ。」
って言ってあげるんだった。 ごめんね、・・・さん。

湯たんぽ。

本当に寒い。
遺伝的な問題。おばぁちゃまから母が受け継ぎ、私が受け継いだ。
貧血と低血圧。 数値に問題はあるが、自覚症状なんて全然ない。
でも、寒さには滅法弱い。

手足はいつだって冷えていて、チアノーゼ状態。
足なんて循環が悪すぎて、しびれてしまう。

そして、この家は隙間だらけだから大変である。
寒くて仕方ない。暖房器具はコタツだけであるが、コタツは
ダメダメになるので、まだださないと同居人と決めた。

ということで、とにかく着る。
重ね着すぎるほど重ね着。

そして、今日は同居人が湯たんぽを作ってくれた。
有難い。

湯たんぽってあったかい。。。
当分はこの暖かさで冬を耐えるかなぁ。

11/25/2008

キャパ。

ちょっとピンぼけ 新版


ハンガリー生まれのユダヤ人。ロバート・キャパ。
ベトナムの戦場で地雷に触れ41歳で死亡。

戦争の残虐と非道を憎みつづけ写しつづけた、報道写真家の手記である。

ピカソの大作「ゲルニカ」を鑑賞しに、マドリッドを訪れた時に、
彼の写真に出会った。

ピカソの「ゲルニカ」とキャパの作品が置かれた空間に、
戦争の無意味さと悲惨さ、そして大きな悲しみがあった。

久々に本棚からこの本をとりだしてみた。
筑紫哲也の軌跡をみたら、なんだか読みたくなったのである。


多くの人がキャパを感じてくれるといいのだが。

26歳のときにみたポーランドのアウシュビッツ、ボスニア、
30代の今、もう一度訪れたいと思った。

11/24/2008

THE BIG ISSUE JAPAN,

普段は荻窪駅周辺にいるおじちゃまか
目白駅周辺にいるおじちゃまから購入する。

107号は茂木健一郎の話が載っているため、
どうしても購入したかったのだが、

いつもいる場所にいないのである。
この寒さが体に応えたのか心配となる。

でも、昨日やっと逢えた。
いつもの笑顔に一安心。

内容も、私の期待どおり。
是非友人たちも購入して欲しい。
とってもお薦めである。
感想は、次号がでたあとで書こうと思う。

・・・ということで、販売場所の駅だけ載せておこうかなぁ。

THE BIG ISSUE JAPAN

■山手線沿線
有楽町駅、 田町駅、 品川駅、 秋葉原駅、 五反田駅、 目黒駅、 恵比寿駅、 渋谷駅、 新宿駅、 高田馬場駅、 目白駅、 池袋駅、
■中央線・総武線沿線
御茶ノ水駅、 水道橋駅、 飯田橋駅、 市ヶ谷駅、 四谷駅、 荻窪駅、 三鷹駅、御徒町駅
立川駅
■東西線 早稲田駅、 飯田橋駅
■半蔵門線 神保町駅、 九段下駅
■銀座線 京橋駅、 日本橋駅、 外苑前駅、表参道駅、虎ノ門駅
■千代田線 明治神宮前
■丸の内線 赤坂見附駅前、 本郷3丁目駅
■大江戸線 六本木
■都営新宿線 小川町
■東京田園都市線 三軒茶屋駅

■JR環状線
大阪駅、 福島駅、 京橋駅、 天王寺駅、
森ノ宮駅
■その他

■地下鉄御堂筋線
淀屋橋駅、西本願寺北御堂前、本町駅、心斎橋駅、 難波駅、 なかもず駅
■地下鉄四ツ橋線
肥後橋駅、 本町駅
■地下鉄堺筋線 堺筋本町駅
■私鉄沿線
京阪線天満橋駅、 阪神線野田駅、 南海線堺東駅

諺。

No pain, no gain.
To err is human, to forgive divine.

11/23/2008

やっぱりからくり。

人生って、やっぱり星野道夫の言うようにからくりだなぁって思った。

久々に逢った親友であり飲み友は、
ここ4年で一番素敵で可愛い顔をしていた。
彼女は私よりいくつか上であるが、
職場の受付と看護師として出逢った。
それから5年位が経つだろうか。

その間、当たり前だけれどお互いに沢山の出来事があった。
最初に逢ったときは離婚問題を抱えていた彼女。
離婚後、現在まで付き合っているひとは、
多額の借金を抱えてそれでもギャンブル
をしてしまうような人。 

彼は確かにいい人であるかもしれない。逢えば、
妹のように心配してくれ可愛がってくれた。
でも、私の大事な友人を いつもいつも、
金銭面から何から何まで心配と迷惑をかけていたから、
私としては好きにはなれず、

人の恋愛には助言しないという自分のルールをいつだって
逸脱して、彼女に彼とは別れるべきであると言っていた。

無論、彼女は大人であり、私よりずっとずっと頭の切れる人であるから、
それを頭では理解していたけれど、いつも言っていた。

「私のエゴかもしれないけれど、私がいなくなったら彼はダメになる気がして。」

その度に、私が「人間って以外と強いものよ。」と言っていた気がする。

そしてその度に彼女は、
「結局はひとりになるのを私が恐怖に感じているのよね。」
とつぶやいていた。

でも、昨日逢った彼女はとても可愛かった。
恋するってこんなに人を可愛くさせるんだって。 しみじみ思う位。 
なんだか、私にまでその空気が伝染してなんだか酔っ払う前から、
異常ににこにこしていたように思う。・・・お互いに。

彼女は新しい人と出会い、すぐにプロポーズされたとのこと。
今の彼とは別れて、プロポーズを受けるべきか否か。・
・・が今回の彼女からの相談であった。

彼女の思った通りに動くのが一番である。
目の前にいる彼女を見れば、その答えは明確であった。

人は、自分で決めていても誰かの一押しが必要なこともある。
勿論、その一押しをしました。
・・・だってこの4年間泣きっぱなしな彼女がこんなにも
笑っているから。こんなにも可愛いから。

その彼は、今彼女が勤めているところの上司だそうで・・・。
彼女が転職したのは、お金にルーズな彼の少しでも
金銭サポートをしようと思ったからで。

皮肉にも、彼のいろんなことによるルーズさが、
今の彼と彼女を引き合わせてしまったのであり、

あぁ。人生ってからくりだぁ・・・。

11/21/2008

予定。

今日は、下の弟が遊びに来ていた。
10歳も離れているため、産まれた時から今に至るまで、
かなり甘やかしている。そんな弟がお酒を飲める歳になった。

家族揃ってお酒が好きなため、弟ももれなくその血を受け継いだ。
あんなに小さかった弟とお酒を飲んでいることに時間の流れを
感じる。   普段寡黙な父や弟たちであるが、お酒を飲むと
徐々に饒舌になっていく。  私と母は元来おしゃべりなため、
いつもと一緒・・・・うぅん、いつも以上になっているかもしれない。

明日は、飲み友達と久々に逢う。
お互い、毎回記憶を飛ばすため安心して飲める友人の一人であると、
いつもお互いに言い合う。 彼女は、私が飲んだ後のひとり反省会を
開かなくてもいい仲間のひとりである。

来週は、旅友の地元である鎌倉に行く予定。
考えてみれば、鎌倉って小学校の遠足以来である。
私に合わした鎌倉ツアーをしてくれるという。
友人と逢うのも、鎌倉を感じるのも久々で胸が高まる。

イギリスから帰国した友人が川崎に在住しているようだ。
花粉がおさまったら逢う約束していたよね?とメールがきた。
大変・・・・うっかりしていたらもう次の花粉の時期が到来してまう。
お互い、動きだすまでが長い。
同じ沿線であるから、年内には顔を見に出掛けなくては。
そう思いながら、また返信を怠っている。

急に寒くなったからか、年の瀬も迫ってきたからか、
突然、いろんなお誘いがやってくる。

勢いにのって、沢山の友人のエネルギーを感じに外にでよう♪
そう思った。  さて、明日はうっかり、飲んじゃおう。
反省会のいらない飲みって以外とないもの。。。

そう言うと、弟にあきれた顔で、
「全く・・・・困った人だ。」と言われてしまった。

バロメーター?

いつものパン屋さんで、6枚切りにしてもらうところを4枚切りにしてもらって。
なんだか、それだけで幸せである。

月に数回、今月は1回の喫茶店のバイト。
常連さんがわざわざ逢いに来てくれたり、
「月に一回しか入ってない日に来れてラッキーだなぁ。」
なんて言われたり、時間の赦す限り深い話をした常連
さんに、これまた感動するようなことを言われたり。

言葉に真実が嘘かなんていらない。
その言葉に根拠なんていらない。

いいのだ。その時、その瞬間、その人が、
私を見てそう言いたいと思ってくれたのなら、
それを真実と捉えたい。

「貴方は大丈夫。もう大丈夫よ。」
そう唐突に言われた。少しばかり成長をした私は、
その言葉を素直に頂いた。

そう、私は大丈夫。大きな軌道修正はもうあの時に終えたから。
これからは、小さな修正をかけながら生きていく。

だから、4枚切りにしてもらったパンの表面に6つの切れ目をいれて、バターをのせて、
こんがりと焼き、おとし立ての珈琲とともに食す。

美味しいと思いながら、食事をできる間は私は幸せなのである。

そういえばなんでだろう(笑)

最近、旅人と話すことが多いせいか、
それとも、JTBの社長の話があまりにも
心に響いたせいなのか・・・・。

旅のことをよく思い出すし、人と話す。

同居人も旅人である。
同居人の言葉に大きく頷いた。

「今までの旅の思い出は財産だと思ってる。
おばあちゃんになって体が不自由になって、
旅に出られなくなっても、思い出で楽しめる
でしょ。だから財産。」

沢山の旅で覚えているのって、
突然マイナスの世界の国でシャワーがお湯から水に変わり凍えたこととか、
間違えた電車に乗って全然違う場所に行ってしまったとか、
混合の宿とは知らず、隣のベッドに見知らぬ男の人が寝ていたとか、
検問にひっかかり、警察官にバスから降ろされて尋問をうけたとか、
もう、そんなアクシデントばかりである。

そういえば、旅人って集まると必ず話すこと。
それって、貧乏自慢である。

あの国でいくらの宿に泊まったとか、
否、もっと安く泊まれたとか、
あの宿なんて、こんなぼろいんだとか、
否、こっちなんてもっとすごいよ。とか、
そんなことばかりである。

いかに、少ないお金で楽しく長く旅をできるか。
つまりは、どれだけ生きるエネルギーが強いか、
各々競い合っているのである。勿論、無意識的
にではあるが。

あぁ、やっぱり旅って面白い。
今行きたい所。

1、小豆島(香川県)
2、五島列島(長崎県)
3、アンティーブ(南フランス)
4、チェコ(プラハではなくて・・・。)
5、モロッコ
6、ブータン
7、与論島
8、サンクトペテルブルグ(ロシア)
9、バァロリス ゴルフ・ジュアン(フランス)
10、倉敷(岡山県)

もう一度訪れたいところもあれば、行ったことのない地もある。
燃油料が下がるまでは、青春18切符のお世話になろうかなぁ。

でも今一番楽しいこと。
週に1回の医療論文の授業。
自分の知らなかった道を知るって楽しい。

そういう意味では、勉強と旅は通じているように思う。
さてと、知らなかった道をゆっくりと歩こうかな。

角田光代。

さがしもの (新潮文庫 (か-38-4))


私の友人であればきっとこの本の深さと素敵さを理解してくれるだろう。
・・・と偉そうなことを言ってしまったが、本当に素敵な本なのである。

私を旅に駆り立てたのは「沢木耕太郎」であるが、
その気持ちを持続しているのは、彼女の存在が大きいように思う。

この本はいくつかの短編で成り立っている。
旅をベースにしているものもあるが、テーマは「本」である。

彼女のあとがきより。
「私は面白いと思えない本を読んでも「つまらない」と
決めつけないようになった。これはやっぱり人と同じだ。
百人いれば、百人の個性があり、百通りの顔がある。
つまらない人なんていない。残念ながら相性の合わない人も
いるし、外見の好みもあるが、 それは相手が解決する問題
ではなく、こちら側の抱えるべき問題である。つまらない本
は中身があつまらないのではなくて、相性が悪いか、
こちらの狭小な好みに外れるか、 どちらかなだけだ。
そうした時間がたってみれば、合わないと思っていた相手と
ひょん なことからものすごく近しくなる場合もあるし、
こちらの好みががらりと変わることも ある。つまらない、
と片付けてしまうのは、書かれすでに存在している本に対して、
失礼である。」


そう思う。愛すべき作家でありロシア通訳者であった米原万理さんが言っていた。「通訳者になってよかったことは、同時通訳するためにはいろいろな分野に精通して いないといけないので、プライベートであれば絶対に読まないような本を沢山読むこと。 意外な発見もあるし、視野も広がる。」 確かそんなことを言っていたように思う。


私もなるべく、偏った読み方はしないように心がけている。
父の書斎や、母や弟たちの本棚の本からpick upしたり、
図書館でも必ず全て回るようにしている。
普段、自分では絶対お金をだして買わないような本から、
得られることって、意外にも多いのである。


短編の中のひとつにこんな言葉がある。
「かなしいことをひとつ経験すれば意味は変わるし、新しい恋をすればまた意味が変わるし、未来への不安を抱けばまた意味は変わっていく。みなみのように、文字を目で追いながら涙ぐむこともある。声をだして笑うこともある。一年前にはわからなかったことが理解できると、私ははたと思い知る。自分が今もゆっくり成長を続けていると、知ることができるのだ。」

JTBの社長の言葉で感じたこと。

私の好きなTV番組「カンブリア宮殿」にJTBの社長が出演していた。
旅は好きであるが、JTBは敷居が高く利用したことはない。
けれども、TVではあるが彼に逢って心が動く。

とても素敵な人であった。

彼のモットーは、「過去に感謝、未来に希望を。」
村上 龍の「何のために働いているのですか?」問いに、
「平和のために働く、もっと正直にいえば家族の為に。社員も家族と思っています。」

そんな言葉に彼が凝縮されているように思う。
そして、惹かれる。


写真に写っているのは、ボスニアを旅した時の街の風景である。
ボスニアの内戦の跡は2005年に旅をした時も大きく残存していた。
街のいたるところに爆撃をうけたままの建物があり、 墓地があった。


若者の旅離れが急速に進んでいる。
街頭インタビューの言葉に落胆した。
「お金と時間なんてかけなくても、ハイビジョンで観ればいいし。」

ボスニアでお世話になった人達。
ブルガリアで友人となったイスラエル在住のユダヤ人の彼。
ミュンヘンで友人となったウィーン在住の中国人の彼。
フッセンで友人となったロシア在住の韓国人の彼女。
バッハラッハで友人となったドイツ在住の彼。
ブルガリアでお世話になったブルガリア人の彼女。
チェコでお世話になったチェコ人の家族。
ギリシアでお世話になったギリシア人の彼。
トルコでお世話になったトルコ人の彼。
ハンガリーでお世話になったハンガリー人の彼。
フランスでもスペインでもイタリアでも・・もう訪れた国では
いつだって沢山の人に出会いお世話になった。

もうそんな風に考えると、日本だけでなく、
沢山の国の人にお世話になり今の私は存在する。
誰もが、自分がお世話になった人や好きな人がいる国と
戦争をしたいとは思わないだろう。自分の大事な人が一人
でもその国に存在すれば、その人の愛する人達も大事
思うだろう。そんな風に考えていくと、やっぱり世界を知る
ことはJTBの社長の言うように、

「世界を平和にすること。」に繋がるのだろう。

11/18/2008

親しらず。

親しらずを抜いた。
抜くのに2時間半を要した。
その大半を開口していたためか、
4針も縫合したからか、
とにかく、クスリを飲み続けて
同居人に怒られてしまうくらい、
それ位痛い。

朝、起きるとあの痛みはないけれど
ほっぺが腫れている。

口もあまり開かない。

元来、ほっぺは膨らんでいるから
人からみれば「うん?腫れているかなぁ?」
という感じであろう。

でも、何度鏡をみても腫れている。
もうそれだけで憂鬱。

珈琲をドリップして飲んでも、
いつものように幸せな気分にはならない。

これから、歯医者さんに行って消毒をしてもらい
塾に行って、夜勤に行って・・・。

顎の骨まで削って抜いた親しらず。
見せてもらったら、粉々になっていた。

私とともに生きてきた歯なのに、
最初で最後の出会いなのに、
私の歯は粉々であった。
なんだか悲しいのはなぜだろう。

もう、いないのね。


さようなら。

11/16/2008

ちょっと前の過去。

旅に出たくなる自分を抑えるために図書館に行ったのに、
「イスタンブールの記憶」という、いかにも旅に出たい自分を更に
高める本をかりてしまう。

「私一生ひとりかもしれない・・・。」なんていう漠然とした気持ちを
ぶつけるために電話をしてきた愛しい友人に、

「旅にでたくなっちゃった・・・。」
とつぶやいたら、

「貴方と私の慢性病だものね。」
と笑われる。

「上司にプロポーズされたの・・・それなのに、今から彼の待つ家に
帰らなくてはいけないの。」
というやや重ためで彼女らしいメールに、「生きているなぁ。」
と思う。

気づいたらお財布に300円しかなくて、ちょっと困ったけれど
物価の安い商店街で、ほうれん草一束ともやし、そして卵を
買えたから、今日はお金はおろさないことにした。
なんと残金35円。   なんてことと思いながらも、
にやりと笑う私。  本当、なんてこと。

「お友達のお家にいってくる」という同居人を可愛いなぁって思う。
本当は彼の家にお泊りに行くのを知っているのよ。
なんだか、母親になった気分に陥る。

成城石井で小豆島のオリーブを購入。なんて美味しいのだろう。
こんな美味しいオリーブ食べたことない。ということで、
大量に購入する。最近オリーブの消費量が激しい。
私、いつからこんなにもオリーブが好きになったんだろうか?
思い出せないなぁ。

心の風邪をひいた人に「私は生まれてきたことが間違いだった。」
って言われて、また混乱する自分がどこかにいる。
人が悲しい気分に陥っているのをみるのって、悲しい。


明日は親しらずを抜く日。かなり厄介な親しらずらしい・・・。
あぁ、歯医者さんって大嫌い。

11/09/2008

笑う。 の続き。

イルカ


天気が良い休みの日。あえて予定はいれず、一日を自分のものにした。
けれど・・・同居人を仕事に送り出して考える。
「さて何をしようか?」

とりあえず、お散歩をしようと思い隣町まで歩くことにした。
お散歩を終える途中、そういえば珈琲の豆がきれていることに気付き、
やなか珈琲に立ち寄った。  入った瞬間、サルサの音楽が私の身を包む。
その心地よさと今日のお薦め珈琲がメキシコであることに心惹かれ、
豆を炒って貰うまでの時間、珈琲を楽しむことにした。

鞄にさっき購入した「イルカ」があることを思い出す。
ばななの本は読破しているが、この「イルカ」を読んだ記憶が思い出せない。
ということで、単行本になったこの本を購入したわけであるが。

珈琲とサルサ、そして「イルカ」。
このなんともいえない感じに軽いめまいを感じながら読み進めていった。

なぜか、最近の自分とシンクロする「イルカ」に多少の戸惑いと嬉しさを感じる。
登場人物である「吾郎」を彼にスライドさせては、なんともいえない気分となる。

忘れたはずの、
置き去りにしたはずのあの思いがヨミガエル。

そして、恋するってこんな感じだったなぁと思う。
久々に恋文を書こうかなぁ・・・なんて気分にも陥る。

紙の端切れに、今の思いを綴ってみた。
もうそれで満足。

もう二度と逢わないかもしれない相手に再び恋をした4日間。
でも、もうわさわさしていた気持ちに終止符を打った。

「イルカ」を読み終えるのと、珈琲を飲み終えるのと、お散歩を終えるのと、
同時に・・・。

11/06/2008

笑う。

                  「笑う」って大事だ。「笑う」って素敵だ。
     笑う」って行為が幸せであると証明してくれる。
     そう、「笑う」って幸せを表現するひとつの手段。
     どんなに自分が今幸せであるのかを言葉で証明するよりも、
     笑う」ことのほうがずっとわかりやすい。


友人が、辛いことの後には幸せが必ずくるのよ。
いつだってそうだったでしょ。そう、私に語りかける。
でも、私は首を横にしか振れない。たてに「こくん。」
とできないのである。明日はいつだって新しい日だって
言い聞かしても「こくん。」とできない私。
そんな自分にいつだってうんざりする。
でも、友人の言うことはいつだって正しい。
私にとって幸せな時間がやってきた。

その時間はいつだって唐突にやってくる。だから、いつだって準備ができない。でもそれでいい。それがいい。 私にとってそれが相手との大事な距離である。そう気づいたからである。

昔のように、相手が何を思って、何を考えて私と逢うのかなんて、そんな自分を苦しめることは考えないことにした。わからない答えを求めて、自分を苦しめて、せっかくの素敵な時間を心の隅に追いやりたくないないから。 どうせ、相手の気持ちなんてわからないんだから・・・。  真実は知らないことのほうが生きやすい。知らないほうが世の中を音をたてて歩ける気がする。そう、知ってしまうことで、音を立てずに歩く術を見つけなくてはいけないのだから。

相手の日常に、自分という存在が一瞬でも過ぎったことが、ただただ嬉しい。
忙しい日常で、私と時間を共有するという選択をしてくれたことがとても嬉しい。

最近の自分は混乱することばかりで全てが空回りしていた。
でもそんな日々はたったひとりの存在で無になる。

大なり小なり・・・・出会いには必ず別れがある。
「さようなら、ありがとう。」と告げた時は「笑顔」である。
でも、やっぱり別れを実感する時がやってくる。
昔の私は随分と引きずっていた。

次はいつ逢えるのか?本当に逢えるのか?もう逢えないかもしれない。
そんな自分自身との問いかけに苦しんでいた。

今だって、その気持ちは全くないわけではない。
でも、あまり引きずらなくなった。
成長できたのか?大人になったのか?

でも昨日も今日も無理。
そんなにすぐには元気になれない。

だから、アリーをみて・・・料理をして・・・同居人の帰りをまつ。
きっと、もうすぐ元気になる。

こないだのスペイン旅行で友人と笑っている写真を机に並べてみた。
とても幸せそうな私がそこに凝縮されている。

そうだ、私「笑う」んだった。

10/31/2008

たしか・・・。

ポーランドを訪れたときにたまたま立ち寄ったお店で購入したはずだけど、あってるかな.ひとめぼれした、粘土人形。 この顔に癒された。 今は実家の2階の窓ふちにちょこんと座っている。

10/22/2008

特に意味はないけれどね。



同僚に「30代って一番素敵な時期よ。20代ってね、ただ若いだけってことでいろんなことが赦されていたような・・そんな感じがあって。でも30代ってすごく充実するのよ。若さをとってしまった自分に残るものをみつめられてね。」

そんな言葉を突然投げつけられた。なんだか嬉しかった。最近とみに感じる30代の生き方の、ひとつの答えな気がした。  何百もある答えのひとつかもしれないけれど、今の私には沁みたのである。

仕事で埋め尽くされていた最近の私の手帳をみて、確かにお金は貯まったけれどね・・・と頬ずえついて悪態をつきたくなる自分がいる。  仕事は好きである。  仕事で埋まった人生も悪くないと思っている。  大好きな活字をあまり追えなかった自分にもそれほどストレスを感じることはなかった。 日々の思いを文章にしてブログにUPすることができないからといって、これといって何かを犠牲にしているとも思わなかった。  同居人とのすれ違いの日々もそれはそれでいいと思っていた。


でも何もしなくていい一日のお休みを、誰とも会話せず、スーパーで購入した軟骨を柔らかくなるまでコトコトと煮ながらその傍らにちょこんと座り、図書館で借りてきた本を平行読みすることに費やした。それに贅沢を感じてしまうと、やっぱり、お金よりもこの時間が好きと思ってしまう。

ジャンルの違う本を乱暴読みしてみた。

開高 健   声の狩人
米原 万理  パンツの面目ふんどしの沽券
石田 衣良  恋は、あなたのすべてじゃない
ルソー      人間不平等起源論
阿刀田 高  短編小説より愛をこめて
香山 リカ   キレる大人はなぜ増えた
春日 武彦  子供のまま大人になった人たち
桃井 かおり 賢いオッパイ
安西 水丸  魚心なくとも水心


心地よい疲れを感じた。
その後、溜まっていた新聞のスクラップに取りかかった。
床一面に新聞を広げひたすら・・・。
活字とカフェイン中毒な一日であった。
来月からは家モードに切り替える。

そう決めた。

 

スプーン。

スプーンおばさんが探す「幸せと不幸せをかき混ぜるスプーン」
がどこにあるのかわかった気がする。

それって、友人だ。

久々の喫茶店の仕事。
そこに同居人と親友、そして親友の友人、そして何年ぶりだろうか。
もう数えることもできないくらい久々の学生時代の同級生であり、
尊敬する人であり、兄である人がきてくれた。

いつだって絶対的な安心感をくれる人たち。

いろんなものをかき混ぜてもらい、私は幸せになる。
大事に大事にしなくては、この「スプーン」



スプーンはここにあったのね、スプーンおばさん。

10/19/2008

武家屋敷周辺の散歩。

友人とランチをすることになり、久々に武家屋敷周辺を歩いた。散策という言葉がこんなにも似合うところはないといつも思う。武家屋敷周辺だけでなく、金沢には沢山の散策に絶好の道がある。
                ランチを楽しみ、大満足である。 
 

急行能登。



特に鉄道が大好きというわけではない。
けれども、本来乗ろうと思っていた飛行機にうっかり乗り遅れてしまい・・・・電車で行くことにしたのである。

・・・ということで、上野23:33発 金沢6:29到着の急行能登に乗ることにした。この電車は寝台ではないため、飛行機や寝台で行くよりは格安である。

上野駅に到着したホームに向かうと何やら人だかりができている・・・それもフラッシュの光やら音が聞こえてきた。  なるほど・・友人が言っていたとおりである。  この電車、鉄道好きの間では人気があるらしい。   私も混じってパチリと2枚ほど。  ちょっぴり鉄子になった気分である。

10/18/2008

不自由さ。

久々にヤクルトの自動販売機にて、ジョアを購入した。
そしてがっかりしてしまったのだ。

だって・・・・ストローをさす場所が決められていたからだ。
こんなところにまでルールが敷かれてしまったことに不自由さを感じる。

まぁ、いちいちこんなことで不自由を感じ嘆いているようでは疲れてしまう。
そうわかっていても、嘆かずにはいられない。

ストローをさす・・・・その行為に位は自由を残してほしかった。 

そして、そして、できればミルミルを私の大好きなパッケージに戻してほしい。
ヤクルトのおばちゃんに頼んだら、「味は変わらないから。」と相手にされなかった。

違うの・・・あのパッケージだからミルミルなんだもの・・・・と叫びたい。

金魚。



金沢を旅した。

ちょっと・・・否とてもとても辛く悲しい出来事が起きた。
けれども、友人の優しさに囲まれてすぐに立ち直った私。

友人達が連れて行ってくれた、お豆腐料理のお店の入り口に金魚がいた。

水の中でスポットライトを浴びながら優雅に泳ぐ金魚に、自由とその裏にあるものを感じる。

友人達の優しさに、体の深部にぽっと光が点く.

おじいちゃま達。






















マドリードの、とある駅。駅の中はマイナスイオンが充満している。やっぱりいました・・・・3日連続でこのベンチに座っている、3人のおじいちゃま達。

おじいちゃま。






















おじいちゃまって、どの国に行っても目に飛び込んでくる。

ヨーロッパを旅して思うこと。
おじいちゃまが公園でお日様の陽を燦浴びながら、読書をしている・・・そんな光景の多いこと。


私が旅で好きな光景。

「ベンチに座っている人達」

ガウディ。 更なる続き。










どこを歩いても見える「サグラダ ファミリア」


ベンチでのんびりとした時を過ごしながら、時折ふっと上を見上げ、そこに「在る」ことに安堵する。



そこに「在る」ことが、必要である。

ガウディ。  続き  


「サグラダ ファミリア」
完成した「サグラダ ファミリア」を心まちにしながらも、どこかで未完成のままを願う。
なぜだろうか。







「不完全」  「未完成」には未来があり、
「完全」  「完成」の後にあるのは・・・・・。   

ガウディ。






















久々にガウディの作品に会い、何とも言えない気持ちになる。


「サグラダ ファミリア」

最初にこの作品を観たのは、TVの画面。確か、珈琲のCMではなかっただろうか?  あの時に私はガウディの存在も、勿論「サグラダ ファミリア」の存在も知らなかった。

けれども、なぜかあの映像を鮮明に覚えているのだ。

10/16/2008

証明。

「自分が正しい」ということを証明することは
困難であるというか、不可能であると思う。

自分自身で自分は正しいんだと信じることはできても、
自分自身で自分は間違っていないと信じることはできても、
それを、他者に証明することはできない。

できるとしたら、それは信頼という名の橋を架けてそれに頼るしかない。
けれども、この「橋」は脆い。耐震補強をしたつもりでも、できていないようだ。
 
私は彼女に言いたい。

「貴方のとった行動は絶対に間違っている。」・・・と。
どんな理由があるかは知らないけれど、
社会のルールを守れない人は間違っている。

10/05/2008

尊敬してしまう。

心の風邪をひいている、父と同年代の男の人が最近結婚した。
結婚後、久々にあった。

「どう?」との問いに、
「いろいろあるよね・・・やっぱり。」

「良かったなぁって思うことは?」との問いに彼はこう答えた。

「我慢をするってことを教えてくれたことだよ。」
ずっと一人暮らしを続けていた彼が言ったこの言葉。
とても重く、とても優しく、私の中に響いてきたのである。

我慢することを教えてくれて有難う・・・そう私は人に感謝できるだろうか。

10/04/2008

よくわからないけれど・・・。

難しいことはよくわからないけれど、
きちんと社会のしくみも世界のしくみも把握していないけれど、
きっとそうなんだろうなぁ、位のレベルの話ではあるけれど、
日本を脱出して世界を見るとよく見る光景。
たまたま日本で見ないだけなのかもしれないけれど、
道端で座り込み、お金をくださいという人を沢山見かける。
日常にその風景は溶け込んでいる・・・それ位珍しいことではない。

座っている人だけではない、

ギリシャでは、ゴハンを食べていると執拗に花を売りつけようとする人がいた。
ナポリでは、赤信号で止まっている車を勝手に洗車してお金を要求する人がいた。

もう、とにかくいろんな人がいる。

私はどんな人にも絶対にお金を渡さない。
けれども、お金を渡している人って結構多い。
なんでだろう?って不思議に思っていた。

でもちょっと、立ち止まって考えてみた。
日本はある程度、いろんな保障が確立している。
働いてなくたって、税金を納めてなくたって、QQ車で運ばれてきて
「お金がない」と言えば、生活保護になることだって可能である。
そういう保障を確立するために使うのが税金である。

国民の義務である納税。  働けば働くほどひかれる税金。
悲しくなるほど税金は高い。  仕方ないと思ってもため息。
どんな人にもお金を渡すことはしないけれど、税金は納めている。

様々な保障を確立するために、国民が頑張っているという意識って、
皆にあるのだろうか。

歩こう会?

仕事が終了したのが夜中の3時。
少し仮眠をとり、帰宅すると・・・・最寄り駅に長蛇の列ができている。

どうやらJR主催のハイキングのようである。
世間で言われる、今のシニアは元気・・・・どうやら本当である。

歩くのは私も大好きである。
いつの日か、私も歩こう会に参加しているのだろうか。

協調性のない私。
小学生のときは、登校班やぶりの常習犯であった私。

きっと、私はひとりで歩くのだろう・笑。

オリーバ,

オリーブが好きになったのはいつごろからだろうか?
ワインを飲みながら、オリーブを食べる。
特に好きなのは黒オリーブである。

勿論、オリーブオイルも大好きである。明治屋や紀伊国屋に行ってはオリーブやオリーブオイルのコーナーに行く。なんとも幸せな気分となる。

ワインとオリーブでのんびりと空想の世界に浸る。 そんな時間に幸せを感じる。

スペイン語ではオリーブを「オリーバ」と言うらしい。
バルのおじちゃまが教えてくれた。





同居人もオリーバが好きである。
今日は、明治屋で購入したHeroのDeliciaという 黒オリーバをワインと共に食する。
このオリーバはかなり美味しい。オススメである。

10/03/2008

戸・・・・手?



私の家も、これがいい。   どこに行ってもこれである。

なんとも可愛い。  ついつい、手を握りたくなるかもしれないが・・・。

ドアノブまでがartである。   どこにだってartは組み込めるのであろう。  そう人生にだって・・・ね。

  

生きることは芸術。私たちは芸術作品。

おっちょこちょい


「おっちょこちょい」が死語でなければ、私は間違いなくおっちょこちょいである。朝から指輪を珈琲の中に落とした。ぽちゃん・・・とね。

毎日、必ず何かする。  極めつけ、帰りの飛行機に乗り遅れ、荷物は成田に届かず、パリで止まってしまった。

前回の旅でこのチケットは昨日の日付ですと言われたときも泣きそうだったけど、今回もいろいろと泣きそうであった。

試練の度に強くなる私。   そんなに強くなったら可愛げない子よね・・・
きっと。

暑かったら・・・。


そりゃぁ、アイスでも食したくなりますよ。   あぁ・・・暑い。               

本。

古本市が開催されていた。  スペイン語なんて全くわからないれど、本の匂いにつられてふらふらと・・・・。   やっぱり、本って落ち着く。


なんでだろうか?    本って裏切らない感じがするからだろうか?

それにしても、サスペンダーにベレー帽。   父がおじいちゃまになったらさせたい格好である。

そうですよね・・・。


ごめんなさい、豚さん。 私、鳥よりも牛よりも豚肉が好きなのにも関わらず、豚さんがここにいることに、抵抗を感じています。   生きていることに感謝。  食べれることに感謝。  豚さんに感謝。
ですよね。   怖いって思って、本当にごめんなさい。

ヨーダ、

 
シュールなヨーダはなんともいえない。  堂々ととるのはいささか抵抗があったので、隠しどり。シュールなヨーダにもう一回、逢いたいなぁ。

pans,

愛おしい同居人はpansが大好きである。  旅にでる時のお手紙にも絶対に食べるように書いてあった位である。   以前スペインに行ったときに・・・行ったかは不明。

とりあえず、オススメの生ハム入りを食べてみた。確かに美味しい。  彼女へのお土産は勿論、pansのあれと、これと・・・・(笑)

同居人の驚いた顔の後の喜びが忘れられない。  
私は喜びを表現するのが苦手である。本当はものすごく嬉しいのに上手に相手に伝えることができずにいつも悲しい気持ちになる。

愛おしい同居人が可愛いと、こんな時改めて思う。

pansも美味しかったけれど、同居人の喜ぶ顔のほうが嬉しかった。きっと、pansを見るたびに彼女の笑顔が浮かぶのだろう。

人の笑顔ってなんて素敵なものだろう。

素敵。

有名な広場。   このふたりをみたら、ジョン・レノンの「イマジン」が頭を流れる。  素敵なふたり。

こんなに沢山の人がいるのに、そこに二人だけの世界がある。   まるで、遊園地で珈琲カップにのりまわし過ぎて、自分たちだけしか見えないかのように・・・う・・・ん、ちょっと例えが貧困。

マドリードの夕日。

素敵な夕日を見ながら帰ったようだが、酔っ払った私はカメラで見る・・・・こんなに綺麗な夕日なのになぁ・・・まぁ、また来いってことね。


だって、楽しかったから。


楽しいと・・・酔っ払う。

私は楽しければ楽しいほどお酒を胃袋に流し込み、そして楽しいまま記憶を飛ばす。


何が楽しかったか?それは覚えてないけれど、体が楽しかったと覚えているようだ。


どうやら、このバルで、お酒を浴びるほど飲み、皆で踊り、まかないまでご馳走になり
スペイン語なんて全くわからないけれど、楽しんだ。


繁盛しているバルは床が汚い。  私がこのバルに来たのはきっと呼ばれたから。

来年も行かなくちゃ。



こんなに美味しくて楽しくて。

たまたま入ったバル。 なんとなくこのバルが気になった。日本で例える必要があるかは不明だが、例えるなら、新橋高架下・・・。  田舎町で出会ったバルは今回の旅で一番の思い出となった。一番楽しく、一番美味しかった。  酔いすぎて記憶はほとんどないけれど、それでも楽しかったという記憶は脳に残っているらしい。  また行きたい。  また逢いたい。



10/02/2008

のぞき穴?





穴があればのぞきたくなるのはなぜだろうか?
マドリッドの王宮の穴・・・・。

お気に入りのおつまみ。


                おじちゃんの作ったこれ。

スペインのバルが好き。  これが好き。  とっても美味しいのである。お気に入りなのに・・・・・名前なんだったかな?忘れてしまった。    



              

パエリア。

     美味しいパエリアを食べた。  美味しいものを食べているときって幸せである。  
    そういえば、スペインでパエリアを食べたの初めてだった。


    

上野動物園。

上野動物園、パンダがいなくなったら入場者数が激減しているとか。
大好きな上野動物園が存続の危機となったら行くしかない。

同居人と上野動物園の年間パスポートをもって、動物園に行く。

パンダもいいけど、この動かない鳥も楽しいし、スローロリスも楽しいし、
くまは大迫力になっているし・・・・。

みんな、もっと上野動物園に行ったら楽しい発見があるはずなのに。
さて、次はいつ行こうかなぁ。

一日中、スローロリスを見ていたい。

ジブリ。

久々にジブリを訪れた。
子供には戻れない私は永遠にねこばすには乗れない。
大人と子供・・・楽しいのってどっちなんだろうか?

そんなこと考えたって、例え答えがでたとしても私が子供に戻ることは不可能だけれど。

せめて、天空に行くことは叶えてもらえないだろうか。
そんなことを考えてジブリを後にしたけれど・・・・。

立ち寄ったのは、「イセヤ」。
昼間からのアルコールほど美味しいものはない。

やっぱり、大人がいいってことかぁ。

10/01/2008

赦す。

「赦す」そう、「許す」。
人を「許す」ってとても難しい。
自分を許すってことがとても難しい以上に。

自分の常識がいつだって世界の常識の枠にはいるとは限らないって、
そう、そんな常識を知っていたって、

やっぱり、「赦す」って難しい。

私の30代の目標。
少しだけ大人になっての目標。

もっと肩の力を抜いて、大きく深呼吸をして、空を見上げてにこって笑って、
全てを「赦す」こと。

だって私、世界に「赦されて」ここまできたんだもの。
世界を「赦す」心をもたなくては。

「赦す」・・・それはきっと否、絶対「信じる」ことから始まる。

9/13/2008

ガロ。

喫茶店のバイトを始めてからよく頭に浮かぶ歌がある。


喫茶店・・・なんとも深い存在である。

9/11/2008

ステキな夫婦。

今日は明け、そして喫茶店の仕事の日である。

やっぱり落ち着くこの空間。
シャンソンに耳を傾けながらのんびりと仕事をする。

母と同年代と思われる婦人が来店した。
彼女とは初対面ではなく、以前来店した時に逢っている。

その時も一人で来店し、待ち合わせの方と帰っていった。
なぜだか、とても印象に残っていたので覚えていた。

今日も待ち合わせの様子。

やっぱり今日も後から待ち合わせの方がやってきた。
なんと旦那さまであるとか・・・・。

旦那さまの仕事を終えるのを待ち、ふたりで芋焼酎のお湯割り一杯を
飲み、楽しそうに会話をすると帰って行った。

ステキな夫婦を見て思う。
こんな関係が築けるのならお嫁にいきたいなぁ・・・と。

9/04/2008

濃い・・・濃すぎる友人との関係。

彼女と逢ったのは私のバイト先の病院。

私は生まれたときから自分の寿命は決められていると思っている。
例えば、私が旅先で死んだとする。
人はきっとこう言うだろう。

「旅に出ていなければこんなことにはならなかったのに・・・。」

私はそう思わない。
私の寿命はそこで終わる予定であったのだ。
旅にでなくとも私に死はやってきたはずである。

人生を旅する上での根本はここにある。
そして彼女もここにある。

私たちは、離れようとしたとしても同じレールから降りることはできない。
全くの他人である私たちは怖いほど似ている。
鏡の相手ではなく、同じ位置から同じ方向を向いている。


彼女と私は、週2回同じ職場で働いている。
けれども必要最低限の会話しか交わさない。

でも時々、彼女の家で逢う。
彼女とは距離をおきたい。彼女も私とは距離をおきたい。
月に1回ないし0回濃密な時間を過ごすだけで、毎日逢っているに等しい時間
を共有してしまう。

今日はこれから深夜勤。
けれども、彼女との時間に全エネルギーをつぎ込んでしまった私。

動けない・・・頭がとても疲れた。
とりあえず、珈琲をドリップしてソファで一息する。
カフェインをいれて、少しだけ息ができる。

生きていく過程の中でここまで濃い関係は彼女としか気づけない。
お互いそう思っているけれど、口にはださない・・・・怖いから。

彼女は私がこの生きづらい世の中で、それに気づきながらも息をするために
神さまが送り込んだに違いない人である。


時々逢って、自分を律していかないといけない。そう・・・お互いに。

9/03/2008

定食。


友人の友人であるおじちゃまが営む喫茶店。そこで定食を食べた。ここにも何とも言えない温かい空気が蔓延している。友人とは特に多くの会話は交わさない。その空間に一緒にいることが会話なのだ。

金沢での優しさのつぶやき。


空港まで明けの友人が迎えにきてくれた。
病棟の皆も温かく迎えてくれた。

サルサに行った。
私の大好きなサルサのママは満面の笑みで私を迎えてくれた。
久々のママのレッスンは最初から最後まで楽しかった。

サルサの皆に逢った。
いつもと変わらない「そこ」に私は安堵する。

夜は元同僚である友人と友人の旦那様と、そして主任と飲んだ。
他愛もない会話が私を何かから解放させてくれる。

ローレンスに行った。半年振りのローレンスはあの時のままである。
「久しぶりじゃない・・・元気そうね。」そうローレンスさんに言われ何とも
言えない気もちになる。  

いつものハーブティーでいいの?と言われ私の居場所はここであると
気づく。  ローレンスさんのハーブティーしか飲めないし、飲まない。
彼女の煮立ててくれるハーブティーはすごいのだ。
私の弱った気持ちをしゃんとさせてくれる。
そして帰りには、調合したハーブを持たせてくれた。

今回は幻ゼリーに出逢えなかった。まぁ・・当然である。週2回以上通って
いた私が幻シリーズに出逢えたのはたった1回だもの。

12月24日  ローレンスを訪れること決定。画家でもあるローレンスさんが
絵を見せてくれるのだ。  ステキなクリスマスになりそうな予感がする。

ローレンスの壁にかかったカレンダーの12月24日の欄には私の名前が
大きく書かれている。 


美術館のチケットはものすごいプレミア付のチケットであったようだ。


「やっぱりアメリはこの地があっているのよ。」そう皆に言われ、
「私もそう思う。」とつぶやいた。


  

私の居場所って。

喫茶店の常連さんが21世紀美術館の展示の招待券をくれた。
タイムリミットは8月31日。  
仕事の休みはない・・でも行きたい。

券をもらう直前まで金沢に行こうなんてこれっぽちも考えてなかった。
券をもらった瞬間に頭は金沢でいっぱいになった。

どうしても行きたい。行きたいと思ったらとまらないのが私である。
スケジュールと睨めっこをした。
喫茶店の仕事と精神科の仕事を変更してもらい、深夜明けと入りの間
で行くことに決めた。行きは飛行機・・・帰りは新幹線。

半年振りの金沢は私に優しかった。
疲れきった私の中に生きる原動力を与えてくれた。
金沢に住んでいたあの時間はやっぱり大きかったのである。

8/19/2008

旅離れ。

    「若者の旅離れが深刻化している。」

とある旅行会社の記事である。

隙あらば・・ではないが、休みとお金があれば旅に行こうと思っている
私には、よくわからないというか、共感できない話である。

旅を続けるために、仕事をフリーに変えた。
旅をするために沢山のお金と時間を費やした。

旅をするために犠牲にしたものは沢山あるかもしれないし、
ひとつもないかもしれない。

旅をしたことで得たものはひとつもないかもしれないし、
あるかもしれない。

でも、旅をしようか迷っている人がいたら、私は間違いなくこう言うだろう。

「行ってきなよ。」

9月のスペイン。10月の金沢。
今の私をストイックに働かせる原動力はここにある。

旅は生きるための原動力なのかもしれない。

喫茶店での話。

私の働いている喫茶店は創業59年。


重たいドアを開け、一人の老婦人が入ってきた。
彼女は一言「やっとみつかったわ。嬉しい。」と言った。

店長が声をかけると、それを待っていたかのように話し出した。

「60年前、私は近くの大学に通っていたの。といっても当時は
大学ではなく専門学校だったけど。その時によくこの喫茶店
にお友達と立ち寄って珈琲を飲んだのよ。」

「今度はお友達と来ます。」そう言うと、満面の笑みを残し去って行った。


当時のままで残っている喫茶店は、彼女に何を思い出させて
くれたのだろうか。時代は大きく変わり、老婦人の人生も80年を迎える。

けれども、その当時の記憶と空気はきっと変わらないのだろう。

シンプル。  素。

連日の暑さ。連日の仕事。
ちょっとばかり、否かなりの疲労感。

でもそんな時に私を癒してくれるのは、痴呆の患者と心の風邪をひいた人たち。

心の風邪をひいた人たちと手作り夏祭りを楽しんだ。私の係りは、ヨーヨー作り。皆での共同作業なんていつぶりだろう。単純に楽しめた。手作り夏祭りを皆楽しみ、私も楽しんだ。きっとこういうことが、心の休息であり、「楽しむ」ということは単純にこういうことなのだろう。今年始めての「夏」を楽しんだ。

「痴呆」のイメージは世の中では暗い。確かに、家で介護をしている人たちにとって「暴力」「徘徊」etcは深刻な問題であろう。私たち医療者でさえ、患者の痴呆には頭を抱える。でもその一方、癒されることもある。

今日もピンクのパーカーを着た80代のおじいちゃま、朝からトイレで全身びしょびしょ・・「どうした?」の問いに、「いろんなボタンでいたずらしちゃった。」と茶目っ気たっぷりに言う。その姿はまるで小さな子供のようである。ウオシュレットで遊んでしまう患者にやれやれであるが、朝の忙しさにつかの間の笑いをいれてくれる、癒しのおじいちゃまである。

元ペンキ屋の親分であるという80代のおじいちゃま。家に帰りたくて仕方ない彼は、看護師の目を盗んでは、脱走しようと試みる。  見つけては「どこ行くの?」と聞くと、「ちょっと息抜きだよ。」とか「外を見てただけ。」とにやにやしながら答える。「まさか、病院から抜け出そうとしていたの?」と言うと、「やぼなこと言うなよ、俺がそんな悪いことするわけないだろう。」と下町口調で、満面の笑みを向け答える。


まぁ、なんだかんだこの仕事に癒されている私である。

「痴呆」とは、死を受け入れるための準備なのだとよく言う。死の恐怖から逃れるためには「退行」。 そう、死の恐怖を知ってしまったら、その恐怖から逃れるための手段 として、「痴呆」が存在するのかもしれない・・・。

経験や知識は、時として生きる上で邪魔になる。無垢な子供時代・・・そのままで生きていくほうが上手くいくこともあるのだろう。

8/08/2008

絶望。

「絶望」するなんて、日常でそう簡単につかう言葉ではない。
けれども、人生に絶望するなんていともたやすいことのようである。

絶望した今日に終止符をうつためにひたすら眠った。
あんなにも毎日睡眠を夢みていたのに、目覚ましをかけずに、
眠っていていい状況に陥ると短時間で目が覚める。

この暑さで何もする気にもなれず、洗濯をしてお風呂に入り
冷凍していた秋刀魚を焼き、お素麺をゆで、Amelieをつける。


人生に絶望していた自分を笑う。
そう、人生に絶望するなんてそんな簡単にできることではないのだ。


明日は新しい日。私は笑顔で迎えることにした。

8/06/2008

刺激。

彼女の旅の本が好きである。
彼女の旅のドキュメンタリーが好きである。

その彼女と逢ってしまった。
心の中で大興奮である。
その彼女と短い時間であったが話すことができた。

生きるPOWERが違う。
何か惹きつけられるものが彼女にはある。
素敵な女性に逢って私の脳は活性化された。

喫茶店の店長は劇団の脚本もてがけている人であり、興味深い話を
沢山してくれる。

喫茶店の常連さんはいろいろな世界で生きている人たちである。
そんな常連さんの話は興味深い。

フルートの先生はいろんな分野の話をしてくれる。
いつも先生の話を聞くのが楽しみである。

当たり前のことだけれど、世の中には沢山の人がいて
沢山の仕事があって、沢山の事実があって、
沢山の生き方があって・・・・。

様々な世界で生きている人と話すのはとても楽しい。
最近、脳が活性化されている。

嬉しい。

8/02/2008

安らぎたいときもある。

喫茶店の仕事を始めて、心の風邪をひいた人たちの元に行くのを
止めようとしたのに、結局はどちらも行くことになり仕事が増えた。

やっぱり、心の風邪をひいた人たちから離れられない私。
いろんなことがもっともっとわからなくなり、私の状況はどんどん
悪くなる。何も考えずにシンプルに生きたいと願えば願うほどに
そこから遠ざかる。

でも、安らぐ場所がある。時々、そこに行ってあの人と話して落ち着く。
ちょっとだけ逢いに行って元気をもらった。

今はそれでいい。  明日も仕事。毎日仕事。だから寝なくっちゃ。
 

7/30/2008

郵便屋。

EMSを使ってある国に荷物を送った。
イスラエルもロシアも無事に届いたので今回も大丈夫だとは
思うのだが、今回の国は追跡ができないそうだ。

日本を出発したかどうかはわかるらしいが、それ以降は
消息不明となるらしい。  ちょっと心配である。
相手先の人が「届いたよ」と連絡をくれるまで落ち着かない。

郵便屋さん。よろしく頼みます。

商店街。

商店街が好きである。
自己満足であるけれど、魚は魚屋。野菜は八百屋。消しゴムは文具屋。
豆腐は豆腐屋・・・・そんな風に決めている。

お店の人とのほんのちょっとの会話が好きである。
そして、そこの街での自分の位置を確認する。

お世話になった人に甚平を贈ろうと思い商店街の呉服屋さんに立ち寄った。親子3代で営む呉服屋さんは優しい空気が流れている。椅子に座り、ひとしきり会話を楽しみ甚平を購入して帰宅した。

実家の近くに古本屋さんがある。ちょっと気の弱そうな・・それでいてこだわりは人一倍ありそうなそんな感じの店主はいつも大音量でラジオをつけている。どうやら、客がくると小さくするようだ。ドアを開けると途端にラジオが聞こえなくなり、店主の独り言が聞こえ始める。何を話しているのかはさっぱりわからないが。
芸術・哲学・工学の本を扱うこの古本屋で「ユリイカ」と「ガウディ讃歌」を購入した。

母と近くの台湾料理店に行き、台湾に行きたいねと話しながら夕ご飯を食べ散歩をして帰宅。唯一冷房がある弟の部屋でちょっとばかしくつろいだ。さて、仕事に行こうかなぁ。

夏休みかぁ・・・。  つづき

図書館に本を返却に行った。
何を借りようかなぁとうろうろしていると、よしもとばななの本が目にはいった。
春樹さんの本も目にはいったが、なぜかばななさんの本だけを手にとった。
そして数冊の本を借りた。

恋愛の迷子になった時、必ずばななの本を手にとる。今は、迷子になっていない。なぜなら、散歩すらしていないから。きっとばななの本が目に飛び込んできたのは、散歩をしたくなったからだろう。

「できれば全ての別れが旅先のようであったらと願う。笑って手を振って別れたあとで、もう二度と会えなくなったことに気づき「そうかあれが最後だったのか!」と思ってお互いきゅんとして、来た道を愛しく振り返るような・・・・もしもできることなら、そういう粋な感じになるといい。」  そんなばななの言葉にふっと蘇る記憶のひとつ。

素敵な人はきっと沢山いる。アンテナをもう一度受信モードにしなくてはと思いながらばななの本を閉じた。

喫茶店の仕事は楽しい。常連の多い喫茶店であるし夜はBARになるので、ちょっとばかし難しい人を相手にしなくてはいけない事もある。でもやっぱり、いろんなものを差し引いても楽しいように思う。喫茶店の仕事を始めて学んだこと。命を背負う仕事の精神的ストレスの大きさ。そして、やっぱり看護師の仕事が好きである
自分。喫茶店は私に沢山のことを気づかしてくれる。もう少し頑張ろうと思った。


美容院に行った。2ヶ月も行かないと髪の毛が激しく増量するのだ。やっぱり以前のスパイラルに戻したいので髪の毛は切らずにすいてもらった。いつも店長に切ってもらっている。けれども、手違いで今日はお休みであった。しきりに謝罪する美容師さん。  でもたまには、違う美容師さんにcutしてもらうのも新鮮である。  やっぱり、人生にアクシデントは必要である。  アクシデントによって気づくことや知ることって沢山あるはずである。

毎日、少しづつスパイスをふりかけて生きていきたい。

夏休みかぁ・・・。

どうも電車が空いていると思ったら学生がいなかった。そう夏休みである。中央線の窓から見えるプールが賑わっている。あぁ、夏休みなんだなぁって思う。

JRがポケモンスタンプラリーを開催している。子供たちが首からポケモンをぶらさげて、元気よく改札でスタンプを押している。どうやら16時までのようで、16時が近づくとものすごい勢いで改札を抜ける子供たち。子供のパワーってすごいなぁって思う。

家のお風呂が故障した。この暑さで壊れるなんてなんとも空気のよめないお風呂である。不規則な私の仕事では15時から0時までの銭湯の時間ではまかないきれない事もある。仕方ないので同じ都内にある実家にしばし帰ることにした。

実家は居心地がいい。でも同居人との生活が自分の生活となっていた私は何か物足らなさを感じている。

「奥さんが里帰りしている旦那さんの気持ち。」そんなメールを送ってきた同居人。お掃除があまり好きではない彼女・・・心配になり仕事の合間に少しだけ帰宅した。予想通りの部屋が私を待っていた。

決して綺麗好きなわけでもまめなわけでもない私であるが、この背景で掃除をすることが好きである。   この空間での掃除は私の楽しみなのである。小さい頃、私の役割はお米とぎと玄関掃除、そして父の靴磨きであった。その時の匂いがして感じがして嬉しくなるのである。同居人の役割があって、私の役割がある。 これが生きることであり人生が廻っている、そんな気がするのだ。  役割を与えられて始めて生きていることを実感するのだろう。早く、お風呂が直らないだろうか。  今の私の居場所はあそこである。

お隣の家の建て替え工事が始まった。解体工事の騒音が暑さと重なってイライラを誘発する。愛する虎と桜もおびえて巣箱にこもっている。仕方ないとはいえなかなか優しくなれない私。  けれども、今日家の前で解体のおじちゃんに「うるさくて申し訳ないねぇ・・。」と言われた。  その言葉で私のイライラは消え去った。  言葉は偉大である。

7/19/2008

自販機。




本郷通りを散歩した。

そこでみつけた自販機・・・・同居人と何かがおかしくて足を止めてみた。そう、この自販機、メーカーが異なるジュースが売られているのだ。そして、真っ白。なぜか、こんなラベルまで・・・確かにアメリカ?・・・ですが。
なんとこの自販機、個人の趣味で販売しているようだ。
家の前の自販機は24時間問わず、ガタっと音がする位売れ行き好調な様子。是非とも、私達のセレクション自販機を隣に置いたみたい。私たちだったら、何をセレクトするかなぁ?