11/16/2015

あの時に覗いた国は世界はもう少し柔らかいものであったと思う。

ヨーロッパはどこか敷居が高かった。
小さい頃に好きだった世界名作劇場の世界が私の知るヨーロッパだった。
キラキラしたその国々に私が行くことはどこか場違いな気がしていた。

「深夜特急」に影響され、旅を始めたのは10年以上前のこと。
ドイツを一周することから初めたヨーロッパの旅で一瞬でその魅力の虜になった。

その中でもフランスはとても素敵な国であった。
その後何度となく足を運ぶほど素敵な国であったのだ。

私が知らないことが詰まっている国であり、刺激的であった。
今でもその時の刺激がいろいろなことにつながっている。

ヨーロッパの沢山の国を旅したあの時に怖かったのは、
騙されること。
スリ。

とにかく安宿や市場やお店でお金を高く見積もられないか。
電車やバスや道でお金やパスポートを取られないか。

必ずバックは前に持ち、いつでもアンテナを張り巡らし
どの人を信用するかに神経を集中していた。

長い旅の中での怖い思いは
チェコの安宿での泥棒事件。
ハンガリーの駅で脅されたこと。
バスで夜中の国境を超えた時、大きな銃を持った職員に乱暴にパスポートを
持ってかれたこと。
メキシコのバスで突然警察官が乗り込んできて外に降ろされたこと。
クロアチアでサッカーの試合が行われ、フーリガンが暴れていると市内に
外出禁止令が敷かれたこと。

確かにその時は怖かった。
けれども、今世界で起こっていることは何かが違う。

ボスニアを旅した時に感じた内戦の怖さ。

それとも違う。
私が旅した時の国は世界はもう少し柔らかいものであったと思うのだ。

こんなに沢山の人が恐怖に陥れられ、犠牲となり、哀しみに包まれる。
その先に実行した人たちが思い描く未来はあるのだろうか。

ユダヤの諺を思い出す。
「他人の過ちから学べ。全ての過ちを体験する時間はないのだから。」

歴史を学ぶ必要があるのではないのか。
過去の過ちから現在を未来を平和に。



8/12/2015

子が授かるという奇跡。

私には兄弟がふたりの3人兄弟である。
本当はもうひとり弟がいたようだが、
お腹の中で死産となったと母に聞いたことがある。
その話を母は淡々と話した。

周囲には子を望みできず、
高度な治療を受けている友人や、
その結果、何とも可愛らしい子を授かった人もいる。

小さい頃は、誰もがある時期がくれば結婚し、
そして子供ができると思っていた。
けれども、現実はなかなか課題の多いものであり、
それは間違いなんだと気付いた時には、
もう選択肢はほとんど残されていない状況となる。

小学校の保健体育の時間に、男子・女子に分かれて
子供について話を聞いたような気もするが、
記憶は何とも曖昧で教室で机を端に寄せ体育座りを
していた記憶しか残っていない。
そしてそれすらもしかしたら何かの記憶と混同している
可能性さえある。

授かった命が飛びだった時に思ったのは、
子が授かりこの世に元気で誕生することの奇跡である。
そして今思うのは、子が授かることの奇跡である。

母はその奇跡を4回も体験し、そしていろいろな不安と
戦いながら私たちを産み育ててくれた。
それは、とてもすごいことであり両親は大事にしなくては
いけないと今更ながら思うのだ。

子が授かる奇跡、私のところにもこないかしら。
残された母になる奇跡の時間はとても短い。







7/25/2015

デビルマン

デビルマンの作者である永井豪はこう話す。

人間と悪魔の地球争奪戦。
軍事力=悪魔の力
反戦の漫画でもあるかもしれない。
地球壊滅までいってしまうのが今の戦争かもしれない。
40年たった今絵空事ではなくなった。

2025年のデビルマンの連載が開始されたという。
読んでみたいと思った。
そういえば政治家で漫画が大好きな人がいたはずである。
今こそ、デビルマンを読み直し、そして新たな連載も読み始めてほしいと思った。
そして国の主に訴えてくれないだろうか。
考え直そうと。


よしもとばななのキッチンを読み直そうと本棚を探したが見当たらないので、
目の前にあったばななブレイクを読むことにした。

この本にはいつも必ず読むページがある。
アイルトン・セナの言葉である。
「すべての人々が幸せになればいいと思っている。言葉にすると単純だけど、願うことはそれしかないよ。ブラジル人も日本人も中国人もアフリカの人々も、誰だって幸せを願っている。僕たちが生きてきたこの時代の中で。世界は急速に成熟し、世界の国々は、もはやそれぞれが切り離された個別の存在ではなくなった。誰が何をしようとそれは必ず誰かに影響を及ぼす。全ての人がひとつに結びついているんだ。個人の喜びや楽しみももちろん大事だが、それは他の人の悲しみや苦しみの上には決して成り立たない。そのことに僕らは少しづつ気づき始めた。それぞれの距離が近づき、切っても切れない関係だからこそ、どちらかの一方だけの幸せが成立することなど有り得ないなんだよ。だからこの先、個人として、あるいは企業とか国家とかの集団として、何をしていくにしても、自分たちの望みとか都合では考えてはいけない。自分がそうであるように、人は誰でも幸せでありたんだからね。人には、食べることとと人間らしい生活の場と、健康と良心が必要だ。そのうちどれがひとつが欠けても、人間らしさは保てなくなる。気持ちが荒っぽくなって、悪いことをし始める。戦争だってなんだって、悲劇の原因は全てそこにあるんだ、人には人が必要で、人には人の愛が絶対に必要なんだよ。」

相棒と舞台を観にいった。
芙蓉部隊の話である。
やはり争いからは何もうまれないのである。
平和でありたい。







賢いエアコン

連日の暑さ。
庭に水を撒いても涼しさはまいているときの水しぶきがかかった時だけ。
とにかく暑いのである。窓が沢山あるキッチンの周囲は、
明るく気持ちがいい空間なはずなのにこの暑さがそれを半減させる。

エアコンは苦手である。
エアコンが苦手な両親に育てられたため、
エアコンに対して体が強くないのかもしれない。

夏でも羽織るものと靴下は必須の持ち物である。
体が冷えてだるくなるのである。

けれどもそんな私も、
そんなことは言ってられないこの暑さに、
エアコンをつけたり消したりしている。

このエアコン、前の住人が置いていった最新エアコンである。
停止ボタンを押してもウィーンウィーンと動いているため、
停止していないのかと思いまた押していたら相棒に、
なんかそのままでもいいみたいだよ、と言われる。

どうやらお掃除をしてから停止する賢い子みたいである。
賢い子を全く使えこなせていないなと思いながらふっと思う。

訪問している部屋の住人は80代の軽い認知症のある独居のおじいさま。
いつも訪問すると何ともいえない暑さである。
よくよくみると、冷房ではなく暖房となっている。
リモコンを正しく使えないのである。
この猛暑の中、連日このようなことが起きていたら熱中症となってしまう。

世の中には認知症の独居人口はとても多い。
同じようなことが起きていないか心配である。

暖房にはならない、
これ以上の温度にはならない、
本体にそんなスイッチがあるエアコンはないのだろうか。

そんなことを賢い子を目の前に思ったのである。









7/24/2015

San Cristbal de Las Casasサン・クリストバル・デ・ラス・カサス




San Cristbal de Las Casasサン・クリストバル・デ・ラス・カサス
そこで出会った兄さんが素敵な映画を作った。
とても元気がでる映画である。
生きることはとても楽しいことなんだと思える映画である。

次の作品が今から待ち遠しい。
メキシコでの日々を久々に思い出し、
旅をしていたときの日々を思い出し、
異国を旅したいと。
非日常という日常に身を委ねたいと、
そう思った。

コトコトと。 

新しい家に引っ越して1ヶ月が経過した。
ふたりで決めて設計した新居は以前住んでいた人達の雰囲気を
そのまま継ぐことができたのか居心地が良い。

私が唯一こだわったキッチンは思い通りのものとなり、
とても居心地がよい。

けれどもまだここで作りたいと思った料理は完成していない。
これを作りたいと思っているわけではなく、
お気に入りのお鍋で何かを時間をかけてコトコトと
煮込みたかったのである。

相棒の実家から沢山のブルーベリーが送られてきた。
新鮮なまま食べるには少々大変な量であったので、
ジャムを作ることにした。

十分甘いので砂糖はほんの少しにして小さな火で
時間をかけてコトコトと。
去年は粒を残したジャムにしたけれど、
今年は粒がない位コトコトしたかった。

そのコトコトしている時間にごちゃごちゃしたものを整理することにした。
親友はいつも新聞や雑誌の切り抜きを手紙に同封してくれる。
その切り抜きを整理していたらこんな言葉を見つけた。

「人生は雨の日も晴れの日もある。飛び上がるほど嬉しい日もあるけれども、果てしなく落ち込むこともある。自分自身と調和がとれているように感じることもあるし、どうしても自分というものに違和感を抱いてしまうこともある。心の美しさはそのような浮き沈みや摩擦や、ネガティブな思いや、激動をくぐり抜けて、やがて生まれてくるもの。精一杯生きていい、挫折して、暗い気持ちになって、そしてまた立ち上がればいい。その中で、この上なく美しい心が、あなたの人生に降臨するということは確かにある。心の美しさは動的なバランスの中にあるのだ。落ち込んで暗い気持ちにを抱くのはかまわない。しかしそれはずっと続いてはいけない。何日も何週間も続いてついには人に対して害意を抱いたり恨みを持ったり、そのようになってしまってはバランスを崩す。どんなに醜い感情でもどす黒い怒りでも、それが崩さない程度に生まれるならば良い。それは晴れた日に一瞬空に兆す黒雲のようなもの。雲が去れば、再び差す陽光は以前よりもさらにまぶしく、有り難く感じられる。ひょっとしたら、ずっと陽光に恵まれているよりも生を充実しさえしてくれるかもしれない。自分の素質や現状に対する不満も同じこと。心の美しき人は、自分自身と折り合いがついている。どんな外見でも、境遇でも、そのような自分を受け入れ、欠点を含めて温かくみつめることができる人は、心が美しい。自分に欠けているものを補ってくれるものが、この広い世界の中に必ずある。そう信じて、動けばいい。一歩を踏み出せば良い。自分というジグソーパズルに欠けているピースをを探して世界を旅する人の姿は美しい。その人生の先には、偶然に出会う幸運が待っている。」

果てしなく落ち込む。
なんとなく自分に違和感を感じイライラする。
自分に対してのバランスを崩している。

そんな時、
お気に入りのキッチンで
お気に入りのお鍋で
コトコトと。

茂木健一郎の言葉が心にコトコトと同じ位のスピードで入り、
そして久々に友人達から電話がくる。

たまたまの電話。
その偶然が、私の心を温める。

そうだ。
今日の日の「おわりに」は
よしもとばななのキッチンを読もう。

6/09/2015

エルサレム。

JVCのエルサレム報告会に行ってきた。
私が興味をもったきっかけはブルガリアで逢ったイスラエル人のトメル。
ポーランンドを旅した時に訪れたビルケナウ。
激しい矛盾を今も感じている。
そして、この問題はいろいろなことを考えるきっかけとなった。

以前JVCが行ったパレスチナ問題を料理と共に考える会がとても勉強になったので、
今回参加したのであるが、今回の内容も興味深いものであった。

第2次世界大戦中600万人のユダヤ人が虐殺されている。
そのひとつの場所であったビルケナウ。
そこは足を踏み入れただけで身体が重くなった。
その後、気分が悪くなり旅で最初の救急車を体験したのである。

何故、このようなことが繰りかえされるのか。
知れば知るほどわからなくなる。

収入8倍のイスラエル人と同額の税金・物価。
居住権の制限。
阻まれる医療。

そのような言葉を耳にして落ち着かなくなる。
これはほんの一部の事実であるのだろう。

93年にイスラエルとパレスチナ解放機構がオスロで相互承認を行い、
ガザと西岸地区でパレスチナ人の自治が実現したのに、和平交渉は中断。
その後分離壁ができた。


JVCの職員の言葉はどれも現地に住み、現地の人たちの目線で全てを
みているからこその重みがあった。

最後に語った言葉はとても印象的であった。
「平和に何かを訴えても取り上げられることは少なく、
血が流れる訴えはNewsになりやすい。」

非暴力で解決させるためには、
私たちの知る力を高めることも大事なのかもしれないと思ったのだ。
皆が興味をもち問題意識を高めることで改善されることは沢山あるのだろう。
それは今の日本にも言えることなのだろうと思い帰宅した。
家路に着き思い出した。以前新聞で取り上げれたこの言葉を。

「パレスチナでなくても、アフリカや東南アジアでもいい。他者の苦しみを理解し、彼らに自由をもたらすため、できる人ができることをしてほしい」

✴︎エルサレム ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地。

5/22/2015

人の笑顔がもたらすもの。

いつも不機嫌そうにしている人がいる。
無意識なのかもしれない。
とても嫌なことがあるのかもしれない。
けれども不機嫌そうなその顔は、
その人を重たい空気でまとっている。
そういう空気は伝染する。

先天性難聴の人が入院してきた。
夫婦で先天性難聴である。
夫婦の会話は豊かな表情と手話。
その光景はとても素敵なものである。
微笑ましいという言葉がぴたりとはまる。

入院当初は怯えているかのように険しい表情であった。
耳はほとんど聞こえず口唇で読み取ることも難しいよう。
常に笑顔で大きな声ではっきりと口を動かしジェスチャーを取り入れて、
そして伝えたい気持ちを表情にこめて彼と会話をした。

彼の表情はどんどんと和らぎ、
いつしか彼は他の患者さんとも仲良くなっていた。

いつもいつも笑顔で、
その笑顔に皆が癒しをもらった。


言葉はとても素敵なものである。
しかし、時として言葉は人を悲しみに陥らせる道具となる。

彼をみていると考えてしまう。
言葉はそんなに重要なものではないのかもしれないと。
言葉がなくともそこに優しい羽衣をまとったその人がいるだけで、
周囲を温かく包み込む。夫婦は言葉ではなくその表情や雰囲気で、
皆を優しい気持ちにさせる。

重度の難聴であることは、
私たちが想像できない位の試練をもたらしてきたのだと思う。
そういう試練が夫婦からはひとつも感じられないのだ。

言葉とはなんだろう?
人の笑顔がもたらすものは?

笑顔は伝染する。
いつも笑顔でありたいと夫婦をみて改めて思った。







5/17/2015

本の衝動買い。


国の主を決めたのは国民である。
何かを決めるとき、国民全員の意見を聞いてまとめて、
という学生時代の多数決のようなことをしていたら非効率である。
というより不可能である。

けれども今回の問題はそうしてほしいと強く思うほど、
不安な日々を過ごす。
何が自国にとっていいのかわけがわからなくなるが、
戦争になるかもしれないリスクは回避しなくてはいけない。
大事な命がリスクの中に放り投げられることだけは阻止
しなくてはいけないと思うのだ。

国の主やその周囲の人たちはもうすでにそんなことは想定済みで対策があるのかも
しれないが、リスクが高まることで自衛官を志願する人は減少していかないのだろうか。
減少した結果、次におこることは『志願』という形と対極にいるものではないのだろうか。

日本は災害の多い国である。
災害時、自衛官にはとてもお世話になっている。
それは国民皆が知っており感謝をしている。
とても大事な存在であり頼りな存在である。

記者のある質問に国家の主はこのようなことを答えていた。

「皆は急に自衛官にリスクが起きると思っているが、今までもリスクは沢山あった。
1800人もの自衛官が殉職している。」

それと、これから起きるかもしれないことは異なることであると思うのは、勉強不足のせいか。

今、無関心であることは自分をそして自分の大事な人達をリスクの中に放り投げる可能性を高めていく気がしてならない。  

どうしたらいいのかわかならない。
さっぱりわからない。

世界共通、否地球上の全ての人に共通していることは、
『命は尊い』ということなのだと思うのだ。

命を守るために
命を奪う。

被害者であって
加害者である。

もうなにもかもわからなくなったので、
本を衝動買いした。

しばし、本の世界に逃避したい。





5/11/2015

イスラエル料理


当たり前すぎる事実であるが人には個々の異なる悩みがある。
人間関係、仕事、結婚、出産、子育て、健康等。
皆様々な悩みを抱えている。
しかし、その悩みは誰かれ構わず表出するものではないから、
随分と後になりあの時そういう悩みを抱えていたのねって、
驚くこともあるし驚かれることもある。

辛い時はいつも近くにいてくれた友人がいる。
一緒にヨーロッパを巡った友人でもある。
静かな喧嘩をしたこともある。
少し距離をおいたようなこともあった気もする。
けれども、辛いことがあるとき真っ先に顔が浮かぶのは彼女であり、
彼女もそうであるようだ。

便りがないのは元気な証拠というが、
まさにその通りであり、
元気な時はあまり会うことはない。

彼女から久々に連絡がきた。
恵比寿のイスラエル料理を食しに行った。
晴天であり川沿いをのんびりと歩きながらたどり着いたそのお店は、
異国をおもわせる場所であった。
店主はイスラエル人であった。
彼の笑顔とともにだされる料理はどれも美味しく、
イスラエル産のビールとワインも美味しく、
どうにもできないこと、
生きていく中での不条理、
いろんなことを話す場所として、
供にする料理としては最高であった。

私たちにとってイスラエルは思い出深い国でもあるので、
その思いは尚更である。

彼女は結婚できない自分はどこかに問題があるのではないかと言う。
親しくしている人から結婚は考えられないと言われ悲しんでいる。

彼女はとても魅力的な人である。
それは嫉妬してしまうほどの素敵さである。
そんな彼女をそんな思いにさせる結婚とは何なのだろうか。
よく考えてみた。
確かに自分にも似たような思いをもつことがあったかもしれない。
結婚している人としていない自分は何が違うのか?
結局、結婚した今思うのは何も違わないということであった。
そして今私は、コウノトリがくる人とこない人は何が違うのか?
と悩む。
そう、きっと何も違わないのだろう。
それでも悩む。

人は生きている限り、
自分の世界の中での悩みが必ずあるのだろう。
そのほとんどは月日が経った時に、
どうでもいいことになるんだろう。
もしかしたら、その悩みがあったからこその今が用意されていることも
あるのかもしれない。
そんな風に思いながらもやっぱり、
日々だれかの人生を羨ましく思い、
自分の人生に悩む。

これはきっと一生続くものなんだろう。
彼女とお店を後にして駅に向かう途中こう約束した。

仕事を辞めた時、
あの時と同じルートでヨーロッパを巡ろうと。
あの時と同じ宿に泊まろうと。

だから今も表紙が無くなってしまったトーマスクックを大事に持っている。
ケルンのあの薄暗い混合の安宿は今もあるのだろうか。
やっぱりローマでは修道院に泊まろうか。
いろんな思い出が昨日のことのように押し寄せる。
旅の思い出は悩みをひと時忘れさせてくれる大事な記憶なのだ。





5/08/2015

小沢健二 

彼の音楽をよく聴いていた時期があった。
最近聴いているのは原田知世。
彼女の声は心地よい。

ひょんなことから小沢健二が童話を書いていることを知った。
そしてここに行きついた。

一回読んだだけではダメである。
何度も何度も読み、砕いて、
そして誰かと話してみたいと思う。

今だからこそ、
読んで、考えていくべきなのだ。

うさぎ!


『愛し愛されて生きるのさ』
久々に聴こうかな。

映画 「おみおくりの作法」

            
ある人から紹介された映画である。
近いうちに観てみたい映画である。

同僚がしみじみと言うのである。
「結婚していると孤独死からは解放されていいな。」

本当の孤独死はそういうことなのかなと思うのだ。
結婚していても家族がいても、
孤独死は存在するように思えてならないのだ。

人は誰しも必ず誰かと関わりをもって生きている。


手紙

ある人に手紙を投函してもらえないかと頼まれた。
昔の結婚相手に手紙を書いたのだという。
その人との間には子供がいるのだけれど、
癌を宣告されて先も長くないので遺産相続などを考えると、
今の相手の人に迷惑をかけないためにも
そして親の都合で迷惑をかけた子供のためにも
いろいろなことを整理しなくてはいけないんだと。
その人とはいろいろあってね、
手紙を受け取ってもらえるかも、
その人の手に届くかもわからないけどね。
と言いながら託された手紙。
そのような大事な手紙。
そこにはいろいろな思いが詰まっているのだろうし、
その手紙がもたらすものは私の想像以上なのだと思う。

事情はわからないけれど、
私が知る限りのその人を思い、
「良い方向に全てが流れていきますように」
と思いながら投函した。

映画『パパ、遺伝子組み換えってなぁに?』

          

体調を崩して仕事を長期で休んだ時、
食事を見直した。
その時から『GMO』には興味があり文献を手にとり、
少々勉強をした。

その後は、大豆食品などに記載されている
「遺伝子組み換えでない」
という表示に敏感となった。
他にも「減農」という言葉を探すようにもなった。

この映画の冒頭は、
子供をもつようになって、、、

私の両親も食には気をつけていたように思う。
ジャンクフードといわれるものを口にしたのは、
随分と大きくなってからであるし、
国民的飲料も未だ飲んだことがなかったり、

母は「無添加食品」を好んで購入していたのはよく覚えている。
今でも実家に帰ると食品のことに関してはよく言われる。
そんな母がいつから食を気にするようになったのかわからない。
今度聞いてみようかなぁと思った。

この映画の中にもでてくるが、
食事を気にすると少々窮屈になることもある。
外食をするときも、心のどこかで、
この料理に使われているものは大丈夫かなぁ?とか、
そんなことを考え出すと、
買い物も外食先も選択するのが難しくなる。

そして何より、安全と思われるものは高いのである。
しかし、その過程や関わっている人のこだわりなどを知るうちに
それは高くないんだと気づく。
むしろ、少々安いのではと思うこともある。

子供がパパに問う。
「みんながGMOを買わなければ、上手くいくよね?」と。

世の中は簡単と思えることがとても難しいのである。













20年前 20年 20年後

20年前は高校生。
普段そんな風に数字として振り返ることはないが、
高校時代の友人と会うと必ずでる。

高校時代、学校が好きだなって思ったことなど多分ない。
思い出もそんなにない。
創作ダンスの時間がとてつもなく嫌だったとか、
そういうネガティブなことだけは大雑把に覚えている。

高校時代、いつも3人でいたわけではない。
そもそも、どんな出会いであったかもしっかりとは覚えていない。
彼女と私は数少ない高校からの入学組。
もうひとりの彼女は小学校からの持ち上がり組。
3人でいるようになったのはいつからか、
あまりよく覚えていないけれど、
今も大事な存在であることに変わりはない。

渋谷の青学の前のマックで飲み物とポテトだけでダラダラと過ごした時。
温泉でダラダラと過ごした時。

3人でいると何ひとつアクティブなことはしない。
とにかくダラダラとする。

食事をしてもひたすら話す。
それは今もかわらない。

時々しか会えない今も、
会えば話題には事欠かない。

退屈であると思うことも、
話題を考えることも、
何もない。

とにかく簡単に言えば
『気が合う』のだ。

久々に、高校に足を踏み入れた。
当時の先生はほとんどいない。
そして、お亡くなりになっている先生もいた。
その事実が20年という月日の長さを感じた。

当時の体育の先生に会った。
体育が一番苦手であった生徒の私のことは覚えていないはずである。
当時の私は体育の先生とはなるべく距離を置いていたので尚のこと。

けれども、20年の月日はいろんなことを綺麗にしてくれるようで、
久々に会った先生には懐かしさを思い出し、
この学校でよかったなと思い、
友人ふたりが、娘は母校に入学させたいと話すのを聞き、
私に娘ができたら、やっぱり私も母校に入学させたいなと、
思ったのである。

気が合う友人と出会えた学校に感謝の気持ちで、
高校を後にして、
2度目のお茶をして、
ひたすら喋り続け、
沢山笑い、
今回も楽しい気持ちで別れた。

次は、当時から大人気であった学校のバザーがある7月に集合予定。
今から楽しみである。












珈琲と本

 宿には珈琲を自由に飲めるライブラリーがあった。
そこに置いてある本はどれも興味深いものであったが、
相棒がとった本は糸井重里 「小さいことばを歌う場所」
その本は昨日の夜に私が読んだ本。
偶然にも同じ本と手にとり読んだ。
本の趣味はお互いよく合うのである。
珈琲が好きなところも。
けれども、珈琲の濃さの好みは少々異なる。
それ位の距離が心地よい。




長野 界リゾート


行きたかった宿の予約がとれたため相棒と長野に足を運んだ。
HPでのイメージで行きたいと思ったのだが、その期待は裏切られるどころか
また行きたくなる宿であった。

相棒は日本酒を熱燗にして飲み、
私は蕎麦茶とかまどで蒸していた野菜を美味しいお塩で食す。

旅の高揚と雰囲気を引き算しても、
美味しかったのである。

かまどやいろりは難しいかもしれない。
けれども、火鉢があるような生活ができたらいいなと思わせる、
そんなひと時であった。

火は癒しの効果があると言うが、
本当だなと思ったのである。

4/28/2015

よしもとばなな 人生のこつあれこれ2012

人の死はいつも突然な気がする。
この仕事をしているとその思いは強くなる。
昨日まで笑顔で話をしていた人が突然いなくなる。
患者と看護師という関係性であり、
共有する時間も人生の期間で考えると、
見えない位の点でしかない。
それでもやっぱり、
悲しくて仕方ない。
苦しんで苦しんで、
夜中に辛いと訴えていたのに、
それを緩和することもできず、
旅立った。

今日の夜勤は3人の患者さんを見送った。
3人の人生があり、
そしてその人に関わる沢山の人がいて、
皆悲しんでいる。

人はいつか死ぬとわかっていて、
医療にも限界があるとわかっていて、
それでも、
やっぱりあの時の顔が浮かんできては、
悲しくて悲しくて、
この仕事は喜びより悲しみが多い仕事であると
思ってしまうのだ。

人生の重要な時期に関わっているんだということを
しっかりと思い働かなくてはいけないと思いながらも、
今日は悲しみしかでてこない。

友人から戻ってきた本をそのまま机に放っていた。
よしもとばななの「人生のこつあれこれ2012」

この本に助けてもらおうと思う。
この悲しみを受け入れるために。

4/01/2015

思考をめぐらす。

昔、よしもとばなながそんな言葉をつぶやき、しみじみとそうだなぁって思った。

「人は自由で責任は自分ただひとりがおうのだから」

生きる中で選択肢は無数に広がっている。
それをキャッチするかしないかは自分次第である。
選択した時はそれが一番であると思って選択したのに、
その後、それによるダメージがあるとその選択をした自分を責める。
それは自己否定につながっていく。
そんなことを繰り返すといろんなことに自信がなくなる。
そして、いろんなことをキャッチしたくないと思い始め、
人と会うことがしんどくなっていく。
なぜなら、人と会うことで選択肢は更に広がるからである。

知らない世界を知ることが楽しかった。
それが、旅をしている時の自分である。
思考をめぐらせ旅をした。
世界には自分には知らないことが無数に広がり、
自分が常識であると思っていたことのほとんどがそうでなかったと
知ることになり、私は何も知らずに生きてきたんだと思ったのだ。

初めて日本を客観的にみる機会に恵まれた。
それは私にとって大事なことであったと今でも思っているし、
その時に出会った友人たちは私のその後の生き方に大きな影響を
与えてくれる存在になっている。

しかし時は流れ、日本で過ごす時間が増えるにつれ私は何も客観的に
みることができなくなっているよう思えてならない。
ものすごく意識しないと自分を立たせることができない最近に、
大きなストレスを感じてしまう。

そんな時はやっぱり人に会うことなんだと思ったのだ。
当たり前であるが、私と同じ生き方をしている人は私以外にはいない。
だから友人に会うことは、刺激につながり思考を活発化させる。

世界を一緒に旅した友人。
昔ブラザーであった友人。
スペインで依存症の研究をしている友人。
難民を支援している友人。
そして相棒。

みんなでメキシコ料理を囲み沢山の話をした。
世界の問題から身近な問題まで沢山の話をした。
そして沢山のことを考えた。
その後も、ずっと考えている。

リュックを背負い旅をしたいけれど、
今は難しい。

けれども、素敵な友人たちとの時間をもつことで私は旅ができる。
異国の安宿で過ごす時間が私を成長させてくれた。
そんな時間を過ごせたことで私は思った。

友人と本があることで私は生きていけるのだと。
時々は友人と話をしたいとそう思ったのだ。










3/14/2015

ムヒカ大統領のスピーチ。




私の国はどこに向かっているのかわからない。
国民の代表は国民を幸せになるよう導いていく存在であるはずだ。
しかし、現状はどうだろうか。
私の国の代表は私達を幸せに導く方向に向かわせているとは思えない。

彼のスピーチが突きささる。
『発展は幸福をもたらすものでないといけない』

改革も幸福をもたらすものではないといけないと思うのだ。
改革、改革と言われる今。
本当に私たちが幸福に向かっているとはやっぱり思えない。

ムヒカ大統領の映画が公開されるらしい。
映画館に足を運ぼうと思う。

3/08/2015

サラの鍵



友人からクッキーをもらった。
友人からチョコレートをもらった。
友人からオリジナルラベルのワインをもらった。
友人たちから紡いだ言葉ももらった。
小さい頃は誕生日とはどこかワクワクするものであった。
両親から贈られた本を好きなだけ読んでいる日でもあった。
誕生日会を開いてもらうこともあったけど、
それよりもひとりで本を読んでいる時間の方が好きであった。
いつの日からか誕生日はワクワクするものでもなく、
ひとつの通過点となった。

けれども、最近はPCが友人の誕生日を数日前から教えてくれる。
私の誕生日も同じようにお知らせがいっているのだろう。

誕生日はお祝いされるという意味もあるかもしれない。
けれども、誕生日はその人を思い出す日でもである。
普段連絡をとったり会ったりする友人ではなくとも、
一年に一回だけ、その人を思い出す。
それが誕生日だと最近は思っているので、
小さい頃の誕生日とは違うワクワクがある。

小川糸の本を読んだ。
その中で紹介していた『サラの鍵』を観た。

ものすごい映画だった。
映画館で観なかったことが悔やまれる映画であった。
この映画は小さな映画館で観る映画館であったのだ。
エンドロールが終わってもなお、席をたつことができないような映画なのだ。

いつか、再上映をしてくれることを願うような映画であった。

3/07/2015

争い。



近所に住む友人に会いに行った。
まだ一歳に満たない彼。
笑顔ってこんなに癒しの力があるのだと。
子供ってこんなに癒しの力があるのだと。
あまりの可愛さに今もなおその時間を思い出すと、
笑みがこぼれてしまう。

NHKで放映されている『マッサン』を観ている。
今週は戦地に息子を送り出す家族の葛藤や遺書を書く息子、
の話であった。

戦争を経験したことはない。
戦争は、本や資料館、授業で習った知識しかない。
戦争は恐ろしいものであるとの漠然とした感情はある。
そして、『マッサン』を観て思う。
戦地に送り出された人たち。
戦地に送り出した人たち。
皆それぞれの思いがあったのだろう。
その思いは当事者にしかわからない。
私は知ることしかできない。
けれども、これだけは思うのだ。

戦争をしてはいけない。
友人の子供たちに戦争をする国を託してはいけないのだ。

世界中が騒めいている。
世界中の頭脳を使って命を犠牲にすることなく平和をもたらすことを強くのぞむ。

そんなことを、
友人の子に会い、
『マッサン』を観て、
思ったのだ。

時間を作り、『サラの鍵』という映画を観ようと思っている。


3/03/2015

利益を追求していった先にあるものは。 つづき

つづき。

利益を追求し患者は増える。
けれどもスタッフの数は変わらず。

違うというけれど、
現実は混合病棟となり、
認知症の人もいれば、
術後の人もいれば、
終末期の人もいれば、
全介助の人もいれば、
様々な疾患、
様々な期の患者がいる。

スタッフが減る夜勤帯。
夜間は病が悪化する。
暗く静かな時間は、
眠れない人を、
痛みを、
苦しさを、
増長する。

ナースコールが鳴り止まない夜間。
患者は辛く、
スタッフは疲労が増す。

患者の辛さを考えると、
疲労なんて、
と思わなくてはと思いたいが、
現実はなまりのような身体を動かすことに精一杯で、
笑顔も優しさもなくなっていく。

申し訳ないと、
自己嫌悪に陥り、
更に疲労は増す。

利益を追求していった先にあるものは。
こういう現実も生むと気づいているのだろうか。

明け方から状態悪化した肺癌の末期の患者。
家族が受け止めきれず、
最期をどうむかえるか決められない。
外せないであろう人工呼吸器にのせる可能性もある。

医療者からしてみれば、
外せないであろう人工呼吸器にのせ、
苦痛な最期をむかえることにはネガティブである。
しかし、家族のほんのわずかな希望にかけたい気持ち。
それは、当然のことであり結論をだせずに涙するのは、
仕方のないことである。

かけつけた娘さんが涙ながらに話す。
その話を聞きながら、
もっと優しくありたいと思った。

医療の世界には利益だけではないものがあると思うのだ。




3/01/2015

利益を追求していった先にあるものは。

働くということはどういうことか。
考える。

生きていく上でお金とは絶対的に必要なものであり、
働いてお金を得ることは重要なことである。

雇用されている側としては、
給与を頂いている身としては、
大きなことは言えない。

それでも、
やっぱり、
どこかに違和感を感じる。

この国の医療費は危機に瀕している。
沢山の改定も致し方ないのだと思う。

だから、病院も生き残るために必死なんだと思う。
それでも、
やっぱり、
どこかに違和感を感じるのだ。

これをやれば、
これを書けば、
これをこれをと、
利益だけのために仕事が増やされ、
人件費は削除していく。

利益は大事である。
無給で働けはしない。

それでも、
やっぱり、
どこかに違和感を感じるのだ。

私たちが向き合うのは人である。
数字だけでばっさり切れるものではない。
けれども、数字だけにおどらされ、
私たちは疲弊する。

そして、優しさがそぎ落とされ、
自己嫌悪が与えられ、
仕事に対するモチベーションは下降する。

仕事場の雰囲気は悪くなり、
いつも、
どこか、
疲れている。

そんな状況では人としっかり向き合えない。
けれどもそれではよくないと誰も思っており、
疲弊した体を精神をなかったことにして、
働くのだ。

そんなことを全く感じないその人達は、
もっともっと利益を追求する。
何も振り返らないで。

お金は大事である。
けれどもそれだけではないのだ。
それだけではこの仕事は務まらない。
なぜなら、人が好きで看護が好きだから。


日々、これをするとこんなに収益がというけれど、
それは私たちにとっては複雑なものであると、
その人達に知ってもらいたいと、
誰もが思っている。

けれども、一度利益を感じたその人達は更に利益のみを
追求することに躍起になる。

どこかで違和感を感じ、
モチベーションを無くした人達が働いているとも知らずに。


つづく


2/10/2015

考えていかなくてはいけない。

 

「報復」「復讐」「絶対に許さない」そんな言葉が飛び交う。
私の国は、連日沢山のことを報道した。
けれども、それはとても限局された報道であったと思った。
いつも思う。
人はひとりの人間の死には敏感である。
けれども沢山の人間の死には鈍感である。

どれだけの人が知っているだろうか。
去年、7月7日から8月26日までの50日間でのガザ大規模侵攻での
現実を。

パレスチナ.ガザ側で死者2,205人(民間人1,483人)、
負傷者11,099人、イスラエル側で死者71人(民間人4人)の被害があった。

『土井敏邦』
ジャーナリストである彼のコラムはいつも胸をつく。
もう一度彼の作品である『沈黙を破る』を観る。
そして今回の様々なことを自分なりに考える。

答えがでるものではないけど、考えていかなくてはならない。
私たちの国も、考えていかなくてはならないのだ。
「絶対に許さない」の先にあるものが、平和に結びつくものであるのか?
「復讐」の先にあるものが、平和に結びつくものであるのか?
「報復」の先にあるものが、平和に結びつくものであるのか?

彼らの音楽を聞きながら、字幕を追いながら、そして彼らの表情を見ながら、
考えていかないといけないとそう思ったのである。




2/09/2015

シェアハウスの友人



数ヶ月前に関西に住む友人からメールが届いた。
『東京に行くので逢えませんか。』

彼女とは、初めてのシェアハウスで出逢った。
社交的ではない私は沢山の友人はできなかったが、
その場所で得た人の存在は大きいものとなった。

こういう突然のお誘いほど嬉しいものはない。
東京に行くという予定の中に自分の存在を組み込んでくれること
はとても嬉しかった。

久々に逢ったがそこには日常があり、あの時と同じ空気が流れていた。
一緒にタイ料理を食しながら話し、
小石川後楽園で3分咲きの梅を観賞した。

『つぼみ』の梅に未来を感じ、優しさを感じ、
そして友人との時間にゆっくりとした時の流れを感じ、
どこか優しい気分で家路に着いた。

もっと話したいことはあったはずなのに、
逢ったことに満足してしまい多くを語ることはできなかった。
だから、今年は神戸の地に足を踏み入れたいと、そう思った。

その時には西に住む友人達に、
『逢えませんか。』と連絡をしよう。









2/03/2015

ひとつの事実に対して思うこと。

今世界で起こっていることは私の想像を大きく超えてしまっている。
私が37年間で身につけていったものは
到底役にたつものではないように思えてならない。

私は思考を動かすことすら困難となり、
もうどうしていけばいいのか、大きな壁を目の前に呆然とする。
目を見開いて世界を見るときなのかもしれない。
けれども、見開く事はあまりに辛く閉じてしまいたくなる。

ひとつの事実の周囲にあるものは何なのか。
情報は沢山ある。
けれども、その膨大な情報はどれもこれも真実であるようで、
真実ではないようにも思うのだ。

ある人が言うように、彼の死を無駄にしないためには彼の思いを
これからに繋げていかなくてはいけないのだろう。

確かにそうなんだと思う。
けれども、それだけでは足りないのではないか。
彼の死だけではなく、沢山の到底説明のつけることができない、
不条理な死があることを。

産まれてきたときから、沢山のものを背負っているかもしれない。
しかし、あれほどの残虐な行為にかりたてるものは、生きていく過程
で作られたものであろう。
産まれたときは、皆が優しさと希望を持っていたはずなのに。
歯車が崩れた時、それは連鎖する。

生きていく中で積もった憎しみを違うものに変化させるにはどうしたらいいのだろうか。
世界が怒りや憎しみの渦で濁っている、そういう中で何をすればいいのだろうか。

旅をした時を思う。
広島を思い、
ボスニアを思い、
クラコフを思う。

皆、同じ人間であるという原点に戻ることはそんなにも難しいものなんだろうか。

貴方が奪おうとしている命が、
自分の愛する人であったらと思うことは難しいものなのだろうか。

いつの日か、自分が被害者になるかもしれない。
けれどもそれよりも何より怖いのは自分が加害者になることである。

平和を強く望む。

1/23/2015

本の虫 でないのだけれど   清水眞砂子

久々にとても素敵な本に出会った。
図書館で何気なく手にした。
タイトルに惹かれたからだ。
パラパラとめくり、なんとなく興味が湧き借りることにした。
児童文学者である彼女のエッセイはとても興味深い内容であった。
小さい頃から慣れ親しんだ本が、この本には散りばめられていた。
そして、もう一度手にとらなくてはいけない。
今こそ、読む時かもしれないと、そう思ったのである。

先生はこの本の中で文学についてこのように書いている。

『文学は何を書き、何を私たちに伝えてくれるのでしょう?言葉にすれば、そんなに難しいことではないかもしれません。文学作品には例えば、人は忙しいとどうなるか、怒りにかられるとどういうことをしてしまうかが書かれています。悲しいとはどういうことで、悲しみがすぎるとどうなってしまうか、嬉しいとはどういうことか、嫉妬すると人間はどんなことをするか、追い詰められてしまうとどんなことをしでかしてしまうか、そういったことも文学作品にはたくさん書かれています。実際に生の人間はみんなしていることなのですけれども、生の人間は悲しい時に「私の心の中で今こういうことが起こっていて、悲しくてたまりません」などと相手には言いません。ところが文学はそれを伝えてくれます。  島田雅彦さんがある時新聞にこんなことを書いていました。「文学は個人が生きのびるための知恵の集積であると同時に、人間の愚かさの研究でもある。」』

先生はこんなことも言っている。
『人間の中には悪魔と天使が同居している。 社会で極限状況が生まれたら自分はもちろんしてしまうし、たぶんしないですむ人間はほとんどいないでしょう。』

両親が幼いころから沢山の本を与えてくれたのは、今の私にとって
幸運なことであったのだと再確認をすることできたのである。

今、日本では世界では沢山のことが起きている。
それは喜ばしいことでないことのほうが多いように思う。
負の事柄のほうが意識に残りやすいのかもしれない。
だから沢山起こっていると思うのかもしれない。
けれども実際のところ、やっぱり負のエネルギーのほうが強いと
思えてならない。

もう一度、文学に学ばなくてはいけないのかもしれない。
やはり、世界が平和になるためには、すべての人に教育が必要なのだろう。

追記
皆に、土井敏邦監督の『沈黙を破る』を観てほしいと願う。
今観るべきではないかと、そう思うのだ。



12/01/2014

ある年のCambodiaの旅 Ⅲ



勿論、アンコールワットに行きました。クメール建築の寺院は想像以上であり、
圧巻。残念ながら、昼間の訪問であったため朝日も夕日もみることはできず。
次回訪れた時はもっと楽しみたいと思っているが、崩壊の危機にある場所を
所々で発見。たくさんの縄が。。。。

早いうちに訪れなくては。

確かに、アンコールワットは圧巻。
けれども、なぜか子供達の印象のほうが強いのである。
Cambodiaの子供たちの愛らしさはなんとも言えないほど。
ものすごいパワーを持っているような気がしてならないのだ。

11/09/2014

Brooklyn Parlor,


彼女とはまだ今の仕事に就いて数年の時、一緒に勤務をしていた後輩であり同期であった。
毎日のように、仕事帰りに食事を共にした。
他愛もない話だったり、仕事の愚痴だったり、将来についてだったり、
とりとめのない会話をだらだらとしていた。

ある時、彼女は故郷の長野に戻った。
一度、彼女の故郷に足を運んだことがある。
彼女のお母さんはものすごいエネルギーの持ち主である看護部長さんであり、
大先輩でもあった。

彼女と彼女のお母さんと、山を登り、温泉に入り、美味しい食事を共にした記憶は
今も残っている。

久々に彼女と連絡をとった。
そして、彼女は東京に遊びにきてくれたのだ。

久々に逢った彼女はあの時とひとつも変わらなかった。
お互いの変化と言えば結婚したこと位であろうか。
それ以外は何ひとつ変わらなかった。

ふたつ程驚いたことがあった。
ひとつは、彼女の旦那さんが彼女が若い時に別れた彼であったこと。
「あの後、2回も別れたのよ。でも結局お互いこの人だって思ったのね。
こうやって一緒になったってことは。 貴方のこともよく覚えていて、
今回東京に行きたいって話したらこころよく行っておいでと言ってくれたの。」

そして、彼女は今年の夏にチェコを旅したのだとか。
私のチェコでの思い出を話すと、
「そうなの、本当に怖いよね。あの乗り物。」
と。まさかこんな所で賛同を得られるなんてうれし過ぎて、ふたりでしばしチェコの
話で盛り上がり、そしてまた逢うことを約束しながらお別れしたのだ。



プラハの地下鉄の鉄道Gメンとエスカレータの速さは、今も忘れない。
本当に怖かったんだもの。